道尾秀介『向日葵の咲かない夏』に出会ったのは多感な高校生の時。ネットの書評で鬱小説、しかも小学生が主人公と聞いた覚えがあり、どんな話なのか気になって手に取りました。
結果、主人公がおかれた過酷な状況や虚実入り混じりどんどん悪化していく状況、トカゲの妹や蜘蛛に生まれ変わった友人などのユニークなキャラクターが織り成す、悪夢のような夏休みの描写の虜になりました。
子供が描いた日記の絵を思わせる、明るい色遣いの表紙もトラウマです。
こんな人におすすめ!
- ロジカルな謎解きだけでは物足りない
- 非日常が日常に侵食してくる違和感を味わいたい
- 叙述トリックを用いたミスリードに翻弄されたい
あらすじ・内容紹介
主人公は僕こと小学四年生のミチオ。母親に虐待されている少年です。
ミチオが住む町内では残忍な猫殺しが相次ぎ、住民を不安にさせていました。
一学期の終業式の日に担任に頼まれ、欠席中の同級生S君に宿題を届けに行ったミチオは、S君の家で彼の首吊り死体を発見し、警察に事情を聞かれることに。
後日、S君は蜘蛛に生まれ変わってミチオの前に現われ、自分を殺した犯人を捜してほしいとミチオに嘆願します。
ミチオはS君やトカゲの妹ミカと協力し、犯人捜しに乗り出します。事件を調べる過程で犯人候補として浮上したのは、爽やかで明るい好青年と保護者に人気の担任でした。
S君とミカを伴い担任を尾行し、彼のアパートに忍び込んだミチオは、S君のあられもない姿を撮った写真を手に入れ……。
『向日葵の咲かない夏』の感想(ネタバレ)
『向日葵の咲かない夏』を読んでいると、夏特有のジメジメした蒸し暑さを思い出します。本作は小学生のミチオの目を通して事件の核心に迫るミステリーですが、サイコホラー要素も多分に含まれ、終始生理的な気持ち悪さが付き纏っていました。
ミチオ自身もある事情から病んでおり、日常的に現実逃避の妄想をしています。
そもそも何故妹がトカゲなのか、殺された友人が蜘蛛に生まれ変わるなんてことがはたしてありえるのか。
叙述トリックを用いたミスリードに翻弄される快感は、ミステリー好きならずともたまりません。二転三転のどんでん返しが仕掛けられたストーリーも秀逸で、一気読み不可避でした。
作中印象に残っているのは醜悪極まる人間心理の描写。貧困母子家庭のS君は学校で孤立し、友達といえる存在はミチオだけ。対するミチオも母から虐待を受け、家庭に居場所がありません。
しかし彼らは単なる被害者で終わらず、より小さく弱い者に加害を働きもします。
S君のうちの縁の下から、瓶詰にされた子猫の骨が見付かるシーンは非常にショッキングでした。
読後に『向日葵の咲かない夏』の意味を理解し、人間の悪意の底知れなさに打ちのめされるまでがワンセットです。
ロジカルな謎解きだけでは物足りない方、非日常が日常に侵食してくる違和感を味わいたい方には、自信をもって推薦します。
まとめ
以上、道尾秀介『向日葵の咲かない夏』の読書感想文でした。鬱小説の金字塔と名高い作品なので、読む際は重々お気を付けください。生半可な気持ちで手を出せば火傷します。
後味の悪さが際立ってはいるものの、ミチオたちが過ごすひと夏の描写はノスタルジックな情趣に溢れ、もう戻らない子供時代への郷愁や初恋の少女の面影を呼び起こされました。
もし自分がミチオやS君と同じく、大人の悪意に脅かされる立場だったら、その捌け口を弱者に向けずにいられるだろうか……読んだ後も答えを出せず、重苦しい気持ちを引きずってしまいました。
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