内容に耐えられない方は、申し訳ありませんが速やかに他の記事を読んでいただけるとありがたいです。
はじめに断っておきますが、この本は生半可な覚悟では読めません。
例を挙げましょう。
あなたには「聲の形」を見終わることができるほどの覚悟はありますか?
都合の良い魔法も、ご都合主義も存在しません。
念のため、もう一度聞いておきましょう。
それでも、あなたは読みますか?
目次
手紙から始まる「ボーイ・ミーツ・ガール」
この物語は、主人公の「僕」が手紙を受け取ったことから始まります。
その相手こそ、「コジマ」という女の子なんですね。
手紙といっても机に入るほどの、小さな紙です。
そこにはこう書かれていました。
〈 わたしたちは仲間です〉
この手紙がきっかけで、僕とコジマは文通をすることになるんですね。
目を覆いたくなる描写
「僕」はいじめられっ子です。
「二ノ宮」と「百瀬」という主犯二人に、ごみ箱同然に机の中にごみを入れられたり、「人間サッカー」と称して「僕」の頭をボール代わりにして蹴ったりされているのです。
どうやら彼がいじめられている理由は、「目」にあるようなんですね。
そう、彼の目は斜視なのです。
目の筋肉が異常を起こして、左目と右目が別々の方向に向いてしまう病気なんですね。
彼の斜視は元からなのですが、これが原因で大いに苦しむことになってしまいます。
「弱いやつらは本当のことには耐えられないんだよ。苦しみとか悲しみとかに、
それこそ人生なんてものにそもそも意味がないなんてそんなあたりまえのことにも
耐えられないんだよ」
百瀬は身勝手な考えで、「自分より弱い」立場の僕やコジマを傷つけ、自己正当化しようとします。
彼は狡賢く、表向きは普通の人間を演じながら、陰に隠れて彼らをいじめるのです。
コジマの人物像
彼女の描写が14ページにあります。
コジマは背が低くて色の浅黒い、もの静かな生徒だった。
ブラウスにはいつもしわがよって、制服はくたびれていて、身体はいつもかたむいているように見えた。
量の多い真っ黒な髪をしていて、強いくせのせいで毛先はあちこちにうねりながら飛び出していた。
いつも鼻の下に汚れのような髭のようなものがうっすら生えていて、
そのことをいつも笑われ、家が貧乏であること、不潔だということでクラスの奴から苛められている生徒だった。
どうやら、彼女は身なりに気を使っていないようですね。
女の子の描写としては、異質です。
彼女がなぜ、このようなだらしのない姿をしているのか。
それは、後になって明らかにされます。
彼女が、本当の意味でだらしがない訳ではないことは、108ページに書かれています。
まえの学校のときだって、家が貧乏だからってことで馬鹿にする子もいるにはいたけど、わたしはそんなの気にならなかった。
だから毎日しゃきっとしたかっこうで、自分でハンカチを洗って、三日に一回はアイロンもばっちりかけて、(略)お金はないけどそんなの関係ないってところをちゃんとやってたの。もちろん、髪の毛も結ってよ。
お金がなくても、しゃんとすることはいくらでもできるのよ。
こんなに身なりに気を使っていた彼女が、一体なぜ今のような姿になってしまったのか。
なおさら、コジマの行動が気になりますね。
そこには、彼女のある意味「異常」とも取れる、考え方にありました。
その時に、お母さんと一緒に今の学校の方へ転校してきたのですね。
彼女のお父さんは、工場を経営していました。
しかし、その工場が倒産して、借金が残ってしまったのです。
奇しくも、彼女が小学校へ上がったころと重なったのが、不幸のはじまりです。
その時のことを、彼女は「生まれてこのかた、家によぶんなお金がないってことが毎日わかるような貧乏」だったと振り返っています。
働いても、働いても、なにも変わらない。
どれだけ一生懸命に働いたって、なんにもならない。
彼女のお父さんは、悪魔のような人だったのでしょうか。
いいえ。むしろまじめすぎるほどまじめで、父親の鑑とでも言えるほど、優しい人だったとコジマ自ら語っています。
彼女のお父さんとお母さんは、段々夫婦仲が険悪になっていき、言い争うようになっていったんですね。
そのうち、お母さんの方が、お父さんに暴力をふるうようになりました。
寡黙なお父さんは大切なことを口に出そうとせず、黙り込んだままです。
そのことがお母さんにとっては歯がゆかったのですね。
そして、決定的な事件が起こります。
(お母さんの)投げた茶碗がお父さんのおでこに当たって、
(略)おでこが切れて血がじゃあっとでたのよ。
そのお茶碗、わたしので、薄緑色のへちまの絵が描いてあるやつだったんだけど、それが(略)当たって落ちたときにわたしの目のまえまで転がってきて、
なんとちゃんとしたかたちで立ったんだよね。わたしそれよく覚えてるの。
お父さんは(投げつけられても)それでもじっとしてるの。
なんにも言わないの。
そのあと、お母さんが泣いたまんま、よれよれのままふらっとでていっちゃったから、なにかいやな予感がして、お父さん待ってて、って言ってあわててあとを追ってったの。
コジマは、そこで名前を呼んでも返事をせず、ただぼうっとしたままのお母さんを発見することになります。
追いつめられたコジマは、「太陽の光を三十秒間瞬きをしないで見ることができたら、願い事がひとつだけ叶う」というおまじないを、涙を流しながら試みるんですね。(危険なので真似をしてはいけません)
「おねがいします、お母さんをどうか戻してください」。
何十秒たったかも分からないほど、彼女はずっと目を見開いていました。
そのせいか分かりませんが、お母さんはぽつりと口を開いたのですね。
「こんなはずじゃなかったのにな」「ほんとに、なにもないわ」と。
「だって、働いても働いてもだめなんだもの。」
本当の貧乏の最中に感じたことだから、本当の実感。
お金に苦労のしたことのない人が、「愛があれば貧乏でも平気です」と言うのとは、訳が違う。
コジマの言葉は無数の針のように、心を容赦なく突き刺します。
再婚して急にお金持ちになって、大切なことがなんにも分かっていない、「いやらしい顔」をするようになったお母さん。
かつて、お父さんと夫婦だったことすら忘れ去ろうとしています。
コジマはそのことが許せないのですね。
借金を抱えながらも、文句を言わず、ひたすら働いてきた彼女のお父さん。
彼のことを忘れないために、彼女は顔の汚れ(しるしと呼んでいます)をずっと付け続けていくことを決断するのです。
「ねえ、神様っていると思う?
(略)ぜんぶのことをわかっている神様。見せかけや嘘や悪をちゃんと見抜いて、ちゃんとわたしたちのことをわかってくれている神様のことよ」
コジマは、過去の壮絶な経験から「どんなにひどいことをされていても、きっと神様がほんとうのことを分かってくれている」と思い込むのですね。
壮絶な状況を生き抜いてきたからこそ、極端な価値観になってしまうのは仕方ないといえば仕方ないのですが、どうも私は、素直に「はい」と言えません。
次のページ
書き手にコメントを届ける