『犬夜叉』は高橋留美子先生による代表作品で、戦国時代を舞台に四魂の玉をめぐる戦いが繰り広げられる冒険物語である。
神社の娘である中学生の日暮かごめが、現代から戦国時代へタイムスリップし、半妖の少年・犬夜叉と出会うところから物語は始まる。
時代物でありながら、かごめの前世である巫女・桔梗も絡んだ恋愛関係、旅を通じて深まっていくキャラクター同士の絆も注目される作品である。
そんなキャラクターたちの心を表す、作中の名言を紹介していく。
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目次
- 私は誰にも弱みを見せない。迷ってはいけない。妖怪につけこまれるからだ。人間であって、人間であってはならないのだ(桔梗)
- かごめはかごめだ…おまえのかわりはいねえ(犬夜叉)
- うん…私は桔梗にかなわない。だって私は…生きてるから…(かごめ)
- 私が犬夜叉を恨んだり…桔梗に嫉妬したりすることは…人間だったら誰だって持っている気持ちよ。あんたの言うような、人を呪う気持ちじゃない。私が犬夜叉を…大好きだってことよ!(かごめ)
- もし、奈落との戦いが終わって・・・風穴の呪いが解け、私が生きていたら・・・ その時は私とともに生き 私の子を産んでくれんか(弥勒)
- おまえは・・・来てくれた・・それでいい・・・(桔梗)
- りんの命と引きかえに得るものなど なにもない!(殺生丸)
- 私は法師さまとともに生きていく。法師さまは私に生きる力を与えてくれる(珊瑚)
- あの世でも 桔梗 おまえと同じ所には・・・行けそうもないな(奈落)
- かごめはおれに会うために生まれてきてくれたんだ。そしておれも(犬夜叉)
- 犬夜叉ごめんね・・・待っていてくれた・・・?(かごめ)
- まとめ
私は誰にも弱みを見せない。迷ってはいけない。妖怪につけこまれるからだ。人間であって、人間であってはならないのだ(桔梗)
犬夜叉はかごめに出会う50年前に、巫女の桔梗によって封印をされていた。
本作の宿敵・奈落によって2人が憎しみ合うように仕組まれ引き離される前の、出会って間もない頃に桔梗が犬夜叉に放った言葉である。
桔梗は、作中でも力を持った巫女として凛としている姿が描かれていることが多い。
しかし、強くなければならない立場であるが故に心に寂しさを抱えていたり、復活した後も犬夜叉に対して愛と憎しみの感情を抱くこともあるが、はたや周囲の人間に対して優しさを持って接する姿も見せている。
実は作中で誰よりも人間らしさを持ち合わせているのかもしれないのが、桔梗だと感じさせられる場面も少なくない。
どんな立場にいるような人間でも、人間である以上、己の感情を捨てきり生きることは難しいのだと考えさせられる言葉である。
かごめはかごめだ…おまえのかわりはいねえ(犬夜叉)
かごめに復活した桔梗と会っているところを目撃され、犬夜叉がかつての恋人の桔梗のことを決して放っておくことはできないと伝え、かごめに放った言葉。
犬夜叉は50年前に桔梗が亡くなったのは自分のせいでもあり、桔梗に対しては後悔や複雑な感情を抱いていた。
桔梗に似ているからとはじめは毛嫌いしていたかごめに対しては、桔梗の生まれ変わりとはいえ、別の人間として認識し物語が進むごとに2人の間に絆が芽生えている。
愛情を「好き」で表すのではなく、かごめが犬夜叉にとってかけがえのない存在である気持ちを伝えた言葉として印象深い一言。
人は誰かの代わりにはなれないということを教えてくれる言葉である。
人は、「あなたはあなただ」と言ってくれるような相手に巡り合うことができれば、きっと幸せに違いない。
うん…私は桔梗にかなわない。だって私は…生きてるから…(かごめ)
犬夜叉が奈落の襲撃から真っ先に桔梗を助けに行ってしまったことで、犬夜叉と桔梗の仲にひどく嫉妬をしてしまう自分に気付いたかごめ。
そして、それほどまでに犬夜叉を好きになってしまった自分の気持ちに素直になり、犬夜叉に伝えた言葉である。
かごめは、2人には自分が知らない絆があると認め、一方で一度は死んでも繰り返し犬夜叉に会いたいと願う桔梗の気持ちは自分と同じものだと考えた。
そして、会いたいと願う気持ちは一緒でも、桔梗と自分は全く違う存在で、犬夜叉と重ねてきた時間や思い出も違うと認める。
好きだからただそばにいたいと願い、生きている自分ができる形で想い続けることを決意するかごめに、本来人を好きになるということはこういうことではないかと考えさせられる。
私が犬夜叉を恨んだり…桔梗に嫉妬したりすることは…人間だったら誰だって持っている気持ちよ。あんたの言うような、人を呪う気持ちじゃない。私が犬夜叉を…大好きだってことよ!(かごめ)
かごめは奈落一味から、心の闇を探られ汚れた四魂の玉をしこみ心を操られようとした。
それでも奈落一味の策略に打ち勝ち、かごめが放った言葉である。
好きな人に対する嫉妬はマイナスの感情に捉えられがちであるが、反面、誰かを好きでなければ生まれない感情である。
人は嫉妬している自分に対し自己嫌悪をしてしまうことが多いが、それだけ誰かを好きだと思う気持ちが大きいということなのだと考えさせられる。
人間である以上、嫉妬の感情は生まれるのは仕方のないことであるが、大事なのはその感情をどう捉え、その後どう行動していくのかではないだろうか。
もし、奈落との戦いが終わって・・・風穴の呪いが解け、私が生きていたら・・・
その時は私とともに生き 私の子を産んでくれんか(弥勒)
妖怪に操られた珊瑚を体を張って助けた事件をきっかけに、珊瑚が大切な人だと語った上で弥勒からプロポーズした言葉。
普段は無類の女性好きで、行く先々で女性に「私の子を産んでくれませんか。」と口説く弥勒だが、弥勒らしい言葉で、しかし真剣に珊瑚にプロポーズをする名場面である。
弥勒はもし戦いが終わりこの先も生きていくことができれば、とけじめをつけた上で、珊瑚と夫婦として生きようと決意していた。
大切な人と生きようという希望は、どんな困難にも打ち勝つ力を与えてくれるものであろう。
おまえは・・・来てくれた・・それでいい・・・(桔梗)
奈落との戦いで致命傷を負わされ、二度目の死を迎えるときに犬夜叉の腕の中で桔梗が犬夜叉に放った言葉。
愛しながらもともに死のうとしていた犬夜叉に対し、桔梗は最期に自分の危機に必死に駆けつけてくれたことで十分だと語る。
最期に未練もこぼさずに笑顔を見せ、犬夜叉を愛しその仲間たちも救おうとしていた桔梗は、本来はとても深い優しさを持っていた人物なのだと分かる。
最期に愛しい犬夜叉の腕の中で逝くことができ、巫女ではなくやっとただの女になれた、と桔梗は語っている。
最期に大切な人がいてくれて、愛することができた人生だと思い返すことができれば、それはきっと後悔のない人生なのだろうと考えさせられる。
りんの命と引きかえに得るものなど なにもない!(殺生丸)
天生牙の修行のため冥界に踏み込み、そこで命を落としたりんに対して殺生丸が放った名言。
りんは当初冷酷であった殺生丸が怪我を負っているときに助けようとし、その後殺生丸と行動を共にするようになるが、りんとの交流が殺生丸が変わっていくきっかけとなっている。
作中で殺生丸にとってりんが唯一無二の存在になっていたのだと分かる一言である。
元々は力を求め天生牙を強化しようとし、冥界で助けた琥珀に対して自分の残っている片腕は刀を振るうための腕だと殺生丸は言い放つ。
しかし、りんが死んだと気付いたときに、天生牙を「こんなもの」と捨て、片腕でりんを抱きしめる姿はとても印象的である。
慈悲の心が芽生え、愛しき命を失う悲しみと恐れを知ったのだと指摘され、この後は殺生丸の母によりりんは生き返ることができる。
殺生丸のような強大な力を持った大妖怪であっても、一人の小さな命を惜しむ姿は彼の成長した心を表している。
心がある以上、愛に勝るものはないのだと考えさせられる。
私は法師さまとともに生きていく。法師さまは私に生きる力を与えてくれる(珊瑚)
武器である飛来骨を直すため、飛来骨に使われた妖怪の魂に出会い、自分のこれから戦う覚悟を飛来骨に伝えるために珊瑚が放った言葉。
かつて瀕死の弥勒を救うため、飛来骨を犠牲にダメージを与えたことを責められ、法師のために命を捨てるのかと珊瑚は問われる。
しかし珊瑚は、犠牲になるのではなく弥勒と共に生きるために戦う覚悟をし、その覚悟に飛来骨も応えることになる。
珊瑚は奈落の策略で親や退治屋の里の仲間を亡くし、弟の琥珀も奈落に操られ四魂の玉で命を繋いでいる状態で、気持ちが不安定になることが少なくなかった。
そんな中、風穴の呪いで同じく不安を抱える弥勒に、心が支えられるようになっていたのだろう。
ともに生きるために戦う、それが人間の愛の形だと気づかされる。
あの世でも 桔梗 おまえと同じ所には・・・行けそうもないな(奈落)
作中でも宿敵とされ、四魂の玉で完全な妖怪になり力を得るために対抗する犬夜叉たちと戦ってきたが、ついに倒される直後に思った気持ちである。
奈落は元々は桔梗を慕う鬼蜘蛛という人間が、妖怪の邪念を引き寄せ生まれ変わった存在であった。
始めは一人の人間が桔梗を想う気持ちから始まり、嫉妬や邪念が生まれている。
奈落も死の直前に元となった人間の心が表れ、自分は最初はただ桔梗の心が欲しかっただけであったのだと思い返していた。
犬夜叉たちの宿敵で悪役ながら、最期は人間らしく桔梗のことを思い浮かべるシーンは、ただ切ないと思わずにいられない。
人間同士、生きていれば多かれ少なかれ争いが生まれていく。
しかし、根底にあるのは純粋な想いや本当はこうありたいという小さな願いではないのかと考えさせられる。
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