長い黒髪、眉を整えた綺麗な女性が目を引く一冊。
しかし、よくよく見ると肩は歪に上がり、口元を強く結んでいます。
「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」――― 爆発寸前の怒りを感じ、思わず手に取りました。
あらすじ・内容紹介
自分に価値があると信じて疑わない姉 澄伽(すみか)、家族を崩壊させまいと自らを殺す兄 宍道(しんじ)、その様子をただじっと堪え見つめる妹 清深(きよみ)。
トラック事故による両親の突然の他界を機に、澄伽が東京から村へと帰省するところから、物語は始まります。
「いかに自分が特別であるか」を声高に主張する澄伽は、そのエゴイズムで家族すら容赦なく扱います。
時にはね除け、時に抑えつけ、女王さながらに振る舞う彼女。
“私だけを見ろ”と傲慢さを振りかざし、”私はこんな場所にいるべきではない、東京にいるべき人間だ”と主張します。
そんな姉の傲慢に耐え忍びながら、あることを続けていた清深は、夏の終わりに決定打を放ち―――。
腑抜けども、悲しみの愛を見せろの感想(ネタバレ)
姉 澄伽の傲慢と純真
「あんたが変な漫画描いてあたしを晒し者にしたせいで、あたし分かんなくなっちゃったのよ。それまで平気だったのに。・・・あたしが女優になれないのは全部あんたが原因だって分かってるの?・・・」
本作ではこの「漫画」が物語を大きく動かすカギとなっています。
幼い頃に、姉の日記を盗み読んだ清深は、姉の「自分が特別である」という思い込みの強さに熱烈な興味を抱きます。
他人より優れているものが無い姉に、なぜ自信が存在するのか。
「これほど危ういバランスを保ちながら生きている姉の姿は隠されるべきではなく、むしろより多くの人間に知ってもらうべきだ」という自身の欲求に気づいてしまった清深。
膨らみ続ける思いを消化すべく、姉の日記をベースに漫画を描くのです。
しかし、漫画は雑誌の新人賞を受賞。彼女たちが暮らす小さな村にも、姉や家族の実生活が知れ渡ったことで、姉の傲慢は悪化。
家族の関係も一層歪さを増し、清深の密かな観察は最悪の終わりを迎えたのでした。
澄伽は、女優としての芽が出ないことを4年が経過した今なお、漫画を描いた妹のせいにするのです。
それだけではありません。
過去に高校で孤立した時は「自分は他人に理解できないほど特別な人間だ」とはね除け、上京に反対された時は家族を罵倒し、今回も「(亡くなった両親の代わりに)兄が仕送りの用意を出来ないから」となかなか田舎を出ていきません。
とにかく、原因の所在、責任の所在が自分ではないのです。
しかしどんなにいじわるな継母のような奴か、と思いきや、それをくらます程の純粋さが面白味を出しているのです。
才能を開花させるために今はこんな不幸な目に合っているのだと信じ込み、東京に住むという文通相手には熱心に手紙を書き続けます。
この純粋さに、清深も面白さを感じてしまったんだろうなあ・・・ 重苦しさよりも彼女への興味が先行し、ページを繰る手が止まりませんでした。
妹 清深の本性、そして決定打
「漫画」の一件があってから、「身内の不幸をエンターテイメントとして貪る本性に、蓋をしなければ」と深く恥じた清深。粛々と日々を過ごしますが・・・
目の前で両親を亡くした日から、傷つき悲しむ自分ともう1人、そんな自分を分析する自分がそろりそろりと蓋を開けていることに気付きます。
そのタイミングで恰好のネタ、姉が帰省してくるのです。
両親の死を目の当たりにしたショックに加えて、姉に関する過去のトラウマや物理的な虐めから過呼吸を起こしながらも、じっと耐え忍ぶ清深。
家族を亡くし、酷い仕打ちまで受け、冷静な観察眼など本当に持ち合わせていられるのか?
首から下げた吸入器に縋る様子が一層辛さを引き立てます。
しかし、夏休みの終わり。
「私、東京に行って来るよ」「お姉ちゃんの漫画だよ。お姉ちゃんが、女優を諦める漫画」
衝動を抑えられなかった清深は、再度漫画を描き、受賞を機に家を出ていくのです。
狼狽し、逆上する姉に向かって清深が言い放つセリフは、姉をどうにかしてやろうという感情ではなく抑えきれない本音に溢れています。
澄伽が「終わる」話とも、清深が一発逆転する話とも取れる本作。
あなたは、主人公はどちらだと読み取るでしょうか?
まとめ
なぜ澄伽は、与えられて当然と思っているのか。
必要とされて当然、自己実現が出来て当然と思っているのか。
物語の登場人物としては、キャラクター性がハッキリしており、読みやすい印象すら受けるのですが・・・
さてこの意識、あなたも持ち合わせていないでしょうか。
恋人と別れた原因、仕事が上手くいかない原因・・・”自分の”問題として捉えてきたでしょうか。
相性が、環境が、制度が、と理由をつけてはいませんか。
あなたは、解決のため何をしましたか。
私は、ぐさりぐさりと思い当たる節があります。
澄伽は、人間の心に根付いている傲慢の象徴。
本作のテーマを背負わされたキャラクターなのではないでしょうか。
自戒の意味も込め、読了後に残ったゾクゾクとする感覚を記憶しておきたい、そんな作品です。
主題歌:ムック/大嫌い
具体的な歌詞やテーマがリンクするわけではありませんが、作中の「終わる。終わる。終わる。終わる。・・・」とこの曲の歌詞が似ている印象を受け、選曲しました。
ものすごい嫌悪感や衝動を溜めに溜めている点、最後に爆発させる点も、本作と近しいように思います。
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日常の引っかかりや不快感を作品に背負わせるのが得意な本谷有希子。本作の出版から十年以上後の作品ですが、変わらず通った芯があるように思います。
