今回は瀬尾まいこさんの最新作『傑作はまだ』を紹介します。
瀬尾まいこさんといえば2019年本屋大賞ノミネート作『そして、バトンは渡された』の著者でもあります。
『そして、バトンは渡された』あらすじと感想【血の繋がりだけが家族じゃない!愛情と幸福に満ちた優子の人生】今までの作品を見渡してみると切なくて優しい物語がたくさんあります。
読み終わって「今日も頑張ろう」と前向きになれるような作品ばかりです。
そして最新作の『傑作はまだ』ですが、皆様、「血が繋がっているだけの家族」の物語と聞くとどのようなイメージを頭に浮かべますか?
「だよね。俺たち血しかつながってないもんなあ。お金は少々もらったけど、おっさんのしたことってセックスだけだよ。それで父親のように接しろっていうのは、無理あるよ」
この言葉は主人公・加賀野の息子・智の言葉です。
作中で智は加賀野のことを「おっさん」と呼びます。
加賀野も智に対して「君」と呼びます。
言葉や設定を取り上げるとシリアスな物語を想像するかもしれませんが二人の軽妙な会話は面白おかしく読めます。
ちなみにこの物語は2019年本屋大賞にノミネートされている『そして、バトンは渡された』と同時期に書かれていたそうです。
今最注目されている作品とまた違った趣向を楽しめる家族の物語です。
あらすじ・内容紹介
そこそこ売れている引きこもりの小説家・加賀野の元に生まれてから25年間一度も会ったことのない息子の智が突然訪ねてきます。
息子のことは何も知らず月十万円の養育費を振り込むと智の写真が一枚届く。
それが唯一の関わりだった二人です。
突然の訪問に戸惑う加賀野だったが、智の「しばらく住ませて」という言葉に押し切られる形で二人の同居生活が始まります。
二人の同居生活を描いた笑って泣ける父と子の再生の物語です。
傑作はまだの感想(ネタバレ)
加賀野の魅力について
加賀野はとことんダメ人間です。
序盤の智の母親・美月に対しての言葉が特にひどいです。
美月の妊娠を知って、
純粋でまじめだった俺は、妊娠させてしまったことにおびえ、自分に子どもができるということに頭が混乱した。
結婚しなきゃいけない。まったく好きでもない女と。
なんて言い草だと思います。
同じ気持ちだという美月のセリフもありますが「純粋でまじめ」と自分を評すること自体に違和感を覚えました。
そして智が訪ねてきた時も感動する様子も嬉しそうな様子もなくただ戸惑うだけ。
だから加賀野の魅力などないように思えていましたが、読んでいくと彼のまるで原始人のような外界から取り残されたような会話が面白く感じてきます。
コンビニに行くのすらおろおろして、ローソンのからあげクンに感動したり、智のちょっとした工夫で淹れたコーヒーについて「君はバリスタなのか?」と驚いてみたり、加賀野の変な反応に何度も笑ってしまいました。
加賀野を可愛らしいとすら思えた場面もあります。
加賀野が智の好むものを色々考えつつ動いてみてはダメ出しされるのですが、とっておきのかりんとうを智に振舞った場面、
「おっさんしては皿も選び抜いて、かりんとうを盛り付けてるしさ」
「そういうわけではないんだが」
俺は否定しつつも、「なかなかセンスいいじゃん」と智に褒められ、顔がほころんでしまうのを隠せなかった。
「顔がほころんでしまうのを」隠せない加賀野の姿を思い浮かべて、「おっさん」のことを何て健気でかわいらしいのだろうと思ってしまいました。
智や地域の人との出会いを通して少しずつ変わって交わされるやりとりを読んでいる内に加賀野に惹かれている自分に気づきました。
智の抱えているもの
孤独に慣れ切った世間知らずの父と近所づきあいも完璧にこなす健やかすぎる息子のやりとりがこの作品の魅力です。
ただ智については「健やか」だけではなく智の抱えているものが見え隠れする場面があります。
なぜ智がこの時期に父の元へ来たのか加賀野が訪ねる場面です。
智はもし25年間一度も会ったことのない息子が突然父の元に訪れたという小説だったらどのような状況を結末にもっていくのか尋ねます。
いくつかのやりとりがあって加賀野は
「妥当なところで、自分が余命一ヶ月だと知った息子が、父親に会いに行ったという感じかな」
と思いつき話します。
すると智はそれまではしゃいでいた様子から一転して「最悪な話だな」と呟きます。
それから珍しく感情的に、
「悲しみや不条理さに向き合いたいやつなんているかよ。もし、そんなものに本気で触れたいなら、どこでもいい、一日でいい、いや三時間でもいいから、総合病院の小児病棟に行けばいいよ。分厚い扉の向こうからでも聞こえてくる子どもの叫び声。親ですら代わってあげたいという言葉を飲み込んでしまうくらい苦しむ子どもの様子。生きる意味を考える暇もなく生まれてすぐ機械をつけられた赤ん坊の姿。自分の人生に起きる悲しみだけでは足りない人が本当にいるのなら、すぐに病院に行けばいい。胸がちぎれそうな悲しみも、神様がいないっていう現実も、自分の無力さを嫌ってほど感じられるから」
智は絞り出すような声で、そう言った。
智にも物語があって、終盤、智の抱えていたことが明かされると引用した強い感情のこもった言葉を思い出し胸が一杯になりました。
終わり方について
最後に美月、智と三人で会話する姿は嬉しい場面でした。
でもそれは加賀野の変化があったからに他なりません。
相手に興味を持てるかどいうかというのは大きな変化ですよね。
ただ息子に興味をもたなくてはいけないということではなくて、それまでの過程があって「知りたい」と思える加賀野の変化が嬉しかったです。
終盤の場面自体というよりもそれまでの加賀野の変化の過程が思い出されて微笑ましく本を閉じることができました。
最後に「智」の名前の通り、「これからの俺の日々が、きみを知る日だ。」という言葉で締めくくられていて、小説には描かれていないこれから先の世界も明るい想像が広がるような読後感が素敵に感じました。
まとめ
この主人公・加賀野がまさに浮世離れしていて内にこもっていくような生活が痛々しくて、でも智を始めとした世間の繋がりから少しずつ変化していく様子を読んで温かい気持ちになりました。
善意で支えられる人間関係や世界は素敵です。
加賀野は変わった性格を持ちながらも息子を入り口に一つ一つ考え始める様は純粋で素直に感じます。
年齢を重ねると自分の考えが大きくなってどちらかというと頑固になっていくようなイメージがありましたが、加賀野の素直な様子は私もそうありたいと感じました。
終わり方も微笑ましくて瀬尾まいこさんは私の中で春という季節に合う作家ナンバーワンです。
作風が変わることも同じ作家の作品を読むうえでの楽しみの一つなので、それを期待してはいけないとは思いますが今回の物語も読後はいい気分でした。
タイトルの意味を読み終わってしみじみ感じます。
わが子は生まれてきただけで親にとって人生の傑作だと言われますが、加賀野にとっては小説で傑作と言われる作品を書くことについても智との関わりで得られるものについてもまだまだこれからのことです。
あぁ、なるほど、ぴったりすごくいいタイトル!
現在本屋大賞ノミネートされている『そして、バトンは渡された』とも少し雰囲気が違って面白く読める作品でした。
主題歌:YUKI/やたらとシンクロニシティ
虫の知らせというかシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)の世界観で心を揺さぶるこの曲が気づかないところで善意の繋がりを辿って動き出すこの物語に繋がって選びました。
黙らないハートの奥 身体の叫び
か細い声は S・O・Sだった
目には見えない手を 差し伸べるの
(作詞:YUKI)
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