今回は朝井リョウさんの『星やどりの声』をご紹介します。
口に出して言いづらい心の中や、目の前に広がる風景を、子どもたちの目線で色鮮やかに切り取った、とても繊細な物語です。
あらすじ・内容紹介
この物語は、父親の早坂星則(ほしのり)が亡くなるところから始まります。
いきなり取り残された家族七人。
彼らのそれぞれの生き方や、葛藤についてのお話です。
早坂家はカフェを経営していて、その名前こそが、何を隠そうこの「星やどり」なのです。
この「星やどり」のなかで、物語は展開していきます。
星則の人柄
星則がお店の名前について語っている場面を引用しましょう。
「雨から身を守ることを雨やどりっていうだろう。だから、今にも落ちてきそうな星の光を受け止めるための星やどり。
連ヶ浜の星は、俺が子どもの時から変わらず
ずーっときれいなんだ。」
「連ヶ浜」とは、早坂家が住んでいる地名のことですね。
この満天の星を、まだ星が出ていない時間帯であっても、お客さんに見せてあげたい。
建築家の顔も持つ星則は、こういった思いから、名字からとった「はやさか」という店名を「星やどり」へ変えるのです。
彼のイメージは北極星です。
いつ、どんな時も動かずどっしりとしている星だと、私は勝手に想像しています。
北極星(ほっきょくせい、pole star)とは、天の北極に最も近い輝星を意味する。 21世紀時点の地球の北極星は、こぐま座α星のポラリスである。@Wikipedia
天の北極とは、地球の地軸と天球とが交わる点のうち北側のもの。北半球にいる観測者からは、すべての天体が天の北極を中心に日周運動をしているように見える。南半球からは見ることが出来ない。@Wikipedia
家族が置かれた、「過酷な状況」
長男の光彦は就職活動の真っ最中で、なかなか内定が決まりません。
サークル友達と遊び、受け持っているバイトの家庭教師をさぼることもしばしばです。
彼の弱音が溢れている一文を紹介しましょう。
「俺は七月になっても内定の一つも取れねえ。人の役に立つ仕事なんて、何なのかすらわかんねえ。全然大丈夫なんかじゃねえ」
父親の期待を受け、それに答えることができていないと実感している彼は、自分の将来について悩むことになります。
彼にはカメラの才能があり、彼自身、写真を心から愛しています。
父親という存在がいなくなってしまって、誰よりもショックを受けた真歩。
そんな健気な彼の人柄が出ているのがこの言葉ですね。
「写っているかもしれないから」
「この町にいっぱい家を作ったお父さんは、この町のどこかにいるって言ってたから」
彼女を取り巻く世界は、繊細な色彩感覚によって表現されます。
「裕介の声は何色だろう?(略)薄い水色?違うな、何だろう、なんていうか、水色でも、光が差しこんだ海の底みたいな、知らない命が眠っていたりするような色。」
「深い深い海の底でかくれんぼして、誰にも見つけてもらえないような色。」ー同
アニメ「色づく世界の明日から」の、主人公が見る風景に近いですね。
そのうえ彼女は、母親が「父親とは違う、別の男性と一緒にいる」姿を偶然目撃してしまいます。
ショックを受けた彼女は、家庭の事情のこともあって、どうしても叶えたいある「夢」のことを、家族に話せずにいるのです。
(私が一番好きなシーンです。)
「しょうがすりおろしといたから、みりんとしょうゆと混ぜなさい。豚肉の下味つけるからね……
何その顔?もしかしてみりんどれかわかんないの?」
「そこのジャガイモにラップかけてチンして、五分くらい、出したらすぐつぶすんだよ熱いうちに……
今のジェスチャー何?手でひねりつぶそうとしてなかった?そこのマッシャーでつぶすの!」ー同
お弁当作り初体験の凌馬に、琴美が軽やかにツッコむさまは、読んでいてとても愉快です。
そんな彼も、小春から聞いた言葉に動揺して、大好きなビーフシチューをボイコットするのです。
心の底では、同じ双子である小春を羨ましく思っています。
中学生のるりには、小春が持っている素直さがうらやましく見えた。
るりは人一倍、お母さん思いの子です。
過労で倒れた母親のために、彼女は父のお墓へ、一人でビーフシチューをタッパーに詰めて、持っていきます。
彼女は家族から「琴姉ってエスパー?」だと言われていますが、その理由も、彼女の章で明らかにされるのですね。
長女であるがゆえの重荷が、彼女を襲います。
ここぞとばかりに頼られる「姉」という自分の立場。
彼女はそのことについて悩みます。
五人の視線が、自分のもとに集中している。視線が圧力と重みを持って、心臓をぎゅうと押してくる。
こういうとき、いつだって、家族はみんな私のことを頼る。
「いま私が考えていることを、この子たちはきっと、これっぽっちも考えていない。」
残された「謎」
実は、星則がお店の名前を「星やどり」に変えたのには、もう一つの理由があります。
そこには、彼が家族に託した「もうひとつの願い」が関わってくるのです。
読み終えて私が実感したのは、「家族」という一つの輪の強さ、流行りのキャッチコピーに踊らされていない、本当の意味での「絆」というものです。
凌馬ではありませんが、読み終えた後には、あつあつのビーフシチューが食べたくなります。
そんな食欲がそそるお話でもあるのです。
(おいしそうな描写がたくさん出てきますので、お腹がすいている時に読むときには、くれぐれもご注意ください。)
- 長女 琴美
- 長男 光彦
- 次女 小春
- 次男 凌馬
- 三女 るり
- 三男 真歩
- 母 律子
そして、
- 父 星則
です。
一つ目は、長男なら長男、次男なら次男といった「一人称」。
そしてもう一つが、神様の目線から語られる「三人称」です。
この「視点の変化」に注目して読んでみてください。
私よりも丁寧に読み込まれて作られた、非常に分かりやすい6ページとなっておりますので、そちらもぜひ、ご覧ください。
(このあとがきがなければ、私はこの記事を完成させることはできませんでした。感謝の気持ちを込めて、ここに記します。)
次のページ
書き手にコメントを届ける