「子はかすがい」と言うけれど、子どもがいない夫婦は、どうやってかすがいを打ち付ければいいのだろうか。
「子どもが欲しいという理由で、男性が年上の妻に離婚を切り出した」と、ある芸能人の離婚が報じられた際に、ふと考えこんでしまった。
「妻の年齢なんて、結婚前にわかっていたことだろう」と、男性を批難するのは簡単だけど、人の気持ちや価値観は変わる。
子どもがいない生き方が尊重されるなら、同じように子どもが欲しいという人の希望も最大限尊重されるべきだ。
それでもパートナーと相互に意見が食い違ったら…?
欲しくても授からない場合は…?
これから紹介する本は、夫婦や家族のあり方と、「こどもがいる未来」「こどもがいない未来」を絡めて描いた本である。
子どもがいない夫婦も、もちろん独身者も、自分あるいは自分たちの幸せを、探しあてるヒントになれば幸いだ。
目次
こんな人におすすめ!
- あまり子どもが欲しいと思えない人
- 子どもが欲しいが、授かるか不安だという人
- 授からなければ養子でもいいから、子どもが欲しい人
- パートナーと、子どもを持つことについて、価値観が合わずに悩んでいる人
あらすじ・内容紹介
知佳(ちか)は、夫、智宏(ともひろ)と2人暮らし。
2人の生活は満たされているし、知佳は子どもが欲しいと思えない。
しかし、出産した実の妹を夫婦で訪ねたある日、夫がついに切り出したことは…。
(「1DKとメロンパン」)
夫の視点から描かれた妊活の話。
妊活に対する妻、波恵(なみえ)との温度差や、徐々に感じる息苦しさ。
ある日病院で検査を受け…。(「無花果のレジデンス」)
徹底した子ども嫌いの茂斗子(もとこ)。
友達から赤ん坊の写真を送られても、猿にしか見えない。
喫茶店を選ぶときには、「子どもがいそうにない」というのが大事な基準。
子どもが嫌いな女と結婚したがる人もいないと、独り身を貫くと決意。
「女なのにおかしい」と非難されたくないから、口には出さないだけで。(「私は子どもが大嫌い」)
かつては子どもが「いた」、今は「いない」男性。
元妻とは、子どもを亡くしてからうまくいかなくなり、離婚。
就活生や新入社員を見ては、「もし娘が生きていたら、あのぐらいに」と、想像してしまい…。(「ほおずきを鳴らす」)
施設で育てられた繭子(まゆこ)は、両親の顔を知らない。
だが、良き理解者である夫、栄太郎(えいたろう)と出会い、自分の店を持つという夢も叶えている。
妊娠が難しい年齢に差し掛かり、もう子どものいない人生を送るものと感じていた矢先、栄太郎が提案したこととは…。(「金木犀のベランダ」)
こどもが「いる」未来と「いない」未来の、連作短編集。
『いるいないみらい』の感想・特徴(ネタバレなし)
結婚したら必ず子どもを持つとも限らない、けれど(「1DKとメロンパン」)
子どもを欲しいと思えない妻と、子どもが欲しい夫という構図が面白かった。
一人で面倒を見ていたらごはんを食べる暇もないのか、と思うと、やっぱり私には子どもなんて無理だと思ってしまう。
と、知佳が躊躇してしまう理由に共感し、読んでいる私まで、「ひえぇ、子どもを育てるなんて無理!」と逃げたくなってしまった。
1人の時間ところか、衣食住に関わる最低限の時間すら確保しがたいなんて。
何より、
飽きてしまうなんて、子育てにおいて絶対に許されないことだし、
許されないということがそもそも怖い。
というフレーズ。
これだこれ!
私自身、出産・育児に抵抗感が強いのは、この「逃げ道がない」という感覚なんだよな。
一度産んだら、あとで「私にはやっぱり育児は無理だ」とどんなに苦しくても、子どもをお腹に戻すこともできない。
誰だ、「案ずるより産むが易し」なんて諺を作ったのは。
覆水盆に返らず、ならぬ、赤子も腹に返らずって対義語は、誰も作らなかったのか。
ただ、知佳の場合は、夫が子どもを欲しがっていて、自分だけの問題ではないこと。
夫の希望を叶えられないことは、心苦しいだろうなぁ。
「赤ちゃん、欲しくない?」
「…欲しくない」
私の言葉を聞いてひどく落胆した智宏を見ていると、自分がとんでもなく残酷な人間のような気がしてくる。
そう、自分が子どもを欲しいと思えないことで、夫を悲しませてしまうのは、つらいだろうなと。
でも、つなぎとめるために産むのも何か違う気もするし…。
さて、子どもを欲しがる智宏に対して、知佳の反論は、
「うちの経済状態じゃ無理じゃないかな」
さらに、住まい、保育園の待機児童、大学までの学費…と、子どもを産んだ後にどれだけお金がかかるかを並べ立てる知佳。
え、経済力の話題は、男性の精神的急所でしょう。
わぁ、これは反論できない。
逃げ道がない。
これはお互いの感情に寄り添わないといけない話題なのに、理屈を振りかざすと平行線になってしまうだろう…
その後、数日考えこんだ知佳は智宏に、
でも智宏がほんとうに子どもが欲しいと思うのなら、
私じゃない相手と結婚したほうがよかったんじゃないのかな
と、切り出すが‥。
パートナーは好きだ、でも、子どもが欲しいという願いを叶えられないなら、離別しかないのか、折り合いをつけていけるのか。
妊活は新しい家族を迎える出発点、だけど(「無花果のレジデンス」)
不妊治療なんてどっか自分の心を押し殺さなきゃできないもんだよ
と、男性視点での妊活・不妊治療について印象的な短編集だった。
特に、主人公夫婦の生活が妊活にふさわしい生活に変わっていく雰囲気が生々しく良い。
さぁ妊活をすると決めた妻は、避妊具を捨て、毎朝基礎体温を測り、カレンダーには最も妊娠しやすい日を丸で囲み…。
妊活を意識してから、これまで料理に無頓着だった妻が、栄養にも気を使うようになる。
「納豆に含まれる葉酸って、妊娠から慌ててとるよりも、受精卵が着床して細胞分裂が始まるときに体内にあることが望ましいんだって。」
と、今日の献立にはどんな栄養素が含まれ、なぜそれが妊活に良いのかという解説付きの食卓。
小鉢に入った納豆をかきまぜながら、受精卵とか、着床とか、細胞分裂、という言葉を聞かされるのは、正直心地のいいものではない。
そりゃそうだ。
食事の際にリアルな生殖の話を聞いてもね、とちょっと同情してしまう。
その日の献立も、あれが食べたいこれを食べたい、より、
「妊娠に良いから」で決められるように、日々の生活が徐々に妊活仕様に設計されていく。
当然、食卓だけではなく、寝室事情も言わずもがな。
大変だったのは、決められた日にセックスをする、ということだった。
そう!
私は女性だけど、これは男性からすると、肉体的にも精神的にも大変そうだ!
プレッシャーもかかりそう!と感じてしまう。
週末に妊娠しやすい日があたってくれたらまだいい。
平日、それも仕事の忙しい日に、同僚や上司の目を気にしながら定時で帰るのは居心地が悪かった。
ましてや、子作りのために早く帰るんです、と言えるはずもなかった。
そう、仕事は個人の排卵周期まで考慮してくれないのだ…。
と、「妊娠しやすい」生活スタイルに合わせて努力するも、なかなか授からない。
夫婦は意を決して、病院で検査を受けるのだが…
昔と違って、不妊治療という選択肢も増えた今は、いいことのような、選択肢が広がって悩ましいような。
妊活って、2人で、新しい家族を迎えたいと前向きな気持ちで始めるはずなのに、夫婦仲がギスギスしちゃうのも、なんだか切ないね。
と、私は他人事だから言えるのだろうけれど。
授からなければ養子?血のつながりなんて関係ない、けれど(「金木犀のベランダ」)
「養子をもらう、ということ?」
「そう、考えてみてもよくないだろうか」
「よくない!」声が自然に大きくなった。
40歳を過ぎても子どもが授からないので、妻、繭子に養子を受け入れようと、
栄太郎は提案する。
「僕と繭子は血はつながっていないけれど家族だろう。
家族だと僕は思っているよ。僕の両親も繭子のことを家族だと思っている。
血のつながりなんて、そんなに大きなものだろうか」
「血のつながりなんて関係ない」と言われると、反論できる人は滅多にいないと思う。
でも、繭子が断固と拒否したのは、血のつながりを気にしているからではなかった。
選ばれた子どもの後ろに、選ばれなかった子どもがいる。
見知らぬ子どもの心に穴を空けること。それは私がいちばんしたくないことだった。
このセリフが衝撃で、養子を迎えることで、「選ばれなかった子どもをつくってしまう」という発想はなかった。
「血のつながりなんて関係ない、養子だってアリじゃない?」という発想は、養子をもらう側の視点でしか考えていないことに気づかされてショックだった。
とはいえ、「繭子とふたりで、子育てをしてみたい」という栄太郎の気持ちも、尊重されるべきだ。
この夫婦は、どのように折り合いをつけていくのだろうか。
まとめ
「子どもがいない生き方もありだよね!あなたの人生、あなたの自由!」で終わらせず、
パートナーや家族と、どう折り合いをつけていくのかを考えるキッカケになる本だった。
確実に言えるのは、未来はどうなるか誰にもわからないということ。
今、大切にしたいものや人にしっかりと目を向けていきたいと改めて感じた1冊だった。
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