あなたは、自分が生きていることが「当たり前」のことだと、勘違いしていませんか?
誰も死ぬことなく、今まで普通に生きてきた。
そんなあなたは、選ばれた「幸せ者」です。
その幸せは、決して当たり前のものではありません。
さて、今回紹介するのは、「終末のフール」。
フール(fool)とは、英語で「愚か者」「馬鹿者」という意味です。
世界が明日、終わるかもしれない。
そんな時、彼らは一体何を考え、どのように生活するのでしょうか。
当たり前の幸福が愛おしくなる、そんな一冊です。
あらすじ・内容紹介
この作品は、八つの短編から成り立っています。
どれもユニークなタイトルで、なおかつ一つ一つの短編が「死」「暴動」という、軽く取り扱いができないテーマを扱っています。
私のおすすめは、表題作「終末のフール」をはじめ、「籠城のビール」「冬眠のガール」「鋼鉄のウール」「深海のポール」です。
- p9終末のフール二十五歳の若さでこの世を去った和也。彼が自殺した原因は、父親である「私」のせいだったー。
ばらばらになった家族のもとへ突如伝えられるニュース。
- p41太陽のシール「僕」の妻、美咲は妊娠した。
あの日が来るまでに、産むか、産まないか。
彼らの決断とは。
- p77籠城のビール俺(辰二)と兄は、アナウンサーの杉田玄白を人質にとった。
その理由はただ一つ。
俺たちの妹、暁子(あきこ)の敵を討つためだ。
杉田を殺さなければ、暁子が浮かばれない。
- p113冬眠のガールわたし(美智)の両親は、心中を図って死んだ。
わたしがやるべき目標は、三つ。
「お父さんとお母さんを恨まない」「お父さんの本を全部読む」「死なない」。
今のところ、達成中。
五年前の暴動と、撲殺事件。
- p149鋼鉄のウール苗場さんが現れると、ぼくは背筋がしゃんと伸びるような気がする。
僕がボクシングのジムに入ったのは、威張り屋のあいつに勝ちたいのと、苗場さんみたいに強くなりたいからだ。
八年前、ニュースは言っていた。
ぼくはあの頃より強くなっているだろうか。
- p183天体のヨール二ノ宮は、二十年前の姿で僕の前に現れた。
彼の両親は、望遠鏡で星を眺めていた時に撲殺された。
僕は今すぐ千鶴のいる世界に行きたい。
- p221演劇のオールインド出身の俳優の言葉がきっかけで、わたしは人生の針路を決めた。
三年前のあの日、薬を飲んで死んだ母。
忘れられない、あのニュースのこと。
- p259深海のポールもうすぐ世界が終わるというのに、エイリアンと人類が闘う映画を貸した私。
「人事を尽くして隕石を待つ」「死んでも死なない」。
その言葉の意図は。
終末のフールの感想(ネタバレ)
籠城のビール
主人公の兄弟の妹、暁子はマンションの立てこもり事件に巻き込まれてしまいます。
犯人の女は拳銃で自害しましたが、この事件がきっかけで、暁子は精神的に深い傷を負ってしまい、自殺してしまいます。
マスコミに執拗に追われた兄弟は、次第にメディアを憎むようになります。
その相手こそが、アナウンサーの杉田玄白でした。
彼は暁子の自殺の件を軽く紹介したあとで、低俗な手品を紹介したのです。
「簡単に死ぬなよ。小惑星が落ちてきても、最後まで生き残ってみせろよ。生き延びろ。苦しんで死ぬんだ」
最後に虎一が言い放った、このセリフ。
杉田一家にとって非常に重いものでしょう。
罪を償わずに、自分たちだけ毒薬を飲んで心中しようとするなんて、殺された側からすると虫が良すぎます。
鋼鉄のウール
キックボクシングのジムに通う主人公の「僕」には、憧れている人がいます。
苗場さんという、ボクサーです。
彼は正々堂々とした闘い方を好み、小細工を全くしません。
どこか飄々としていて、周りに振り回されない強さを持っています。
彼の肉体的な魅力が表れている描写がこちらです。
ただ近くで見ると、苗場さんの筋肉は、鋼鉄でできたような頑丈さを見せながらもどこか、しなやかだった。
背中を汗の雫がつるつると流れて、背骨をなぞるように垂れると、それだけで色気を感じさせる。
精神が崩壊し、暴力の衝動を抑えきれなくなった「僕」の父親の暴走を止めたのも、キックボクシングで培った技術でした。
無骨な性格で、あたりまえのことをまっすぐに、ひたすらやり遂げる苗場さんの生き様を真似したいですね。
「あなたの今の生き方は、どれぐらい生きるつもりの生き方なんですか?」
深海のポール
レンタルショップで働く私(修ちゃん)は、妻と娘の未来の三人家族です。
彼には、悩み事がありました。
私の父(未来の祖父)は終末に近づく世界でも物おじせず、マンションの屋上に一人櫓(やぐら)を黙々と作る変人なのです。
「櫓を作って、誰よりも高いところから洪水を見学する」。
彼はそのことだけを胸に秘めて作業を続けます。
私がいじめられた時、彼の父は答えました。
「(生きて)人生の山を登るしかねえだろうが。登れる限りは登れって命令してるんだ。」と。
「生きられる限り、みっともなくてもいいから生き続けるのが、我が家の方針だ」
生き残るということは、なりふり構わず全力でもがくということ。
誰かに選んでもらうのではなく、自分で選び取ること。
小説の言葉を借りるなら、死に物狂いで生きるのは、権利ではなく、宿命なのでしょう。
まとめ
伊坂さんの小説に出てくる登場人物は、無茶なのに的を得ていて、人間らしさを感じさせます。
この小説に限らず、どれをとっても言えることです。
人間が人間であるゆえの葛藤や困難、絶望の中でも希望を見出そうとする人々の飾らない生き方が、そこにはあります。
読み終えた後、猛烈に誰かと語り合いたい衝動に駆られました。
どの短編が好きなのか、どのシーンのどのセリフが気になったのか。
とにかく読み切った熱が冷めず、気持ちを持て余していました。
自分が今、生きていることが奇跡のように思えてきて、人間の小ささ、弱さをまざまざと実感させられます。
目の前の幸せを忘れかけている時や、思い上がった時に戒めとして手に取りたい一冊です。
「必死だよ。必死。必死で生きていたんだよ」小松崎さんは口の周りに、深い皺を作った。
「人ってのは本当に脆いよな。あちこちで、騒乱だろ。」『冬眠のガール』
主題歌:PELICAN FANCLUB/Telepath Telepath
PELICAN FANCLUB(ペリカンファンクラブ)のTelepath Telepath(テレパステレパス)です。(テレパステレパスルルルルルーではありません。)
初めて聴いた時から、この曲は終末世界に似合いそうだと思って選曲しました。
この曲、歌詞が非常に面白いです。
「アラスカ育ち寒さには負けない と言って毛布にくるまる」
(作詞:エンドウアンリ)
どうでしょう?
シーンが絵になって、浮かんできそうですよね?
Vo.のエンドウアンリさんが生み出した、このシュールで笑いを誘う歌詞。
きっと彼にしか生み出せないでしょう。(『アルミホイルを巻いて』も同じぐらいシュールです。)
おすすめは、「dali」「凪の頃」です。
振り子のように不穏が揺れる様を、とくと味わってください。
「さよならだ もう嫌だ 終わりにしよう 地球でしか住めない生活は」
(作詞:エンドウアンリ)
小説だけだと、内容の重さがどうしても気になりますので、遊び心のあるこの一曲で、外すように心がけました。
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