『京都』をご存じだろうか。
おそらく、日本人で知らない人はいないくらい、有名な日本の古都である。
歴史ある建造物や雄大な自然の風景などが人気で、海外からも多くの観光客がやってくる、国内有数の観光地でもある。
今回紹介するのは、そんな京都の街を舞台にした、大学生が主人公の恋愛ファンタジーだ。
「なんだ、リア充の話か」と思ったそこのあなた、まだ画面を閉じないでほしい。
この作品に登場するのは、恋愛が若干不得手な男子大学生と、その彼が惚れている1人の乙女がメインだ。
不得手ゆえに、彼の恋路はそうそうスムーズにはいかないし、いわゆる『リア充』には程遠い生活を送っている。
彼のもどかしい恋は、京都の街で巻き起こる様々な珍事件に翻弄されることになる。
一筋縄ではいかない恋愛ファンタジーに夢中になること間違いなしだ。
こんな人におすすめ!
- 京都が好きな人
- 妄想好きな大学生
- 片思いをしている人
あらすじ・内容紹介
舞台は京都。
同じ大学の『黒髪の乙女』に密かに思いを寄せている『先輩』は、ありとあらゆる手を使い、何とかして彼女に接近しようとするが、直接交際を申し込む勇気が出ないまま外堀だけを埋め続ける日々を送っていた。
一方『黒髪の乙女』は、そんな先輩の涙ぐましい努力もつゆ知らず、夜の先斗町や下鴨納涼古本まつり、大学の学園祭、冬至の街中へと気の向くままに姿を現しては、様々な人たちを巻き込みつつ、意図せずしてその場の主役となっていく。
自由に京都の街を闊歩する彼女と、それになんとか追いつこうとする先輩。
果たして彼女が先輩の想いに気づく日は来るのか?
そして彼らが結ばれる時は来るのか?
大学生男子のめくるめく妄想とファンタジーがきらめく、とびきりの恋愛小説。
『夜は短し歩けよ乙女』の感想・特徴(ネタバレなし)
現実とファンタジーが入り混じった世界観
この作品は京都の街が舞台だ。
『先斗町』や『京阪三条駅』、『下鴨神社』や『四条河原町の交差点』など、実際にある地名や場所が登場する。
住んでいる人や行ったことのある人なら「あぁ、あそこね!」とニヤッとしたり、すぐに情景が浮かんだりするかもしれない。
そんな京都の街が、ファンタジーの世界に生まれ変わるのがこの作品の最大の魅力だ。
暗くて狭い先斗町の南から、背の高い電車のようなものが、燦然と光を放ちながらこちらへ向かってくるのです。それは叡山電車を積み重ねたような三階建の風変わりな乗り物で、屋上には竹藪が茂っているのが見えました。
車体の角にはあちこちに洋燈が吊り下げられて、深紅に塗られた車体をきらきらと輝いています。色とりどりの吹き流しや、小さな鯉のぼり、銭湯の大きな暖簾などが、車体のわきで万国旗のようになびいているのも見えます。
こんなふうに、街中に3階建ての謎の乗り物が登場したりするし、先輩が空を飛んだりもする。
木屋町と先斗町の間に建て込んだ家々の屋根から屋根へ、私は軽々と跳ねた。網のように家並みを覆う電線に気をつければ、私はどこへでも行くことができる。ひときわ高い雑居ビルの屋上を蹴って高く跳ね上がると、ゆっくり体をひねって、私は眼下の夜景を眺めた。
現実にある場所が登場しつつも、そこにファンタジックな要素が加えられている。
それによって、京都という街がより魅力的に映るのだ。
この作品を読んだら、京都に訪れたくなることは間違いない。
訪れてみて、先輩や黒髪の乙女と同じ道筋を辿ってみたり、作中に登場していた場所やイベントを実際に見てみたりするのも面白いと思う。
個性的なキャラクターたちと、独特のキーワード
何と言っても、キャラクターたちがこの上なく個性的だ。
先輩は妄想炸裂させながら黒髪の乙女を追っているし、その黒髪の乙女は天然でふわふわしている。
彼らと行動を共にすることになる『樋口氏』は自分を天狗だと宣うし、そのお目付け役の『羽貫さん』は美人の社会人だが、酔うと大変なことになる。
そのほかにも様々なキャラクターが登場するが、みなそれぞれに個性的だ。
だからこそ、読んでいて飽きないし、キャラクター同士が意外なところでつながり合うのも面白い。
ちなみに、樋口氏と羽貫さんは著者の別作品『四畳半神話大系』にも登場している。
ぜひ読んで探してみてほしい。
また、彼らが生み出す独特のキーワードは印象に残るものばかりだ。
私は古本市の神様にお祈りしたこともありません。私は慌てて手を合わせ、「なむなむ!」とお祈りしました。これは、私が独自に開発した万能のお祈りで、絵本を読んでいた幼い頃から愛用しているのです。
『なむなむ!』とは、なんて可愛らしく使いやすいお祈りだろうか。
つい使いたくなってしまうような言葉だ。
このほかにも、『おともだちパンチ』、『詭弁踊り』、『偽電気ブラン』、『神様の御都合主義』、『ナカメ作戦』、『韋駄天コタツ』などなど、興味を惹かれるキーワードが、この作品のいたるところに散りばめられている。
それぞれどんな風に使われているかは作品を読んでみてのお楽しみだが、印象に残る独特の言葉が多いことも、この作品の魅力の1つだ。
迸る先輩の妄想
黒髪の乙女に思いを寄せる先輩は、彼女が行く先々に顔を出しては「たまたま通りがかったもんだから」と言い、何とか彼女の目に止まろうと努力している。
しかし当の彼女は「あ!先輩、奇遇ですねえ!」と言うばかりで、先輩の思いになかなか気付かない。
かといって交際の申し込みをするほどの勇気はなく、先輩は常に彼女の周りをうろついている怪しい人物一歩手前の状態だ。
そんな先輩の脳内では、ことあるごとに妄想が炸裂する。
例えば、古本市で彼女に声を掛けることを目論んでいる時はこんな感じだ。
古本市をさまよっている彼女は一冊の本を見つけ、意気込んで手を伸ばす。そこへ伸びてくるもう一つの手。彼女が顔を上げると、そこに立っているのは私だ。私は紳士的にその本を彼女に譲ってあげるにやぶさかでない。彼女は礼儀正しくお礼を述べるだろう。すかさず私は優美な微笑で答え、「いかがですか。そこの売店で冷やしたラムネでも飲みませんか」と誘うのである。
ピンチに陥った彼女を前にした時は、千載一遇の好機と奮起する。
この危機的状況から彼女を救うことができれば、人生に栄光の新平地を切り開ける、と私は思った。そうに違いないのである。火のついた我が妄想は止まるところを知らず、彼女との初めての逢瀬からノーベル賞受賞に至る人生の未来の名場面集が走馬灯のように流れ、地に足のつかない華々しい未来予想の数々が、我が深い脳の谷間を埋め尽くした。
先輩の壮大な妄想は作品中の至る所で迸る。
その荒唐無稽さに突っ込みたくなることが多々あるが、この作品の面白さの神髄はそこにある。
先輩のすごいところは、その妄想をエンジンとして、黒髪の乙女に近づこうと一応は行動を起こすところだ。
しかしその行動というのが、交際の申し込みやデートのお誘いではなく、彼女が行くあらゆるところにわざわざ出かけて行ったり、彼女と同じ本に手を伸ばそうとしてみたりすることなのだ。
その若干迂遠なやり方が先輩らしい。
先輩を見ていると、片思いをしているけど行動できない、どうしたらいいかわからないという人はちょっと勇気をもらえるかもしれない。
まずは先輩の真似をして、とにかく相手の視界に入る作戦を立ててみるといいかもしれない。
ちなみに成就するかは別問題だ。
まとめ
現実にファンタジーと妄想が加わって、最高に愉快な世界へと連れて行ってくれる、こちらの作品。
宝箱のようにワクワクして目が離せない面白さを、あなたもぜひ味わってみてほしい。
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