「原田マハの作品は面白い」と聞き、書店で彼女の作品のあらすじを見て1番ピンときたのが本書だ。
著者は元々美術館で働いていたこともあり、美術関連の話を題材にすることが多い。
今回フィーチャーするのはパリの画家アンリ・ルソー。
学生時代ピカソについては授業で習った覚えがあったが、ルソーに関しては名前を聞いたことがあるぐらいで正直うる覚え程度だった。
しかし、本書を読み終えた時、「ルソーに出会うことができて本当によかった」と思うことができた。
目次
こんな人におすすめ!
- 海外の美術作品が好きな方
- 美術館に興味あるけどまだ踏み込めていない方
- 画家といえばピカソは知っているが、アンリ・ルソーは知らない方
あらすじ・内容紹介
時は1983年8月。
ニューヨーク近代美術館MOMAで働くキュレーター・ティム・ブラウンの元に1通の手紙が届く。
伝説のコレクターで有名なスイスのコンラートバイラー氏の代理人からで、ティムの愛してやまないアンリ・ルソーに関する依頼の招待状だ。
バイラーが所有しているアンリ・ルソーの名作を調査してほしい
とのこと。
スイスの大豪邸にて、コンラート・バイラー氏が所有するアンリ・ルソーの名作『夢』に酷似した絵が本物か偽物かを見破った者にこの絵を譲るという。
対決期間がティムの仕事の休暇とちょうどかぶっており、手紙の文面に自分の「運命」を見つけた気がしたティムは迷うことなくスイスに向かった。
スイスの対決舞台に着いたティムの目の前に現れたのは日本人の早川織絵。
パリで美術史論壇を賑わせ、ほかにはない見解でルソーの論文を発表した天才研究者だ。
タイムリミットは7日間。
2人は手がかりとなる謎の古書を読まされ、天才芸術者ルソーの知られざる過去を知ることになる。
ルソーの晩年の過去は何だったのか、ティムと織絵どちらが勝利し、『夢を見た』の行方はどうなるのか、最後まで見逃せない。
『楽園のカンヴァス』の感想・特徴(ネタバレなし)
ストーリーの魅力を際立たせる美術作品たち
本書を読んで、以前よりも美術作品に興味が持てるようになった。
ティムと早川織絵のルソーの『夢をみた』の真贋を見極める対決の前に、冒頭では対決が終了してから16年後の大原美術館の監視員として働く織絵のことについて書かれている。
彼女が働く大原美術館に展示されている数々の有名作品がたくさん出てくるのだ。
本作に出てくる美術作品、美術館はほぼ実在するもの。
美術館の見学に来た高校生たちが見たエル・グレコの『受胎告知』も、織絵が勤務中凝視していたパブロ・ピカソの『鳥籠』も実在する作品だ。
ほかにも数々の名作が登場する。
フィクションではあるものの、実在する作品が出てくることで、実際に起きた出来事のようなリアリティが出て作品の魅力を際立たせていたと思う。
読み進めていくうちに実際に美術館の作品に触れているような気分になり、知らなかった作品についてもっと知りたくなった。
ルソーの真実が明かされるもう1つの物語『夢をみた』
ティムと織絵の対決のほかに、もう1つ物語がある。
ルソーの名作の真贋を判定するのに手がかりとなる古書『夢をみた』だ。
コンラート・バイラーがティムたちに調査してほしいと言っていたルソーの名作と同じタイトルである。
この古書にはルソーの晩年の出来事と思われる内容が描かれており、ルソーの「才能がない画家」という世間のイメージが変わるエピソードが垣間見える。
ルソーは古いアパートに住みながらギリギリの生活で絵画を描いていた。
同じアパートに住む洗濯婦人ヤドヴィカのことをルソーは気にいっている。
井戸で彼女が洗濯しているところを見つける度に話しかけ、「おもてなししてあげる」と伝えるのだが、ヤドヴィカは身なりが貧相な上に子どものような絵画を描くルソーには嫌悪感をあらわにしていた。
ヤドヴィカには悪いイメージしかないルソーだったが、彼女の夫ジョセフがルソーの絵画にはまっていく姿や、偶然出会ったピカソがルソーの絵画に対して「今後高く売れる」と断言し好評価しているところを見て、ルソーへの見方が物語が進むにつれて変わっていくのだ。
ジョセフがルソーの絵画を崇拝していく姿も面白いが、ルソーの『夢をみた』のモデルと言われているヤドヴィカがルソーに対するイメージが変わっていくところも特に面白い。
彼女は夫が本格的にルソーに肩入れし始めていることをおかしいのではと思いつつ、自分もはまっていく過程が書かれている。
けれど、ヤドヴィカだとておかしいのです。毎日狭い部屋の中でルソーの絵に囲まれて暮らし、画家のもとへと届けていくうちに、少しずつ、ルソーに興味を抱き始めていたのです。(中略)評論家いわく「子供の絵のごとく拙い技術の」セーヌ海岸の風景やこわばった人物像、そして溢れんばかりの緑の密林を飽かず眺めて、そうするうちに、ふと気が遠くなり、眠ってしまうようなのです。そんなときにみるのは、決まって密林に迷いこむ夢。ルソーとふたり、深い、深い森の奥へと入っていくのです。
ヤドヴィカがルソーの絵画にはまると同時に、『夢をみた』の情景と似たところにルソーと一緒にいる夢を見るようになる。
私自身も『夢をみた』の世界に連れていってもらえたような気分になった。
このもうひとつの物語から、ティムと織絵が『夢をみた』の真実を見破れるのかに注目だ。
罪と知っていながら行動してしまう愛
人は好きなもののためなら時にいけないことにも手を出してしまうこともある。
ティムはコンラート・バイラー氏の代理人のエリック・コンツより招待状が届き、スイスに向かうわけだが、おそらく、ミスタイプで実はティムがアシスタントを務めるMOMAのボス的存在、トム・ブラウン宛のものだった。
手紙の中に、
世界を代表するキュレーターであり、来年/再来年にパリ・ニューヨークで開催が予定されている『アンリ・ルソー展』の企画者である
と綴られており、それに該当するのがトム・ブラウンだからだ。
しかし、ティムは相手が宛先をトムからティムに打ち間違えたのを好都合に捉え、チャンスをつかもうと、トムになりすまし、勝負に参加することになる。
もし、その事実がトムにばれたら、ティムは即刻クビだ。
危ないことと知っていながら行動してしまったのは、やはりティムのアンリ・ルソーへの愛ゆえであろう。
ティムが初めてルソーの絵画を見て惚れ込んだところがある。
ルソーの『夢』との初対面を回想してるシーンだ。
この作品を生まれて初めて見た瞬間の驚きと興奮を、ティムがいまもありありと思い出すことができた。
10歳だった。両親に連れられて、ニューヨークへ観光にやってきて出会ってしまったのだ。この場所、MOMAの展示室で。
一目見た瞬間に、電波が体じゅうを駆け抜けて、動けなくなってしまった。まるで魔法にかかったように、少年ティムは作品をみつめた。ただ空っぽになって。
(中略)
少年ティムは、熱にでも浮かされたかのように、その日から追いかけ始めたのだった。『夢』という作品を、アンリ・ルソーという画家を、ルソーとともに生きた芸術家たちを、二十世紀の美術を。
少年の頃に受けたティムの衝撃がいかに強かったかがわかる。
ルソーへの思いが思いがけない行動さえさせてしまったのである。
7日間の勝負の間、ティムはトムになりすましていることがトム自身にばれてしまいそうになるピンチも何回か訪れ、冷やひやさせられた。
無事にトムにばれず勝負を終えて帰れるのかについても注目したい。
まとめ
アンリ・ルソーについてよくわかるのはもちろん、ティムと織絵との勝負の過程も面白く読み応えある作品だった。
最後まで読まないと結末を予想しづらいかもしれない。
ルソーは世間にあまりいい印象をあたえられず生涯を終えてしまったけれど、本作を読んでティムのようにルソーの魅力にハマる人が増えてほしいと思う。
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