ひまわりが見頃を迎えた夏を超え、季節は深まり、芸術の秋が到来した。9月末に緊急事態宣言は解除されたが、美術館などの入場規制はしばらく続きそうだ。
しかし、実際に作品を目にしなくても、アートを楽しめるものは多くある。
今回はその中から魅力的な3つの作品を紹介していく。
漫画で描く美術、『ブルーピリオド』
出典:amazon.co.jp
俺はピカソの絵の良さが分からない
上記は『ブルーピリオド』の冒頭にある主人公の言葉だ。『ブルーピリオド』は、漫画家山口つばさによるコミックで『月刊アフタヌーン』にて連載されている。
主人公は男子高校生の矢口八虎(やぐちやとら)。八虎は成績優秀で友達も多く、スクールカーストの上位にいた。ヤンキー友達とつるんで楽しい生活を送っていたが、将来について焦りも感じていた。
そんなある日、学校の美術室にあった1枚の絵に心が奪われる。
これまで何かに夢中になった経験がなかった八虎は、その絵との出会いをきっかけにして、描くことの楽しさに目覚めていく。
美術部員や顧問との出会いを経て、高校2年から美術部に加入。本格的に美大合格を目指すという受験物語だ。
登場人物たちの群像劇に加えて、作者自身の体験をもとにしたリアルなストーリー展開が読者の胸に刺さる。思わず何かに打ち込みたくなる溢れ出る情熱が本作の見どころだ。
タイトルの『ブルーピリオド』は、画家パブロ・ピカソに由来する言葉で、ピカソが青春時代に描いた絵の画風を指しており、”不安を抱える青春時代”を表す言葉としても使われていている。
作者の山口つばさについて
作者の山口つばさは女性漫画家だ。顔出しNGでインタビュー時などはカエルの被り物をつけている。2019年には結婚を発表し、2020年には『ブルーピリオド』がマンガ大賞の大賞に選出された。
漫画家としてデビューしたのは2014年。新海誠による短編アニメーション『彼女と彼女の猫』のコミカライズを担当したことだった。デビュー時から凄まじい経験を持つ実力派だ。
さらに、山口は東京藝大出身である。東京藝大といえば岡本太郎、村上隆などが代表的な卒業生として挙げられる。
学部は異なるが、ロックバンドKing Gnuのボーカル、キーボードを務める井口理も東京藝大を卒業。King Gnuと同時にクリエイティブ集団PERIMETRONも主宰している常田 大希も東京藝大に在籍していた。日本における最先端の才能を持つ若者たちが一堂に集結しているとんでもない場所だ。
TVアニメ『ブルーピリオド』が2021年10月より放送開始
🎨#ブルーピリオド 第2弾キービジュアル公開🎨
第2弾キービジュアルは
Seven Arcs × 美術家・山口歴
によるコラボレーションが実現✨
山口歴さんの作品を背景に、躍動感のある八虎達が描かれた豪華ビジュアルです❗
🖌TVアニメ 2021年10月放送開始https://t.co/gzMx7NQMhA pic.twitter.com/IUJufECaXk
— 『ブルーピリオド』公式 🎨 10月1日よりTVアニメ放送開始 (@blueperiod_PR) August 6, 2021
TVアニメ『ブルーピリオド』は2021年10月1日より毎週金曜25時25分から放送。また、Netflixでは9月25日に先行で配信され、毎週土曜日に更新されていく予定だ。美術とアニメーションとの化学反応に期待したい。
強烈なインパクトを残す歌と映像で美術品を紹介、『びじゅチューン!』
一風変わった形で美術を扱った作品として話題になっているのはテレビ番組の『びじゅチューン!』である。
『びじゅチューン!』は、2013年8月11日からNHK Eテレで放送されている番組で、絵画や寺院などの美術品をアニメーションとユーモラスな楽曲で紹介している。わずか5分程度の短い番組だが、そのインパクトは強烈だ。
キャッチーさも備えつつ、予想外の角度から美術作品を紹介する『びじゅチューン!』を作り上げているのは井上涼という男。アニメーション、作詞、作曲そして歌唱まで全て井上が担当している。
アーティスト・井上涼とは?
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井上涼は兵庫県出身で、金沢美術工芸大学デザイン学科視覚デザイン専攻を卒業しているアーティストだ。映像(アニメ/実写)、イラスト、インスタレーション、パフォーマンスなどに加えて、毎日新聞にてマンガ『美術でござる』も連載しているなど、活動内容は多岐にわたる。
卒業制作作品である『赤ずきんと健康』がBACA-JA2007映像コンテンツ部門佳作を受賞。大きな話題となり、知名度を上げていく。
『びじゅチューン!』の独特な世界は、番組を飛び出し、『びじゅチューン!EXPO~ときめき立体ミュージアム~』として体感できる企画展になったり、『びじゅチューン!ライブ2021 in 能楽堂 琳派でござる』としてライブ化されたりと、さらに広がり続けている。
井上涼が手掛けたものは、これまでに見たことがない前衛的で独特な作品が多く、まさに現代のピカソとも言い換えられる。
井上涼の作品紹介① 『何にでも牛乳を注ぐ女』
元ネタにあるのはフェルメール作の『牛乳を注ぐ女』。絵の中の女が注いでいる牛乳が、やけに細く描かれていると思った井上は、「これは料理の仕上げにそっと牛乳を注いでいるのではないか?」と想像。
そこからどんな料理にも牛乳を注いで好みの味付けにする人物像を作り上げ、社員食堂のベテラン調理師との攻防を繰り広げるストーリーが生まれた。
2018年に公開されたこの作品はYouTubeで1,300万回以上再生されている。
絶妙なアンバランスさで成り立っている歌声は同局『ピタゴラスイッチ』のオープニングで馴染み深い、ウクレレ栗コーダーカルテットのような脱力感を彷彿とさせる。
そこにタフなビート感やEDMのようなビルドアップを合わせ、哀愁あるピアノなども混ぜ込んでいき、歌物としての存在感を強めている。
歌詞やイラストだけでもそのストーリー性は十分に伝わってくるが、楽曲そのものも負けないくらい音で魅せるストーリーテリングが感じられ、どの面から見ても面白い。
『何にでも牛乳を注ぐ女』の元ネタである『牛乳を注ぐ女』は、オランダ黄金時代の画家フェルメールによって1657年ごろに描かれた作品である。
美術評論家のカレン・ローゼンバーグはこの絵を「下向きの視線とすぼめた唇が、悲哀を意味しているのか、集中を意味しているのかは、誰にも判断できない」と評した。
また当時の時代背景として、オランダ絵画の中でメイドは男性の欲望をかきたて、家庭に悪影響を及ぼすような存在として表現されていたともされている。
一方で、この絵画は「勤勉な性格」を表現していると言う美術評論家もおり、実際のところ、意図としては不明なことが多い。
井上涼の作品紹介②『ルソー5』
インスパイアされたのはアンリ・ルソーの『眠れる旅音楽師』。
画面右端の壺が「途方に暮れている人」のように見えたとたん、心の中で「マンドリン」「枕」「ライオン」が次々に人間のように見えてきました。
と井上はコメントしている。そこから端を発し、5人がアイドルを目指して練習を重ねるというストーリーが生まれた。
『何にでも牛乳を注ぐ女』とは打って変わり、管楽器にコーラスなど、トロピカルなサウンドアレンジが効いている。ベースと同期のリズムからは、ジャクソン5などが代表されるモータウンサウンドを連想させる。タイトルもここから来ているのだろう。
彼女らが夢見ている舞台はまさにルソーの代表作『夢』をモチーフにしたもの。遊び心を感じる映像も見所だ。
『眠れる旅音楽師』はMoMA(ニューヨーク近代美術館)に所蔵。
砂漠にライオンという構図はアカデミック美術の画家ジャン=レオン・ジェロームの絵画『二つの威厳』から影響を受けたと言われており、ジプシーはルソー自身の投影、ライオンは獣たちを庇護する王と解釈されている。
元々はルソーが故郷の町ラバルに寄贈しようとした作品だった。当時、ルソーはパリ市の税関の職員を務め、仕事の余暇に絵を描いていた「日曜画家」で、一般的な市民の感覚では幼稚な絵などと評価されることが多かった。
退職後に書き上げたこの作品も例外ではなかったため、寄贈は失敗に終わってしまう。当時、ルソーの作品を評価していたのは少数だったが、その中にはピカソやゴーギャンなどがいた。
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