毒親。
子供にとって「毒」となる親を意味するこの言葉は、残念なことに、今ではごく一般的な言葉となってしまった。
それほどまでに、毒親の存在が広く世に蔓延っているということだろう。
毒親は、しばしばフィクションの世界にも現れる。
宮部みゆきによる長編サスペンス小説『模倣犯』にも、吐き気をもよおすほどに強烈な毒親が登場する。
この記事では、『模倣犯』に描かれる毒親・栗橋寿美子の行動を通じ、その存在がいかに子供を歪め苦しめるかに迫る。
毒親はエゴにまみれている
寿美子には子供がひとりいる。
名を栗橋浩美(ひろみ)という。
浩美は男の子だ。
男の子に「ひろみ」という名は少々珍しいように思うが、ここには寿美子のとんでもないエゴが隠されていた。
実は浩美は、寿美子が生んだ初めての子供ではない。
彼女は、浩美の前に女の子をひとり授かっていたのだ。
赤ん坊の時分に死んでしまったその子の名前は「弘美(ひろみ)」。
あろうことか、寿美子は、幼くして死んだ姉の名を、漢字一文字だけを変えてそのまま息子につけたのだ。
その名のせいで、浩美が死んだ姉の幻影にとらわれてしまうであろうことは想像に難くない。
事実、浩美は、死んだ姉に追い回される悪夢に長年苦しめられることになる。
そんなことは露ほども考えず、周囲の反対も押し切り、死んだ娘の名をそのまま息子に与えた寿美子。
子の利益でなく己のエゴを優先するという、まさに毒親らしい行動である。
毒親は子供を否定し、支配しようとする
寿美子の毒親ぶりはこれだけに留まらない。
ことあるごとに死んだ姉――弘美を持ち出しては、浩美の存在を否定するのだ。
たとえばこんなふうに。
――もしも生きてたなら、お姉ちゃんはあんたよりももっといい子になったはずよ。
――お姉ちゃんが生きていてくれたらよかったのに。
――どうしてお姉ちゃんが死んでしまったんだろう。あんたは元気で育っているのに。
――死んだ子の歳を数えたってしょうがないなんて他人は言うけど、数えたいものなんだよ。だってとてもいい子だったろうから、お姉ちゃんは。
一事が万事こんな調子で、寿美子は日常的に浩美を否定するのだ。
「死んだ姉」という、どう努力してもひっくり返しようのない物差しを持ち出して。
子供を否定し、支配しようとするのは、毒親の常套手段だ。
寿美子のこうした言動も、まさに浩美をコントロールしようとしたものといえる。
「いい子だったはずの姉」を引き合いに出すことで、浩美にもいい子であることを求めているのだ。
毒親は子供の周囲の環境も否定し、居場所を奪う
毒親が否定するのは子供自身だけではない。
子供の周囲の環境をも否定し、子供の居場所を奪おうとするのだ。
そして、自分しか頼れない状況を作り出す=支配環境を整えるのだ。
寿美子は浩美の周囲のさまざまな環境を否定した。
浩美の幼馴染の存在を否定する。
浩美のガールフレンドの存在を否定する。
そして、浩美の父親であり、己の夫である存在をも否定する。
浩美の前で、その父親がいかに無能であるかを語り、頼りにならないと愚痴をこぼすのだ。
それだけではない。
実は、父親である則夫も、寿美子に隠れてその存在を否定していた。
寿美子の母親が不倫相手と心中したことを引き合いに出し、それを明かされないまま結婚したことを「一生の不覚だ」「俺はいい恥さらしだ」と言って涙すら流すのだ。
母親には父親を否定され、父親からは母親を否定されて、浩美にもはや居場所はない。
もとより両親には愛想を尽かしていた浩美だったが、騙されたと咽び泣く父親の姿を見、改めてこう独りごちる。
ろくな家じゃない、と。
毒親に歪められた子供は「現代のモンスター」に成長し…
そんな毒親に育てられた子供が、まともに育とうはずもない。
浩美はすくすくと歪んで育ち、狂った倫理観を備えた青年へと成長した。
紳士の仮面で本性を画しながら、他人に平然と暴力を振るえるようになった。
その暴力は成長とともに加速し、やがて浩美は、世間を騒がせる連続殺人鬼に成り果てる。
抵抗する力を持たない若い女性ばかりを狙い、肉体的・精神的に弄んだ末に殺しては埋め、遺族やテレビ局に対して挑発的な言動を繰り返すという、非道極まりない犯罪に手を染めるのだ。
栗橋浩美という、現代のモンスターを生み出したのはいったい誰か?
もちろん、浩美自身に悪の芽が備わっていたことは否定できない。
しかしその芽を発芽させ、凶悪な花を咲かせたのは誰か。
私には、エゴにまみれた毒親・寿美子がそうさせたように思えてならない。
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