珠玉の泣ける小説10選【涙腺ノックアウト!】

人はおしなべて感動したがりだ。

その証拠に世の中には泣けるという触れ込みの書籍があふれ、隙あらば涙をしぼりとろうとしてくる。

しかしこれだけ泣けると銘打たれた本が氾濫していると、そう簡単に涙腺を緩めないぞと活字に親しんだ読者ほどむきになりはしないだろうか。

今回はそんなひねくれた読者も壊れた蛇口のように泣ける、素晴らしい小説を10冊紹介したい。

泣ける小説10選

初野晴『水の時計』

吹奏楽部の青春を描いた学園ミステリー、『退出ゲーム』で人気作家の仲間入りを果たした初野晴の記念すべきデビュー作。

コメディタッチの『退出ゲーム』とは違い、シリアス色が前面に出た話で、オスカー・ワイルドの有名な童話『幸福の王子』をモチーフにしている。

過去にトラウマを抱える孤独な少年が、脳死と判定された少女の最期の願いを叶える為、彼女の臓器を必要とする人々に届ける運び屋となる。

脳死や臓器移植を扱った内容もさることながら、本作最大の魅力は主人公とヒロインのイノセンスな交流と、人生に絶望していた主人公がヒロインの献身を目の当たりにし徐々に生きる気力を取り戻していく過程である。

自分がしている事は果たして正しいのか、本当に少女の為になっているのか。

常に葛藤しながらどこまでもひたむきに役目を果さんとする主人公のストイックさに胸が痛くなった。

生きることも死ぬこともできない残酷な運命におかれたヒロインが、胸に秘め続けた秘密が明らかになるくだりでは、そのあまりに切なく一途な心情に涙がこぼれてしまった。

すべてにおいて美しく哀しい、残酷な童話のような話である。

残された主人公にどうか幸せになってほしいと願わずにいられない。

浅田次郎『蒼穹の昴』

清朝末期の中国を舞台に、希代の悪女として忌み嫌われる西太后と、彼女に一番近くで仕えた宦官の姿を描く壮大な歴史小説。

魅力的な登場人物たちの信念賭した生き様が交錯する、極上のヒューマンドラマでもある。

極貧の百姓の倅として生まれ、糞拾いで生計を立てる春雲は、宦官になる決意を固めて都に上る。

死の危険と隣り合わせの去勢を施されたのち、紫禁城を追われた宦官が暮らす胡同であらゆる礼儀作法と芸事を仕込まれた春雲は、やがてその才覚を見出され宮廷で成り上がっていく。

史実では清朝を滅ぼした元凶とされる西太后が、本作では非常に慈悲深く気丈な女傑として輝きを放っているのも特徴。

他国の侵略から民を守るためにあえて悪女の汚名を被り、王朝を閉ざさんとした彼女の、不退転の覚悟と波乱万丈の生き様には泣けてくる。

春雲のみを信頼してそばにおく西太后と、そんな主人の孤独をだれより理解し、誠心誠意尽くす春雲。

究極の主従愛に感動すること請け合いだ。

また、春雲と同郷の兄貴分・文秀が辿る数奇な運命にも注目してほしい。

難関の科挙に合格後、役人として順風満帆に出世の道を歩む文秀と、宮廷の奴隷である宦官として西太后に仕える春雲。

敵対派閥に分かれてしまった幼馴染の絆が泣かせる。

激動の清王朝を懸命に生きた人々の群像劇としても読みごたえたっぷりで、国の未来に殉じた壮士の気高い志や散りざまには涙を禁じえない。

朱川湊人『わくらば日記』

色白で美しいお人形さんのようなねえさまには、人の過去を見る不思議な力があった。

されどその能力ゆえに寿命を縮め、病んで散る葉のごとく夭折してしまった。

晩年にさしかかった妹・和歌子が、最愛の姉・鈴音と過ごした懐かしい日々を振り返るミステリー。

第二次大戦後の昭和40年代から50年代復興期を背景とし、だっこちゃんや美空ひばりなど、当時流行っていたものごとが多く登場する。

世間を騒がせた事件や社会問題と絡めた話も目立ち、時代の波に翻弄される人々の哀しさが胸に迫った。

鈴音が関わることになる事件には女子供が犠牲になる陰惨なものも多く、真相がわかってもやりきれなさを残すのだが、被害者や遺族の無念を晴らし、時に犯人の悔いすら汲まんとする鈴音の優しさや和歌子の朗らかさによって救済されている。

強盗に殺された子供が行きたがっていた山にかわりに登り、「やっほー」と叫ぶ。

出自ゆえに差別されてきた殺人犯の青年には、死刑執行後の命日に線香を手向け続ける。

鈴音が長生きできないとあらかじめ知らされている読者の目に、生者にも死者にも分け隔てなく愛情を注ぎ、その報われなかった望みや叶わなかった願いすら惜しみなく慈しむ彼女のありさまは、一瞬だけ燃えてポトリと落ちる線香花火さながら儚く美しく映るのである。

タイトルの「わくらば」は漢字で病葉(わくらば)と書き、鈴音の薄命を暗示しているようで物悲しい。

心優しくおっとりした鈴音とお転婆で勝気な和歌子、仲良し姉妹を取り巻く昭和の人情がほのぼの温かいからこそ余計にしんみりする。

ぜひ続編の『わくらば追慕抄』と合わせて読んでほしい。

古き良き昭和にタイムスリップしたような気持ちが味わえるだろう。

文庫の表紙は漫画『おやすみプンプン』の浅田いにおが描き下ろしている。

ボストン・テラン『音もなく少女は』

聾唖(ろうあ)の少女・イヴには2人のかけがえない母親がいる。

実の母であるクラリッサと、彼女亡きあとイヴを支え続けたフランだ。

2人の母の愛情に包まれ成長したイヴは、やがて残酷な運命と対峙を余儀なくされる。

貧困、薬物、DV……ろくでなしの父親が母親を殴る崩壊家庭に生まれ、理不尽な仕打ちを受けながらも不屈の魂で立ち上がり、逆境を跳ね返して未来を掴み取るイヴの姿が感動を呼ぶ。

音が聞こえず話せないイヴの静かな戦いが、まるで詩のように美しい文章で綴られていく。

タフな彼女に次々と降りかかる悲劇の過酷さには絶句せざるをえない。

愛する人を相次いで失ってもなお、自分よりか弱く小さな者を守らんと戦いに挑むイヴの気高さに涙がこみあげる。

私が一番好きなのはイヴの実母・クラリッサだ。

横暴な夫に逆らえず、DVをただ耐え忍ぶしかなかった彼女が、聾唖の長女の死に際に「愛している」と伝えられなかった事を悔やみ、次女のイヴを聾学校に通わせようと奮闘するシーンは泣けた。

心身ともに戦争の後遺症に苦しむフランと、夫に抑圧されたクラリッサが結ぶ真実の友情はどこまでも切なく美しい。

イヴも交えた三位一体の疑似家族の日々を、もっと見守っていたかった。

角田光代『八日目の蝉』

映画化もされた角田光代の小説。

実父の不倫相手だった誘拐犯に育てられ、その後保護された恵理菜が、自分の母親を名乗り逃避行していた希和子をさがしにいく。

実の母と育ての母、どちらも憎みきれず、さりとて愛しきることもできない恵理菜のダブルバインドが苦しい。

赤ん坊の自分を誘拐し、嘘の名前を教え、人生をめちゃくちゃにした偽の母親・希和子。

未だ彼女を許せぬ気持ちと断ち切れない憧憬が反発し合い、葛藤を生じる心理の掘り下げがすごい。

恵理菜もまた既婚者の子供を身ごもり、自分を産んだ母親と育てた母親、双方の気持ちを理解していく。

言葉にできない感情の縺れをときほぐす筆力は素晴らしく、間違っているとわかっていながら薫を手放せず、「この幸せがずっと続けばいいのに」と祈ってしまった希和子に同情心がわきあがる。

幼少時の体験のせいでアイデンティティに悩んでいた恵理菜が、再び希和子に会いに行く旅を通し、少女から女へ、女から母へと、まさしく土中に埋葬された八日目の蝉が羽化するようにメタモルフォーゼを遂げていくのに心打たれた。

まるで自分のルーツを知る巡礼の旅だ。

希和子が警察に捕まり、幼い薫と引き離されるシーンは、紛れもなく母親だからこその哀しみと愛情が詰まっていて、何度読んでも泣けるのである。

『八日目の蝉』あらすじと感想【誘拐犯が全てを捨ててでも欲しかったもの】『八日目の蝉』原作小説あらすじと感想【誘拐犯が全てを捨ててでも欲しかったもの】

乙一『失はれる物語』

1996年に『夏と花火と私の死体』で第6回ジャンプ小説大賞を受賞してデビューした乙一の小説。

切なさの達人と異名をとるだけあって、どれもじんわりしんみりいい話。

『手を握る泥棒の物語』はほぼアイディア勝ちとも言え、突飛な設定を生かしたエモーショナルなストーリーに脱帽する。

どれも泣けるのだが、中でも表題作は切なさ乱れ打ち。

交通事故で全身不随になり五感の全てを奪われた男が、唯一生きていた右腕の感覚を通してピアニストの妻と交流するのだが……。

妻を深く愛すればこそ、彼が下した究極の決断に胸が苦しくなる。

五感を奪われた絶対の孤独の中、唯一の救いとなっていた妻とのふれあい。

しかし片腕だけで何ができるのか?

妻は夫の右腕を鍵盤に見立て弾くことでその日の気分や感情を伝えてくるが、彼はそれに何も返せず、片腕だけ生きている現実がかえって妻を縛り付けてしまうと苦悩していた。

見えず聞こえず匂いもしない、絶対の暗闇に閉じ込められた彼の孤独がひしひし伝わってくる。

夫を懸命に介護し、けなげに思いを伝えんとする妻の姿も痛々しく胸が塞がれる。

もし自分が彼の立場だったら、妻の立場だったらどうするか考えてしまった。

希望と絶望は紙一重。

知覚が生き残っている、意識がまだある現実がかえって今生きている人間を不幸にするジレンマ。

この先何十年も自分に付き添わねばならない妻の本当の幸せを考え、己を犠牲にする道を選んだ夫がやるせない。

新井素子『チグリスとユーフラテス』

1999年に第20回日本SF大賞を受賞した新井素子のSF小説。

地球人が移民先に選んだ惑星ナインは、文明が隆盛して繁栄を極めたものの、ある時から出生率が急激に低下し、人口減少の一途を辿って滅亡。

荒れ果てた惑星に最後の子供、ルナを残すのみとなった。

既に老婆になったルナは治療方法の確立されていない不治の病で冷凍睡眠についた女性たちを次々起こしていき、何故自分を産んだのか問いかけていく。

ルナに起こされた女性たちは、惑星ナインのはじまりから終わりに至る年代記を語り始める……。

惑星ナイン最後の子供として、気の遠くなるような歳月をひとりぼっちで過ごしてきたルナ。

見た目は老人でも心は幼稚な子供のまま。

数十年の孤独をただ耐え忍ぶしかなかった彼女が、母ならざる女性たちに自分の生まれた意味を突き詰める叫びが胸に刺さった。

ルナと対話する女性たちの反応は様々。

人類最後の子供であるルナを職務の延長の庇護対象と見る者もいれば、創作活動の邪魔だと無視する者もいる。

異なる人生観や死生観を持った彼女たちとの交流を通し、ルナはこの惑星最後の子供として自分が産まれ落ちた意味に手探りで近付いていく。

自分を最後の子供にした人類への復讐として、女性たちの冷凍睡眠を強制解除してきたルナが、惑星を拓いた母であるレイディ・アカリの心に触れ、命を育む喜びに目覚めるシーンが感動的だった。

重松清『ビタミンF』

重松清の直木賞受賞作。

アラフォーの父親目線で家族関係を見直す短編が多い。

どれもじんわり良い話で目頭が熱くなるが、中でも『セッちゃん』は切なすぎてため息がでる。

小学生の娘は家に帰るとクラスでいじめられているセッちゃんの話をする。

両親は娘にもいじめが及ばないか、放置しておいてよいのか心配するのだが、実はセッちゃんの正体とは……。

子供の頃にいじめられた経験のある読者なら、誰しも娘の行動に共感せざるをえないのではないか。

いじめられているなんて恥ずかしい、親に話せない、いじめられている自分が悪い。

でも聞いてほしい、知ってほしい、わかってほしい。

自分では止められずいじめがエスカレートしていく中、知ってほしい願望と知ってほしくない葛藤が混じり合い、どうしようもない苦しみを肩代わりしてくれるセッちゃんを生み出したのだと思い至ると胸が苦しくて仕方ない。

彼女が両親の自慢のいい子であればある程、これしか伝える手段がなかったのだ。

両親が運動会で真実を知るシーンと、ラストの流し雛のシーンがとても印象に残っている。

菅浩江『永遠の森 惑星博物館』

全世界の芸術品を蒐集した衛星軌道上の巨大博物館、「アフロディーテ」。

そこではデータベースコンピュータに接続した博識の学芸員たちが、日夜仕事に追われていた。

詩情に富んだ美しい文章で紡がれる菅浩江のSF作品。

人類が宇宙に進出した遥か未来の話で、惑星まるごと博物館に改造し、あらゆる生物や芸術を収蔵している設定に胸が躍る。

収録作はどれもファンタジックな趣で素敵なのだが、それまで張り巡らされた伏線が綺麗に収斂し、博物館で起きたトラブルを巡る連作ミステリーがラブストーリーに昇華されるラストの『ラヴ・ソング』は涙が出た。

主人公の田代は芸術の価値を語彙や知識量ではかる傾向にあり、「よくわからないけど、とても綺麗ね」と妻が述べる感想を軽んじていた。

しかしこの話ではそんな自らの傲慢さを反省し、あるがままの美を受け入れて認める妻こそ正しかったと思い直す。

豊饒な美が孵るアフロディーテの幻想的な風景に、互いを尊重して同じ方向を見つめる珠玉の夫婦愛が調和し、しみじみと余韻が沁み渡る。

いしいしんじ『ぶらんこ乗り』

いしいしんじの話は夜の匂いがする。

作り話が上手で利発、サーカスのぶらんこ乗りに憧れていた弟。

今はもういない彼の思い出を、高校生になった姉が回想する話。

残酷なこととどうしようもないこと、綺麗なことと汚いことがマーブル模様に混ざり合った浮遊感のある読み心地。

弟はある出来事が原因で声を出せなくなり、優しく大好きだった両親は悲劇に見舞われる。

圧倒的な孤独の中、弟はノートに作り話を書き溜めることで、中空のぶらんこ乗りが必死に手を伸ばすようにこちら側の世界に留まろうとしていた。

ひらがなに崩した文体は童話仕立てで優しく温かいのに、諦念めいた喪失感が通奏低音のように漂っていて胸にずしんとくる。

「あの子」が時をこえて姉の前に姿を現すラストシーンは涙がこみあげてきた。

おわりに

以上、珠玉の泣ける小説を10冊紹介した。

個人的な好みもあるが、「絶対泣ける!」と前面に出されるよりは、ミステリーやSFの構成上に人間の葛藤や心の機微を落とし込んでエンターテイメントに仕上げた作品の方がぐっときた。

泣けると一口に言っても内わけは多岐に渡り、夫婦愛・親子愛・友情・別れ、どの要素が琴線に響くかはあなた次第。

気になった本はぜひ手にとってほしい。

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