今回は原田ひ香さんの最新作『おっぱいマンション改修争議』を紹介します。
おっぱいマンションって何?
まず浮かぶ疑問です。
今までに「おっぱいマンション」についての小説を読んだこともありませんでしたから。
何この話?と手に取って帯を眺めていると、
この物語はおっぱいマンションのこれからを巡る他人事には思えない危機の話らしい。
個性的な唯一無二のドラマに引き寄せられ本作の世界にのめりこみました。
目次
あらすじ・内容紹介
天才建築家・小宮山悟朗が設計した通称「おっぱいマンション」。
立地もデザインも抜群、いわゆるヴィンテージマンションで居住希望者もひっきりなしのマンションでした。
だが時間も経ち重大な問題が発覚してしまいます。
小宮山悟朗の娘・みどり、学生運動上がりの元教師、秘密を抱えた元女優、小宮山悟朗の右腕がそれぞれの想いの元、住民会議という戦いの場へ集まります。
他人事とは思えない危機を描いた切実なエンターテイメントです。
おっぱいマンション改修争議の感想(ネタバレ)
おっぱいマンション? タイトルと目次のインパクト
赤坂にあるニューテラスメタボマンションを皆、メタボマンションなどと呼ばずに「おっぱいマンション」と呼んでいます。
なぜか?
そのマンションの形状です。
角の取れたさいころ状の「細胞」を積み上げたようなデザイン。
それぞれの部屋である「細胞」には真ん中に核のような窓がついています。
そして最上階だけは二つの「細胞」たちがなぜか円錐形で横に並んで前方に突き出ています。
まるで女性のバストのようだ、と当時、ひどく騒がれ、しかも細胞の核のようである丸い窓は乳首に見えてその呼び声をさらに助長することとなります。
タイトルの『おっぱいマンション改修争議』だけではなく、目次のインパクトも極大です。
・おっぱいマンション
・おっぱい革命
・敗北の娘
・元女優
・住民会議
笑ってしまいました。「おっぱいマンション」からの「おっぱい革命」、そして「敗北の娘」……。
「おっぱい革命」とは何だろう?
そして「敗北の娘」とは何に敗北したのだろう。
全く分からなくて、読み進めていくと意外に真面目で考えさせられる物語の筋で先が気になっていきます。
ちょっとその一つ一つの言葉に笑いながらも、他人事とは思えないドラマに惹きつけられます。
それが『おっぱいマンション改修争議』なのです!
登場人物の想いの交差と戦い
小宮山悟朗の娘・みどり、元教員で改修運動の中心・市瀬、小宮山悟朗の右腕・岸田、岸田の妻、おっぱいマンションの住民である秘密を抱えた元女優・宗子。
それぞれの人物の視点で章別れをして物語は進みます。
住処の買い物はよく人生最大の買い物と言われます。
だからこそそれぞれの登場人物の想いも今までの自身の歴史を振り返っての生々しいものです。
学生時代に小宮山悟朗と関わりがあり建築家としての道は諦めた市瀬や自身に大きなプライドを持ちながら夫とは既に別れていること隠している宗子の姿は特に生々しく感じました。
人生といってもいいほど大きな問題だからこそ、こういう生々しく、自我にも満ちた想いが「おっぱいマンション」というつながりで戦いのように描かれているのがとても面白いです。
特にそれぞれが集う「住民会議」の章は読みごたえがありました。
市瀬が優勢に物事を進めてみせれば、宗子が大勢をひっくり返し、そしてそれをさらにみどりがひっくり返す。
こういうはらはらどきどきする展開も『おっぱいマンション改修争議』の魅力です。
みどりと岸田、そして天才・小宮山悟朗
様々な人間の想いが交錯する物語ですが、その中でも小宮山みどりと岸田、小宮山悟朗の想いが心に残ります。
みどりは小学四年生の時に「おっぱいマンション」の最上階に住み、それが理由で同級生にはからかわれ「おっぱい」というあだ名までつけられるような過去を持っています。
だからおっぱいマンションや細胞が入れ替わるように家も合わなかった部分を取り変えられるという「メタボリズム」の考え方自体、嫌な想いを抱いています。
ただ岸田に連れてかれて久々におっぱいマンションの部屋に入り、小宮山悟朗の想いに触れたシーンは印象的です。
悟朗がみどりの考案したノートを買い占めて使っていたと分かり、そのノートを手に取ると裏に書いてある自らの名前を示す「Miss.Komiyama」の白抜きの文字が全て黒く塗りつぶされたことに気づきます。
「……すみません。それだけはじゃまだ、とおっしゃられて」
「そうなのよ」
みどりは岸田を振り返った。
「これはいらないの。パパは正解なのよ」
自分は今、困ったように笑っているだろう、と彼女は思った。
困ったように笑っている自分の表情を自覚する部分が、父の気持ちと繋がった一場面に思えて感慨深かったです。
建築は「血筋」が大事だという大先生から受け、血筋をコンプレックスに思っている悟朗のみどりへの愛情は岸田の話から様々な場面で描かれています。
代表的なものは子供の頃からいいものに囲まれていなくてはならないという想いから買ったコルビュジェの椅子です。
みどりにとっては「嫌い」と言い放つような伝わらない気持ちであったけど、上記の引用した場面やこのおっぱいマンションの騒動を通じて父の気持ちを代弁する姿はところどころに温かみを感じて読んでいました。
「おっぱいマンション」という言葉が全面に押し出せれていますが、人の気持ちが生々しく通う物語でした。
岸田の想いはまた違った種類で「アスベスト」を隠して設計した「おっぱいマンション」が改修されることによって明るみに出ることを恐れています。
手紙に残し、海外へと逃げるようにいなくなってしまいますが、みどりはその手紙を読まずに捨てて物語は終わります。
最期に明かされる、それまでの生々しい感情の交差から、現実的な問題が表れてこんな話だったのか、という驚きも感じました。
まとめ
読後感も感慨深く、忘れられない作品となりました。
ラストの岸田の手紙はみどりは読まずに捨てられてしまいます。
それはみどりらしいのですが、人の気持ちって面白いですね。
なかなかうまく伝わることがなくてすれ違って、思った通りの未来にはたどり着かない。
私は家を購入したことはありませんが親が家を建てそれを手放す姿も見たことがあります。
私は新しく引っ越した借家を素敵だと軽々しく親に話してしまいましたが、家について考えることは自分の人生について考えるに繋がることを最後の「住民会議」の章を見て思いました。
当時の親の気持ちも考えてしまいました。
様々な登場人物の重くて深くて生々しい気持ちがおっぱいマンションを中心に描かれています。
そんな『おっぱいマンション改修争議』はぐいぐい引き込まれる面白い言葉と深い物語が詰まっていて読んでよかったと思える一冊でした。
主題歌:OKAMOTO’S『90’S TOKYO BOYS』
90年代の東京の雰囲気を閉じ込めたようなこの曲が、長い年月を振り返りながら話が進むこの物語と合うように感じて選びました。
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