2019年本屋大賞受賞作家・瀬尾まいこさんが描く旅立ちの物語です。
2004年に刊行され、2008年には加藤ローサさん、徳井義実さん主演で映画化もされました。
真面目に日々と向き合うからこそ味わうことになる辛さと、最後まで読んで得られる癒し。
原作、映画共に傑作として評判になりました。
私自身、瀬尾まいこさんの世界にはまるきっかけとなった作品の1つです。
改めて読んでみて、彼女の魅力がぎゅっと詰められた作品だと感じた本作品を紹介します。
あらすじ・内容紹介
23歳の千鶴は会社を辞めて死ぬつもりでした。
仕事も人間関係もうまくいかず、毎日辛くて息が詰まりそうな想いからです。
自殺願望の千鶴が辿り着いたのは山奥の民宿です。
辿り着いた山奥の民宿で、睡眠薬を飲みますが死に切ることができませんでした。
自殺を諦めた彼女は、民宿の主人である田村さんの大雑把な優しさに癒され、大らかな村人や大自然に囲まれた充足した日々を過ごします。
しかし、千鶴は自分の居場所がここにないことに気づいてしまいます。
心に残る癒しと再生の物語。
『天国はまだ遠く』の感想・特徴(ネタバレなし)
千鶴の想い
ずっと前から決めていた。今度だめだと思ったら、もうやめようって。いつも優柔不断で結局失敗してしまうけど、今度の決意は固い。一度切ろうと思ったものを引き延ばすのには力がいる。もう終わりにしようと思ったら、長引かせちゃいけない。本当の終わりにするのだ。
毎日が憂鬱でたまらなくなって、その気持ちをうまく逃せず、どうにもならなくなっているところから物語は始まります。
読み進めていくと、仕事とか人間関係とか、他人から見れば人生において些細なことなのに思い詰めてしまう気持ちがよくわかってしまって辛かったのですが、千鶴の気持ちの変化と共に、少しずつ前を向くことができました。
「辛ければ辞めてしまえばいい」とか「休んでしまえばいい」とか思えても、そうすることも怖くなるくらい追い詰められてしまう状態は私自身、周りで見たことがあって、それが自殺という考えに結び付いてしまうのは本当に悲しいことだと思います。
千鶴の職業は保険の営業でしたが、他の職業でもそのような経験をしてきた方は多いのではないでしょうか。
人間関係に思い詰めてしまったという経験も含めればさらに多いと思います。
だからこそ、小説でも映画でもたくさんの共感を読んだ作品なのだと思います。
気持ちの痛さを感じるような深い部分から始まる物語なので、最後まで読んだ後に心にしみる大切な作品になりました。
民宿の田村さん
ワイルドな雰囲気の30歳男性。
ほとんど人の入らない民宿の主です。
細かいことを気にしない大ざっぱなところがありながら、千鶴との関わりの中では優しさがあって、田村さんの言動に癒されます。
民宿の料理の描写も美味しそうですし、釣りや鶏の世話などさくさくこなしていく姿は男としてかっこいいと感じました。
彼はあまり本心の見えない男なのですが、気持ちの揺れが吸う煙草の本数に表れていて、内心が垣間見えるとなおさら好きな人物となりました。
千鶴の気持ちが中心に描かれた物語ですが、田村さんの気持ちの動きや行動は作品の魅力です。
自分の居場所
でも、寂しかった。すてきなものがいくらたくさんあっても、ここには自分の居場所がない。するべきことがここにはない。だから悲しかった。きっと私は自分のいるべき場所からうんと離れてしまったのだ。そう思うと、突然心細くなった。まだ、そんなことに気づかずにいたい。本当のことはわからずにいたい。だけど、私の元にも時が来ようとしていた。
大らかな村人や大自然に囲まれた充足した日々は、千鶴に癒しを与えます。
千鶴は前向きになっていく中で、「ずっとこのままではいられない」という気持ちが生まれます。
このように物語の後半は、千鶴が一歩踏み出すまでの心情が描かれています。
丹後での生活は素敵で、その生活から離れることを自分で決断することは、千鶴の物語冒頭の気持ちからすると大きく重い一歩なのだと思います。
過ごした場所や関わった人との別れと、1人で始めようと思う心細さの中で千鶴の踏み出す一歩には注目です。
まとめ
今まで暮らしてきた日々とはまるで違う生活で得た癒し。
しかし、それだけで終わる物語ではありません。
そこから自分で一歩を踏み出す姿が描かれているからこそ、心に残りました。
千鶴の気持ちの変化、田村さんとの関わり、旅立ちの寂しさ、それらすべてが心に刺さり、私にとって大切な1冊となっています。
また、本作で描かれる丹後での生活は新鮮です。
もしこの作品のように1泊1,000円で受け入れてくれる「絶景の宿たむら」があるのならば訪れたいと思ってしまうようなすばらしい場所です。
胸がぎゅっと締め付けられるような読書でした。
読みやすく読後感に優しい気持ちが溢れていて、気分転換にもおすすめです。
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