日々働くなかで「やってられない」と思うことはないだろうか。
「やってられない」はやがて「やってられるか!」になり、気づくと退職届を鞄にしのばせている。
これは理不尽なことや馬鹿馬鹿しいと思うことに溢れている日々を貫いて、スカッとさせてくれる物語だ。
泣いて笑って怒ってまた泣いて、最後にはとびきりの笑顔になれる。
働く人間へのエールそのもののような作品だ。
こんな人におすすめ!
- 日々の生活に不満がある人
- 本や書店そのものが好きな人
- 職場の人間関係に振り回されている人
あらすじ・内容紹介
谷原京子(たにはら きょうこ)は東京の吉祥寺にある武蔵野書店で働くアラサーの書店員だ。
契約社員として働いており時給は998円。
物語は京子がイライラしているところから始まる。
書店員の朝はかなり多忙なのだが、その忙しい朝の時間をぬって、店長は必ず朝礼を行うのだ。
その中身はといえば、人を苛立たせるだけの内容がほとんどである。
朝から腹立たしい思いをするという最悪なスタートを切った京子を、7つ年上の先輩社員の小柳真理(こやなぎ まり)がなだめてくれ、そのおかげで京子は何とか気持ちを立て直した。
小柳は職場の良心のような存在でこれまで何度も店を辞めようとした京子をそのたびに引き留めてくれた。
だが「話があるから」と京子は小柳に飲みに誘われ、そこで彼女が退職することを知るのだ。
唯一の味方で理解者である先輩を失った京子は苛立ちを抱えていた。
また、書店員としての限界も感じていた。
契約社員として働く自分に未来はあるのか思い悩む。
そんな京子だったが、同じお店で働く仲間やお客、作家や出版社のさまざまな人間と関わりながら、それまでとは違った景色に出会っていく。
そして、ある決意をくだすのだ。
『店長がバカすぎて』の感想・特徴(ネタバレなし)
書店員の仕事のリアルさ
多くの書店員が絶賛しているように、この物語はとてもリアルだ。
長年勤めた人間でもアルバイトや契約社員が珍しくなく、正社員にはめったになれない。
収入はほぼ最低賃金の時給制で当然ボーナスもなく、それだけで生計を立てるには厳しいというのが実情だ。
書店で働きつづけたいという思いはあっても、生活のことを考え、30代までに転職する人間も珍しくない。
実家暮らしならまだしも、一人暮らしはかなり困難だといえる。
書店員の朝は早い。
毎日、大量の新刊が入荷し、それを検品して客の注文分を抜く。
現在、1日の刊行点数は約200点。
それだけの数をさばいていくのだ。
さらに言うと、あまり知られていないだろうが雑誌の付録組みも店舗の人間が行うのだ。
毎日数えきれないほどの新刊が入荷し、それを棚に並べるために売れ行きのあまり良くない商品や刊行から年数の経っている商品を返品する。
書店員の仕事の大半は、毎日の品出しと返品だ。
レジではポイントカードの提示を求め、カバーや袋が必要かを確認して、さらに出版社が開催するさまざまなキャンペーンの販促品を手渡しする。
レジだけでも煩雑だというのに、なんといっても一番厄介なのが接客だ。
作中に登場するような困ったお客様も多く、何故かやたらとキャラが濃い。
京子が「天誅殺だ」というような1日を多くの書店員が経験しているだろう。
タイトルも作家も出版社も曖昧な客からの問い合わせや「さっき、テレビで紹介していた本よ!タイトルなんてわからないわ」そんな無理難題を言う客とのバトルをいくつもこなし、注文しても入荷してこない話題作や客からの注文品に気をもむ毎日。
出版社からは大量のファックスが届き、どこも「ぜひ、うちの本を!」と勧めてくる。
品出しとレジと接客だけで1日の大半が終わり、POPを書いたり棚を直す時間もままらない。
この物語には書店員のリアルがあふれている。
ここに書かれている毎日がリアルだからこそ、書店員の多くが共感したのだろう。
店長の人物像
タイトルにもあるように、店長の人物像がすさまじい。
アルバイトスタッフからは「やさしい」とそれなりにウケが良く、正社員や契約社員からは「軽薄」と徹底して軽んじられている山本店長は、今年で四十になるというウワサだ。
本名、山本猛(やまもと たける)。
自己啓発本にはまっては、朝礼で訓戒を垂れる。
再三言うように、書店員の朝は早く、そして戦場だ。
その日に入荷してきた品を少しでも早く出したいのに、こんなに長い演説をされたなら、まずほぼ全スタッフのこめかみに「ピキッ」と青筋が走るだろう。
軽薄な笑い顔、中身のない話、みんなを苛立たせる態度と声。
何かとトラブルを起こしては「バカすぎる」とスタッフにまで言われてしまう店長だが、ときには「ものすごく熱いものを持っているのでは」と思わされる瞬間があるのだ。
仕事ができるのかできないのか、はたまた書店に向いているのかそうでないのか何とも判断しがたいのだが、どうしてか憎めないキャラクターなのだ。
同じ出版という大海原でもがいている人々への応援歌
書店員の実態は多くが薄給で、働く環境は限りなくブラックに近いのだが、それでも「本が好きだから」という思いで売場に立つ人間は多い。
京子が武蔵野書店を就職先に選んだのはやがて先輩社員となる小柳の存在があった。
かつて小柳が書いた応援コメントが見事にハマり、ある本が全国で爆発的に売れたことがある。
その出来事をきっかけに、多くの出版社が彼女の力を頼ろうとした。当時は〈武蔵野書店〉の名とともに「小柳真理」という文字を至るところで目にしたものだ。本の帯や、文庫の解説はもちろんのこと、新聞や雑誌の広告であったり、電車の中吊りだったり。まだ学生だった私でさえ小柳さんの名前は知っていた。
やがて小柳が吉祥寺店に移動となり、その人となりを知って、ますます京子は彼女を慕うようになる。
そして、出版社から送られてくる刊行前のプリントであるゲラを小柳から読ませてもらうことになるのだ。
はじめて自分の文章が推薦コメントに使われた日のことを、私は生涯忘れることができないだろう。富田暁という私と同じ歳の作家さんの、『空前のエデン』というデビュー作だ。
かくいう私も書店員なのだが、この一文を目にして、はじめて帯にコメントを載せてもらったときの嬉しさと誇らしさが蘇った。
やがてこの富田暁(とみた あきら)が吉祥寺店でサイン会を行うことになるのだが、そこでちょっとしたトラブルに見舞われることになる。
それを解決するのがなんと店長なのだが、そのくだりには思わず胸が熱くなった。
本を愛する人、書店という場所を大切に思う人、出版業界のこれからを憂えている人、すべてに読んでほしい。
出版という大海原でもがいている、すべての人の心をひとつにしてくれるはずだ。
まとめ
本や書店が好きな人はもちろんのこと、そこで働く書店員や書店とは別の業界や職種であっても、この物語は働いてる人々の胸を打つだろう。
アラサーで契約社員として働く京子の抱える悩みは、とても私達にも馴染みのあるもので、きっと多くの人の共感を誘うだろうと信じている。
職場の人間関係や困った客に日々もまれ、何回も「辞めてやる!」となりながら、そのたびにさまざまな出会いがあり、日々成長していく京子の姿は見ていると元気がもらえる。
好きなもののそばで働くことは幸せなことばかりではなく、ときには何もかもを振り払いたくなる日もあるが、好きなものがそこにあるから何度でも救われるのだ。
元気がもらえて、明日からの一歩を強く踏み出したくなる。
これはそんな物語だ。
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