織田作之助賞候補に!「かがみの孤城」の次はこれ!
平成30年11月12日に織田作之助賞の候補が発表されました。
候補作は、
- 朝吹真理子さんの「TIMELESS」(新潮社)
- 浅生鴨さんの「伴走者」(講談社)
- 井上荒野さんの「その話は今日はやめておきましょう」(毎日新聞出版)
- 村田沙耶香さんの「地球星人」(新潮社)(村田沙耶香さんに関しては先日、「殺人出産」で問題作と紹介しました。最新刊もさらなる問題作となっているようです。)
そして……
辻村深月さんの『青空と逃げる』(中央公論新社)
辻村深月さんに関しては『かがみの孤城』を読んだ方もいるのではないでしょうか。
「かがみの孤城」を読んで、他のも読んでみようと思っている方には『青空と逃げる』はおすすめです。
なぜかというと、辻村深月さんの作品はファンからシロ辻村とクロ辻村と呼ばれることがあります。
シロ辻村は『かがみの孤城』や『青空と逃げる』のように心があったまるような、明日も頑張ろうと思える作品です。
一方、クロ辻村は最新刊『噛みあわない会話と、ある過去について』など人の裏側を、ダークな部分を暴き出すような作品です。
もちろんどちらもおもしろいのですが、いきなりクロ辻村の作品は『かがみの孤城』の感覚で読むとそのあまりの落差に驚いてしまうかと思います。
同じ作家とは思えないほどの衝撃です。
なので、織田作之助賞の候補にあがり、話題にもなっている今、『かがみの孤城』の次として、もしくはまだこの本を読んでいない人はぜひチェックしてみてはいかがでしょうか?
あらすじ
深夜に一本の電話がとある家族にかかってきた。
そこから母と息子の逃亡の日々が始まる——
最初の逃げた先は高知県。
小学5年生の本条力は四万十で過ごしていた。
が、そこで母のもとにある人が訪ねてくる。
四万十に来てからまだ数週間しか経っていなかったが、突然母に言われる。
「行くよ」と。
せっかくこの町の人とも馴染めてきた中だったが、再び、親子は逃げなくてはならなかった。
かかってきた電話とは父親は今、どこで、何をしているのか。
母親が家で見た血に塗れた包丁はなんだったのか。
母と息子は、四万十、家島、別府と逃亡の旅を続けながら、家族について考え、成長していく。
逃亡の旅の末に家族がたどり着く先とは。
広げたくなるカバー
この「青空と逃げる」の表紙は題名と呼応するように表紙の半分が空に使われていて、そこには「力」が右側へ走っていく様子が描かれています。
そのまま裏表紙をみると母親が描かれていますが、どうやら「力」が走って向かっているのは母親ではなさそうなことがわかります。
じゃあ、どこに向かっているんだろうと全部めくってみると……
なにが描かれているのかはぜひ、読み終わった後に確かめてみてください。
読後の余韻に浸りながら、思わずじーんとしてきます。
さらにこの表紙はズボンが砂浜の色に合わさっていて、最大限青空が映えるように細かいところにまで配慮され描かれています。
帯はざらざらとした触感の紙が使用されていてまるで砂浜のようです。
母と子の逃亡劇!
逃亡劇といえば、海外小説を想像する方が多いのではないでしょうか。
それも男1人だけだったり、親子だとしても父と子の組み合わせだったり。
しかし、『青空と逃げる』の場合は親子といっても母と子、という珍しい組み合わせになっています。
だからこそ新しさがある作品になっているのかもしれません。
主人公の力は小学5年生。
小学5年生といえば重松清さんの『小学五年生』という本が思い浮かびます。
思春期を迎え始まる、不安定で難しい時期です。
異性というのを意識し始めたり、まだ子どもなのに子ども扱いを嫌がったりと心身ともに成長していく時期が『青空と逃げる』 にも書かれています。
2つ目の逃亡先、兵庫県姫路市にある島では「力」は2つ年上、中学1年生の女の子に出会います。
部活で友人関係が上手くいっていない彼女の話を聞きながら、だんだんと異性として意識していく様子がわかります。
部活の男の子と仲良く話しているのを見てもやもやした気持ちを抱たり、母の前と女の子の前とでは一人称が変わっていたりと、さりげない描写に「力」の心情がしっかりと反映されています。
そしてこの女の子、またここからも出なくてはならなくなったとき、別れ際に連絡先をもらいます。
ここで力には待ってもらえる人ができ、精神的に強くなっていきます。
このように逃亡というつらい状況に置かれながらも様々な人々と関わり合いながら少しずつ成長していく力の様子は必見です。
働く女性
逃亡劇という設定を巧みに利用して書き出しているものの一つに「働く女性」というテーマがあります。
逃亡生活といっても、生活をしていくためには、働かなければいけません。
「力」の母親ももちろん先々で仕事を得て働きます。
最初は四万十の料理店、次は湯治の砂風呂と、結婚して子育てに集中していたため、働いていなかった母親も働きながらいきいきとしていきます。
いろいろな仕事を通して働きながら輝く女性が書かれています。
それだけでなく、その仕事の裏側も知ることができます。
砂風呂だったら、ただ砂をかけるだけではないく、お客さんとの会話をしながら、砂のかけ方、どこにどれくらいの砂をかけるかなど、様々なことを意識しながら働いていることがわかります。
力仕事で女性金星という誇りを持って働いていることがわかったり、母親としてどうやって働きながら子供と接して行ったらいいか教えてもらったりと、仕事の先輩としてだけでなく、人生の先輩としての存在でもあり、「母」の成長にも重要な存在となっています。
小学五年生ならではの主人公「力」
読みどころのひとつになっているのが「力」の成長です。
「力」は兄弟はいませんが、性格としては一人っ子というよりかは長男といった感じです。
息子、もしくは娘さんがいたり、かつて自分が長男だった、長女だったりした人は、共感したり、懐かしく思うところがあったりすると思います。
たとえば先ほど書いたように人前での一人称が変わるところ。
母親の前では「僕」であっても、友だちや気になる子の前では「おれ」に変えているところがあります。
なぜか今までなんの意識もしていなかったのにも関わらず、急に意識し始めちゃう「力」がかわいくもあります。
他には子どもなのに子ども扱いしてほしくないという主張。
物語の中で、「力」が母親からお小遣いがもらえていないことを不満に思うところがあります。
逃亡生活で、簡単には休まることはなく、非日常な生活では忘れてしまうことは仕方のないことかもしれません。
しかし、「力」が不満に思っているのは、もらえないことではなく、そのことに対してしっかりと謝ってほしいということです。
「力」は自分なりに自分たちが置かれている状況を考えています。
そしていままでのようにお小遣いがもらえることだって難しいとわかっています。
お小遣いが欲しいのではなく、そのことをしっかりと子ども扱いせず、ひとりの人として、説明してほしかったのです。
そして自分からはそのことをなかなか言い出せずにいる「力」の様子も明瞭に書かれています。
いつまでも子どもだと思っている子どもも気がつかないうちに、体の成長よりも早く精神的に成長していることもあります。
毎日接しているからこそ、気がつきにくい成長を感じることができるシーンとなっています。
お小遣いというものを通して、この年頃の繊細な心情も辻村深月さんは書き表しています。
この本の裏話
この本のトークイベントに行く機会があったので、そこでの話を紹介できたらと思います。
「かがみの孤城」は本屋大賞も受賞し、読んでいなくても内容をご存知の方もいるかもしれませんが、「学校に行かないと決めた中学生の話」ですが、「青空と逃げる」では主人公「力」は自分で行かないと決めたわけではなく、逃げなくてはならないという親の都合で行けなくなってしまいました。
辻村深月さんは小中学生にとっても唯一といってもいい世間との接点を親の都合で奪ってしまったと申し訳ないという気持ちがあったそうです。
ふたつの作品に共通する、学校に行かないということは理由の面では正反対となっています。
そういった面で比べてみるのも面白いかもしれません。
またこの作品は読売新聞で連載されました。
新聞連載なのでもちろん毎日掲載になります。
プロだから間に合わないことなんてないと思う方もいるかもしれませんが、やはりプレッシャーはあったようです。
毎日掲載される新聞連載を任されたのは辻村深月さんならということでもあるので、万が一間に合わなかったら、その期待を裏切ることにもなってしまいます。
新聞連載には毎回イラストもセットですので、印刷するギリギリになんてことはイラストレーターさんも大変です。
怖くて締め切りに間に合わず原稿を落とすなんて考えられないとおっしゃっていましたが、話を聞くと余裕をもって原稿を編集者さんに渡し、編集者さんも安心して連載を無事終えたそうです。
作品だけでなく、作家としても超一流ですね。
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