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【歌詞考察】カンザキイオリ『あの夏が飽和する。』の謎と希望の形について

小説化・漫画化も果たし、若者に根強い人気を誇る楽曲『あの夏が飽和する。』。

本曲の特徴といえば歌詞の物語性だろう。イジメてくるクラスメイトを誤って殺害してしまった少女と友人である少年の逃避行を描いた作品になっているからだ。

逃避行は少女の自死という形で幕を閉じるが、曲の後半において成長し大人になった少年の言葉(=歌詞)に次のようなものがある。

「もういいよ 投げ出してしまおう
そう言って欲しかったのだろう」

未視聴の方はぜひ曲を聴いてから本文を読み進めてほしい。

そして、この曲を聴いたことがある人には次のように問いたい。曲中の歌詞「投げ出してしまおう」というのは「何を」投げ出すことを意味しているのか。

答えは簡単だ。彼らが投げ出したかったのはある種の「希望」だった。

本稿はこの「『希望』を投げ出したかった」という答えを、歌詞や小説の内容を踏まえて証明していくものである。

「悩み」と「罪」からの解放を超えて

具体的な結論をいえば、「希望」と言い換えている「投げ出したかった」ものの正体は、これまでの人間関係のことだ。

そこには曲の中心人物である少年と少女同士の関係も含まれる。この歌詞は決別を意味しているのだ。

聴いてもらえればわかるように、少年と少女はお互いを信頼し合っている。それぞれの存在が互いの拠り所であり「希望」なのだ。

しかし、だからこそ別れなければならなかった。一見矛盾しているような内容だが、順番に説明していきたい。

まず一般論からはじめよう。「投げ出したかった」ものとしてイジメられていることに対する「悩み」だと考えてみる。あるいは殺人という「罪」と言ってもいい。

たしかに歌詞のなかの「君は何も悪くないよ」という点から、「罪」や「悩み」を手放したかったと考えても何ら変なところはない。

しかし、残念ながらこれは不正解とまでは言えずとも正解でもないだろう。この「君は悪くないよ」のほかに「誰も何も悪くないよ」という一節もあるからだ。

「君は悪くないよ」という歌詞は確かに「悩み」や「罪」を投げ出したかったり、誰かに押し付けたいという願望だといえるかもしれない。一方で、「悩み」や「罪」そのものを「無かったことにしたい」という願いが「誰も何も悪くないよ」という歌詞に現れているといえるのではないだろうか。

「希望」の正体

このことを踏まえたうえで確認しておきたいのが、小説版『あの夏が飽和する。』の主人公の独白だ。

逃避行をした少年が成長し、大人になった姿が小説の主人公として描かれている。彼は自死した少女との過去を振り返りこのようなことを思う。

「そういう自分の弱さの言い訳に使うために、僕は君を忘れなかったんだ。楽だったよ。自分の性格の問題点を、もうどうしようもないことだからって思い込んでしまうのは」

さらに逃避行に対する悔恨も見過ごせない。

「彼女の決断を否定せず、彼女の旅についていった。僕だけが助けられたはずなのに」

これらは次のように言い換えられないだろうか。

主人公は自分の「弱さ」を他人のせいにするため、少女の旅についていった。彼女がいなくなることは、少年にとって自分の「弱さ」を直視することになるからだ。

しかし、悔恨の内容を鑑みると大人になった主人公は、逃走を辞めさせるべきだったと考えている。彼女を「死」から救うためにはそれが最善だったのだ。

さらにいえば、前節の「罪」も「悩み」もなかったことにしたいという願望を踏まえれば、そもそも2人が出会いもしない世界線を、主人公は望んでいたのかもしれない。そこでは少女がイジメを受けるわけでもなければ殺人が起こるわけでもない。そんな世界を望んでいたと考えても不自然ではない。

だが、成長した主人公はそんな当時の自分たちの逃避行という選択や非現実的な願望を後悔している。自らの「弱さ」を結果的に誰かのせいにしてしまったことを悔いている。

必要だったのは現実を直視し、互いの存在という「希望」と別れるための「強さ」だった。その選択こそが少女を救うために必要なことだった。そのことを大人になった主人公はしっかり自覚していたし、逃避行を行った頃から薄々感じていたのだろう。

だから歌詞に注釈を付けるのであれば、大人になった主人公が少年だった頃の自分や少女に必要な言葉を送っている次のような形になる。

「もういいよ(これまでの関係を)投げ出してしまおう
(少年と少女だった僕たちは)そう言って欲しかったのだろう」

おわりに

いかがだっただろうか。

『あの夏が飽和する。』という曲は聴き手の心情によって解釈や印象が大きく変わると思う。ひどく傷つき、生きづらさを感じている人が聴けば、その心に寄り添ってくれるものになりえるし、そのようなことのない人が聴けば、まるで映画のような曲という印象を抱くだろう。

そのうえで自分なりの解釈を探してみるのも楽しみ方の一つかもしれない。

また現在、YouTubeでは様々な人がカバーしているため自分の好みを探すこともできる。筆者が推したいのは、VTuberグループにじさんじの健屋花那(すこやかな)とましろ爻(ましろめめ)によるものだ。

そしてさらに興味があれば、小説のほうもぜひ手に取ってもらいたい。『あの夏が飽和する。』という作品を名曲以上のものに押し上げてくれるはずだ。

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