生きている限り、人間関係の悩みは尽きない。
家族との関係、職場の人間関係、そして友達関係。
社会人になって学生時代の友達と疎遠になってしまったとか、働いていると新しい友達がなかなかできないとか、そういう悩みの声はよく見聞きする。
今回紹介するのは、そんな大人の女性の友達関係にスポットライトを当てた作品だ。
友達って何なのか、友情って何なのか。
そんなことをちょっとでも考えたことがあるなら、ぜひ読んでほしい1冊だ。
こんな人におすすめ!
- アラサー女性
- 友達作りに悩んでいる人
- 他人と上手く距離が取れない人
あらすじ・内容紹介
日本最大手の総合商社で働く志村栄利子(しむら えりこ)は、容姿端麗なエリートOLだが女友達がいない。
彼女の目下の楽しみは、『おひょうのダメ奥さん日記』というブログを読むことだった。
そのブログを書いている、おひょうこと丸尾翔子(まるお しょうこ)は、夫と2人で暮らす主婦。
家事が苦手な翔子だが、大らかな夫とは安定した生活を送っていた。
ある時、2人は近所のカフェでたまたま出会う。
互いに友達がいなかった2人は同い年ということもあって意気投合し、急速に親しくなる。ずっと欲しかった友達を手に入れた栄利子は心を躍らせるが、あるきっかけから2人の間にすれ違いが生じる。
栄利子の行動に違和感を覚えるようになった翔子は彼女を拒絶するようになる。
栄利子は誤解を解こうとさらに必死になり、2人の溝はどんどんと深まっていく。
翔子に執着する栄利子はなりふり構わず突き進み、ついには仕事を休職することになる。
一方の翔子も父親との間に問題を抱え、栄利子どころではなくなってしまう。
自分が求めている友情とは何だったのか。
他人との距離感は、一体どうやって掴んだらいいのか。
友達ができないことに悩む2人が出した結論とは?
『ナイルパーチの女子会』の感想・特徴(ネタバレなし)
完璧な友達なんていない
この作品は、同性の友達を作ることができない女性たちの苦悩や心の叫びが特に胸に刺さる。
作中に登場する栄利子と翔子には、女友達がいない。
同性との付き合いが苦手で、過去にはそれぞれが同性からやや疎まれてきたという経緯を持っている。
そんな2人がたまたま出会い、一緒に食事に行ったことで心を通わせ合う。
帰り道に自転車で2人乗りする場面では、友達ができたことに対する栄利子の喜びが滲み出ている。
新しい友達が出来た感触を、本当に何十年かぶりに思い出していた。恋愛が始まる時の目の前がぐんぐん開けていくような多幸感とは、似ているようで少し違う。普段の景色がほんの少しだけ違って見える。自分の新たな一面を発見できる。ささやかだけど、胸が踊る変化だった。二度と翔子を離すまい、と思った。たった一人でも女友達がいるだけで、己の色や形がくっきりとなぞられ、存在に自信が湧いてくる。
2人は次の約束をし、関係は穏やかに続いていくかと思われたが、とあるきっかけを境に、2人の関係は次第に歪んでいく。
栄利子は、他人との距離感を上手く掴むことができない。
それゆえに行動が急激になってしまい、相手を息苦しくさせている。
その様子は、ストーカーと言われても仕方ないようなものばかりだ。
栄利子としては、何とか相手と親しくなりたくて頑張っているだけなのだ。
けれど、それが空回りしてしまい、結果的に関係が続かない。
それを何とかしようとまた頑張って、結局相手を追い詰めてしまう。
見た目も家柄も仕事も完璧なのに、人間関係については恐ろしく不器用な栄利子。
その行動の数々に当初は恐怖心を抱いたが、彼女の不器用さや心の叫びに気付いてからは、少しだけ彼女に共感できるようになった。
彼女は、心の通じ合った友達が欲しいだけなのだ。
一方、もう1人の主人公・翔子は、昔から同性より異性とつるんでいる方が気楽だった。
それを同性からは「男に媚びている」と揶揄され、同性の友人がほとんどできないまま現在に至っている。
自分のブログのファンだという栄利子と出会い、友達ができたことに喜ぶが、栄利子のさまざまな行動を目の当たりにして次第に心が離れていく。
2人とも、心の通じ合う友達を求めていたはずなのにすれ違ってしまう。
その様子は、まるで壊れていく砂の城を見ているかのようだ。
栄利子は、無意識に相手に完璧を求めている。
自分の理想とする友達像があって、それに何とか相手を当てはめようとしてしまう。
けれど、完璧な友達なんていないのだ。
『友達にはこうあって欲しい』『こんな人と友達でいたい』という希望は、誰しも抱くことがあるだろう。
だとしても、それを相手に押し付けてはいけない。
相手のその人らしさを受け入れ、尊重することが、友達なのではないかと思う。
心の通じ合った友達を求めつつも、相手に完璧であることを要求してしまう栄利子。
その姿は、自分自身を振り返るいいきっかけになるかもしれない。
他者との繋がりへの希求
社会人になると、意識的に動かなければ人間関係が希薄になることが往々にしてある。
栄利子と翔子は、家族や仕事関係の人以外との繋がりがほとんどない。
それゆえ、「どうやって他人とつながればいいのか」という悩みは、日々肥大化していく。
栄利子が、出張で乗った飛行機の中で、仲睦まじげな女友達のグループを見て1人考えるシーンがある。
自分の夢はそんなに大それたものなのだろうか。ただ、性欲や利害が介在しない状態で、他者とくつろいだ関係を築きたいだけなのだ。許し合い、緊張を解いて、家族以外の誰かと向き合いたい。映画を一緒に観たり、お茶を飲みながら悩みを打ち明け、体調を心配し合い、いつかは互いの結婚式に呼び合う。趣味や喜びを分かち合い、話したい時に話したいだけ長電話をする。そんな相手が、この世界にたった一人でいいから欲しいだけなのだ。それはそんなにも贅沢な願いなのだろうか。
他者と繋がり合いたいという欲求は、人間なら普通に抱く感情だと思う。
それが思うように叶わない時、人は少しずつ心のたがが外れていってしまうのかもしれないと、暴走する栄利子を見ていて感じた。
ほんのちょっとの違いで、誰もが栄利子に、翔子になりうるのだ。
人間関係が上手くいかなくなった時や不安を抱えている時に、他者との繋がりを求めようとして暴走してしまわない保証はどこにもない。
人は、人との交流がないと生きていけない生き物だ。
全くの1人でいることは気楽かもしれないが、それは心を確実に蝕んでいく。
この作品の登場人物たちのように、他人と関係を結ぶことが苦手な人間にとっては、若干生きにくい世の中かもしれない。
それでも、ぶつかり合いを恐れず、自分に合ったやり方で、他者と繋がっていくしかないのだ。
本当の女友達とは何か
最近、女性同士の繋がりを描いたドラマや映画が増えている。
恋愛よりも友情が重視され、女友達との思い出の写真をSNSにあげる人も多い。
そんな風潮の只中にいるのは栄利子も翔子も例外ではない。
自身に友達がいない2人は、女同士のグループを見るとつい、ほんの少し悪意のある視点で彼女らを見てしまう。
ここ最近、女同士でつるんでいる人種がやけに堂々としていて声が大きい気がするのは、こちらの僻みだろうか。ブロガーの多くも、必ず同性間の交友関係を自慢する。まるで自分の価値がそこにあるかのように必死で、無我夢中で、形を変えた戦争のようだ。
同性に人気のほうが価値があるとみなされる風潮。
その中で、SNSなどを通じて自慢される交友関係は、果たして本当の友達と言えるのだろうか。
「友達がいる自分」に満足しているだけになってはいないだろうか。
栄利子は、全てをわかりやすい型にはめて物事を進めようとする。
それは友達関係においても同じで、一緒に食事や旅行に行くなど、型にはまった行動をとれば親密度が増すと思っている。
すれ違ってしまっているのに、翔子を何とか型にはめて友情を育もうとする栄利子の姿は、どこか滑稽でちぐはぐだ。
『友達っぽいこと』をするだけで友情が育まれるわけではないのだ。
相手を見て、信じて、心を開いて接しない限りは、決して本当の友情は生まれない。
面倒がらず、相手のために自分から動くこと。
心の通った友情は、友達らしいことをすれば生まれるというものではなく、SNSで見えるものが全てでもないのだ。
この作品からは、そんな友情の本質を教えてもらったように思う。
まとめ
大人の女性同士の複雑な友情を描いたこちらの作品。
物語としての面白さはもちろん、友達関係に悩むアラサー女性に刺さる内容となっており、考えさせられる部分も多い。
ぜひ一度、手に取ってみてほしい。
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