サカナクションの楽曲を一言で言うと、「前衛的」です。
昭和の歌謡曲と、ミニマル・ミュージックやテクノミュージック、ダンスミュージックを取り入れた、独創的な楽曲。音響装置にも、ぬかりなくこだわっています。
PVも歌詞も、細部に至るまで文学の香りがします。
それもそのはず。ボーカルの山口さんが読書家だけあって、並の力では消費されない楽曲の世界観を保っています。
(パウロ・コエーリョ・阿部公房・吉本隆明・石川啄木・太宰治など、影響を受けた作家は数知れず。代表曲「アルクアラウンド」などは、徒然草などの古典からも影響を受けています。)
また、サン=テグジュペリの夜間飛行のモチーフは、「セントレイ」と「夜の東側」に使われていますね。
合言葉は「良い違和感」「マジョリティの中のマイノリティ(サイレント・マジョリティ)」。
常に最先端を行く彼らの音楽に、少しばかり触れてみませんか。
アイデンティティ
「好きな服は何ですか? 好きな本は? 好きな食べ物は何?
そう そんな物差しを持ち合わせてる僕は凡人だ」
(歌詞:山口一郎)
自己同一性を表現した楽曲は他にも存在するのですが、キャッチーさではどの作品も適いません。
思わずショーウィンドウに映る姿を確認したりして、周りと比較して落ち込む…。自分に自信のない方なら、共感することでしょう。
そんな「自己同一性」への格闘を、いとも鮮やかに、キャッチーなキラーチューンに昇華しているのがこの曲です。
ライブでは、アルクアラウンド、ルーキーと並んで盛り上がるナンバーですね。
アイデンティティ×最果タヒ『星か獣になる季節』
ひらがなを多用した独特な文体で、思春期独特のもやがかかったような心境を豪快に抉り取る…。
主人公がアイドルを分析し、見切った上で「壊滅的な彼女の本質ごと愛したい」と言い切っていたのが印象的でした。
ネタバレになるので控えますが、タイトルの意味がとても詩的です。
最果タヒ『星か獣になる季節』のあらすじ
地下アイドルの“きみ”、イケメンの“あいつ”、冴えない“ぼく”、ギリギリを生きる魂たちが織りなすダークでポップな純度300%の青春小説!!
(BOOKデータベースより引用)
Aoi
「嗚呼 深く青いという絶高の世代で 痛いほど本能で踊って」
「青いという劣等感 捨てて 痛いほど本能で踊って」
(歌詞:山口一郎)
劣等感や孤独といった、人間だれしも抱える感情。それをダンサブルな音楽に昇華したのがこのAoiです。
傷つきやすく繊細な感情を詰め込み、若さと共に解放する、その熱と痛み。どこか崇高でさえあります。
Aoi×町屋良平『しき』
主人公たちが動画に合わせて踊る姿が、心の痛みや「劣等感」を抱えて踊るという歌詞にリンクしたので合わせてみました。
互いが互いの状況を確認し合いながら、それでも言えない秘密を抱えて迷いのさなか踊る姿に、愛しさといじらしさがにじみ出ています。
町屋良平『しき』のあらすじ
特技ナシ、反抗期ナシ、フツーの高校二年生・星崎。「かれ」が夜の公園でひとり動画を流して練習する“テトロドキサイザ2号踊ってみた”。夢もなければ特技もない、クラスの人気も興味ないーそんなある日、河原で暮らす友人・つくもから子どもができたと打ち明けられて…。
(BOOKデータベースより引用)
夜の踊り子
「逃げるよ 逃げるよ 遠くへ行こうとして」(歌詞:山口一郎)
CMにも採用されたことのあるこの曲。PVでは、一郎さんたちが着物姿で富士山をバックに踊るのが印象的です。
雨の中、少女を見つけた「僕」が、女学生のように跳ねた彼女の行方を追って、ここではないどこかへ逃げ込むというストーリーになっています。
(このようなストーリー仕立ての曲は他に「さよならはエモーション」「目が明く藍色」「多分、風」などが挙げられますね。)
少女の行方が気になるところですが(私は彼女はこの世にいないと勝手に想像しています。彼女の幻影を追って、主人公の「僕」が創作の道に励む…。なんて。)
夜の踊り子×太宰治『女生徒』
実は表紙を見たときから、これは女生徒で決まりだろうと勝手に想像していました。小説の様々なシーンで雨や傘のモチーフがふんだんに使われているからですね。
ごはんをすまして、戸じまりして、登校。大丈夫、雨が降らないとは思うけれど、それでも、きのうお母さんから、もらったよき雨傘どうしても持って歩きたくて、そいつを携帯。
少女がお気に入りの傘を持って歩く姿。とても愛らしいです。
「おや、雨かな?雨だれの音が聞えるね」
少女がお母さんの前でウクレレを持ち出して引いている時に、とぼけて言ったお母さんの台詞ですね。お母さん思いの少女が回想している所です。
太宰治『女生徒』のあらすじ
「幸福は一夜おくれて来る。幸福は、-」。女性読者から送られてきた日記をもとに、ある女の子の、多感で透明な心情を綴った表題作。名声を得ることで破局を迎えた画家夫婦の内面を、妻の告白を通して語る「きりぎりす」、情死した夫を引き取りに行く妻を描いた「おさん」など、太宰がもっとも得意とする女性の告白体小説の手法で書かれた秀作計14篇を収録。作家の折々の心情が色濃く投影された、女の物語。
(BOOKデータベースより引用)
Klee
「読めない本積み重ねて 一人書くんだ 詩を 詩を」(歌詞:山口一郎)
読み方はそのまま「クレー」です。パウル・クレーについて謳った一曲で、一郎さんの曲作りが垣間見える歌詞ですね。
ちなみにこのKlee、わざと歌い方が英語っぽく聞こえるように、発音を調整しています。
一郎さんが積み重なった本と白紙の前で、あーでもない、こーでもないとひたすら模索している姿が浮かびます。
比較的(他のバンドと比べてですが)大人しめの音楽が多いサカナクションの中でも、YES NOや表参道26時に並んで、非常にノリの良いナンバーです。
(※キラーチューンであるAoi・セントレイ・アドベンチャー・アルクアラウンド・アイデンティティ・ルーキー・新宝島・陽炎を除く)
Klee×パウル・クレー『クレーの日記』
独創的な絵を描く、パウル・クレー。その姿は長いこと、ベールに包まれていました。
子供の無邪気さと大人の目線を併せ持った彼の、幼少時代から晩年にいたるまでを余すことなく収録したのがこの一冊です。
机のそばに山積みになった本と格闘する一郎さん。彼と同じように、クレーもまた、創作に頭を悩ませたに違いありません。
パウル・クレー『クレーの日記』のあらすじ
画家パウル・クレー(1879-1940)は文章を書くのも好きで、自己省察のために日記をつけていた。画家の死後、遺された四冊のノートは息子フェリックスによって編集され、『クレーの日記』(1956)として刊行された。
(出版社より引用)
シーラカンスと僕
「空は海 見上げた雲は泡 深海魚な僕はあくびをして
どこかへ行こうとする 泳いで 泳いで」(歌詞:山口一郎)
ライブの中盤、深海が映し出されたスクリーンをバックに、ライトに照らし出された一郎さんがひとり、ギターを持って歌い上げます。
オイルアートの先駆者である助川貞義さん(助さん)とタッグを組んで、時間ごとにゆらゆらと変化するアートで表現されたことがありますね。
真夜中、寝付けずにテレビを見ていた僕が、厭世の果てに魚になりたいと望み、現実を置いて深海魚に変身して夜の空を泳ぐという、幻想的なバラードです。
シーラカンスと僕×中村理聖『砂漠の青がとける夜』
書かれていることは「カフェを舞台にした何気ない日常」と至ってシンプルなのですが、繊細な描写が魅力です。心のどこかに傷を抱えた人を、そっと包み込んでゆきます。
読みながら、孤独な魚が真夜中、あくび混じりに藍混じりの空に溶けてゆく姿を想像してみてくださいね。
中村理聖『砂漠の青がとける夜』のあらすじ
溝端さんと会わなくなってから、人肌の温度を深く味わう機会はほとんどなかった。準君の気配を感じようとすると、高校生の頃初めてできた彼氏の穏やかな声を思い出した。痣があるはずの腕の温もりを思うと、大学時代に随分長いこと付き合った、一つ年上の先輩の部屋の匂いを思い出した。付き合いそうで付き合わず、何となく疎遠になった男の人たちの肌の記憶が、私の中で蘇る。けれどこの部屋には誰もいない。卓上ライトの光が青白さを孕んでゆくように思い、私は無性に寂しくなったー。第27回小説すばる新人賞受賞作。
(BOOKデータベースより引用)
まとめ
いかがでしたでしょうか。この他にもサカナクションには、紹介しきれなかったたくさんの楽曲があります。(今回は主にkikUUikiのアルバムから選曲しましたが、シンシロなども順を追ってご紹介したいところです)
楽曲はそれぞれベスト盤の「魚図鑑」、「懐かしい月は新しい月(B面集)」と、アルバム「834.194」によって補完されますので、気になる方は是非手に取ってみてください。
彼らの音楽を流しながらの読書は、まるでゆりかごの中にいるようで心地良いので、とてもおすすめですよ。
最後に、合言葉をひとつ。
「ユートピア 確かめるよ。繰り返す『音楽』と『本』、混ざり合うかどうかを。」
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その本に音楽をならそう!
サカナクションの良さを分かりやすいように説明していて感動しました。
子安さん、コメントありがとうございます!
喜んでいただき、本当に嬉しいです。サカナクションは奥が深いので、うまく楽曲を表現できているか心配だったのですが、コメントを見て少し自信が付きました。これからも少しずつですが記事を更新していくので、応援していただけたら幸いです。本当にありがとうございました。