この記事では歌詞を軸に、情報を折り込みながら恐れ多くも楽曲を解説する。
読書とともにクリープハイプをこよなく愛する筆者がバンドの真骨頂となり得る新曲、『ナイトオンザプラネット』は長年のファンにとって、どう聴こえるのか。
クソみたいな詩や便所の落書き程度のものにならないように、上手く切り取っていく。
記事末では、主題の曲が好きな人におすすめの小説も紹介する。
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目次
『夜にしがみついて、朝で溶かして』を聴いて開いて確かめる
今アルバムのテーマは”食”!前アルバムのテーマは”住む”だった?
『ナイトオンザプラネット』が収録されている『夜にしがみついて、朝で溶かして』は、往年のファンにとって新しくもあり、懐かしくもあるアルバムだろう。
今までのクリープハイプ(以下クリープ)にはない挑戦をしながら、歌詞では随所に昔のクリープがいた。と言っても、ただ置いただけではない。煮詰めたり、秘伝のタレにくぐらせたりと、一手間を加えることで曲に彩りを加えている。
今アルバムには”食べる”が一貫したテーマとして感じられた(これは偶然そうなったらしい)。今思い返してみれば、前作のアルバムは『お引っ越し』や『燃えるゴミの日』など”住む”が主題だったのかもしれないと、今作によって気付かされた。
完全受注生産限定の特装盤には…
受注限定だった特装盤には”ことばのおべんきょう”という、過去の楽曲をほぼ網羅した詩集がセットになっていた。
長辺の側面には銀色に加工が施されており、CDとともにゴムでまとめられている。その外見は昔懐かしいお弁当箱を彷彿とさせる。クリープは生活感が似合うバンドで、そのど真ん中にある”食”が今作の一つの軸になっているからだと推測した。
クリープが歌ってきた言葉を学び直すことで、アルバムがさらに楽しめるだろう。
『ナイトオンザプラネット』の歌詞解剖
映画『ちょっと思い出しただけ』の主題歌に抜擢
『ナイトオンザプラネット』は2022年春公開の映画『ちょっと思い出しただけ』の主題歌に抜擢されている。監督を務めるのは『私たちのハァハァ』など、バンドとも馴染み深い松居大悟だ。主演もバンドと馴染み深い。『憂、燦々』のMVにも出演した池松壮亮と『ナイトオンザプラネット』のMVにも出た伊藤沙莉だ。
主題歌というと、元来映画があってそこに楽曲を当てはめていくのが普通だが、『ちょっと思い出しただけ』は、楽曲に松居大悟が影響を受けて映画を作った。
バンド史上初めてのライブ中止の日につくられた原型
『ナイトオンザプラネット』の原型が出来上がったのは、コロナによって初めてライブが中止になってしまった日だった。クリープはちょうど10周年を迎え、バンド史上初となる幕張メッセ公演を含んだアニバーサリーツアーを予定していた。
雑誌『MUSICA』のインタビューでは”どうしても出したいと思う曲”とコメントしており、今回のアルバムのきっかけとなっている。苦々しい思い出の中で作られた楽曲だが、不思議と悲壮感は漂っていない。
楽曲には元ネタが存在する?
曲のモチーフとなっているのは、ジム・ジャームッシュの映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』だ。ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキを舞台に、タクシードライバーと乗客の人間模様を描くオムニバスストーリーで、楽曲のMVにもタクシーが登場している。
また、クリープハイプの”ハイプ”はこの映画のセリフから取られたものだ。尾崎がパーソナリティをしていたラジオ「ACTION」ではジム・ジャームッシュにインタビューもしている。
鮮明に描かれた時間の流れ
楽曲は男女が、映画を通して過去の恋愛を思い出す物語になっている。1番は男性目線、2番は女性目線だ。時間の流れの写し方が秀逸で、エモーショナルな気持ちにさせられる。
端的に表されているのは、1番の
吹き替えよりも字幕で 二人で観たあの映画
と2番の
あの頃と引き換えに 字幕より吹き替えで 命より大切な子供とアニメを観る
の対比だ。
子供の頃は吹き替えでも何の違和感も持たないが、大人に近づくにつれて字幕で映画を楽しむようになっていく。
楽曲中の男女はモラトリアムの最中で、大人のモノマネをして酔いしれていたのだろう。
その酔いが1番に表れている。
ブラは外すけどアレは付けるから全部預けて 空は飛べないけどアレは飛べる
愛とヘイトバイト 明日もう休もう 二人で一緒にいたい
1番では男性が過去を振り返っている。
バンドの初期にみられたような言葉遊びが特徴的だが、どこか粗さも見られる。今アルバムの歌詞は意味が何重にも掛かっていたり、描写が鮮明なことに対し、上記の回想部分は、比較的シンプルに描かれている。あえて綿密に書き上げないからこそ、登場人物の若さが感じられる。
過去は過去として受け入れる登場人物がクリープと重なる
その一方で2番では現状が淡々と描かれており、大人になっていく様が分かる。最も顕著なのは
久しぶりに観てみたけどなんか違って それでちょっと思い出しただけ
のフレーズだ。
紆余曲折を経て、あの頃の相手とは違う人の子どもを生み、好きだったはずの映画にも酔い切れなくなってしまっている。
ヒシヒシと伝わってくる歳をとった空気感には、思い出に縋り付かない強さも感じる。それは登場人物だけでなくクリープも同じなのかもしれない。過去を受け入れながら、新しい音に進んでいるバンドの姿が登場人物と重なる。
尾崎世界観にとって、歌詞はあくまでも「音」
ここまで歌詞について考察してきたが、Spotifyで配信されている「Liner Voice +」では歌詞について下記のように述べている。
「言葉というものを疑っている。歌詞に気持ちを乗せてはいるがそれで全部伝わらないと思っている。突き詰めればただの音で、仮に一番近いものを置いている。」
バンド活動と並行して執筆活動をしている尾崎だからこそ、音楽としての言葉には意味よりも感覚的なものを求めるのかもしれない。
「音楽で言葉を書くと、ビックリするぐらい言葉が音に捉われる」
「音楽で言ってることって、言葉だけではわかった気になってはいけない」
と雑誌『MUSICA』のインタビューでも答えている。本記事の解説も余計なお世話なのかもしれないが、ずっと考えていられる引力がクリープの歌詞にはある。
「より多くの音を鳴らすこと」だけがバンドではない
サウンドには”新しさ”が出ている。ざらりとしたローファイ的なサウンドが特徴的で、ドラムはiPhoneのマイクで録音されている。
前アルバム辺りから声の癖も消していっているが、『ナイトオンザプラネット』はその際たる楽曲になった。楽曲をより多くの人に届けるために、少しずつ、生まれ変わったように変化していくクリープ。
『ナイトオンザプラネット』の特徴は音数が少ないことだ。それにより聞きどころが分かりやすくなっている。それは「今のバンドの気分でもある」と尾崎は答えているが、そこには時代性も絡み合っているように思う。
雑誌『MUSICA』のインタビューでは
「ストリーミングで再生されてしまうと本来は音としてかなり強いはずのバンドサウンドというものが弱くなる」
と話しており、時代の聴き方にバンドがアジャストしていっていることが分かる。
遠野遙のライナーノーツ
作家、遠野遙は『夜にしがみついて、朝で溶かして』に寄せたライナーノーツにて
「歌詞を全曲通して読んで想起したのは太宰治の『人間失格』だった。執拗に言葉遊びを続ける尾崎が必死の思いで道化を演じ続ける主人公の葉蔵と重なった。」
と評している。
長く聴いているファンであればあるほど、今回の作品は、ふとした瞬間に過去の楽曲を思い出す。遠野遙が述べているように言葉遊びが尽くされたアルバムではあるが、クリープ
は過去の作品でも、言葉をあの手この手で使ってきた。そうして過去に遊ばれた言葉たちが、ここぞとばかりにざっくりと切り裂いてくるのだ。
『ナイトオンザプラネット』が好きな人におすすめの本
尾崎世界観『母影』
芥川賞候補作。小学校で友だちがつくれない少女とマッサージ店で勤める母親の物語。独自性が強いのに腑に落ちる表現が多数あり、言葉遊びが好きな人にはピッタリの小説だ。
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群ようこ『かもめ食堂』
主人公はヘルシンキにある「かもめ食堂」の店主。客は日本好きな青年ひとりだったが、ある日、訳あり気な女性がやってきて店を手伝うことになる。大きな事件は起こらず淡々と物語が進んでいくが、なんだか心が満たされるような気持ちになる温かい物語。
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角田光代『くまちゃん』
様々な人間が織りなすオムニバスになっており、その前後が「ふる、ふられる」の関係で繋がっている小説。楽曲のセンチメンタルさにも通じる部分があり、楽曲のニュアンスをより味わうことができるはずだ。
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