誰しも1つや2つ、あるいはそれ以上に辛い過去を持っているものだ。
そんな記憶には蓋をしたくなる。
でも、勇気を出してそれを誰かと共有することができた時、私たちは前に進めるのかもしれない。
あらすじ・内容紹介
2019年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した瀨尾まいこの作品。
彼女が描く登場人物は、突然「お父さん辞める」と宣言をする父や、「おしまいが見える男の子」など変わった設定の人物も多い。
本作、結婚を控えていた主人公さくらの前に現れたのは12歳年下の“おにいさん”だった。
初対面のはずなのに馴れ馴れしく、さくらのことは何でも知っている。
彼女の婚約者での山田さんともすぐに馴染み、結婚するまでの間”おにいさん”に翻弄されながらも次第に彼の存在がさくらにとって当たり前になっていく。
ある料理がきっかけでさくらが”おにいさん”との過去の出会いを思い出したとき、ずっと閉ざされていた記憶が蘇り、過去の形が変わっていく。
『春、戻る』の感想(ネタバレ)
さくらを取り巻く人たちの温かい人柄
瀨尾まいこの描く登場人物は一風変わった人が多いが、人柄も良いことが多い。
本作も心温まるようなことをしてくれる人たちが多かった。
・突然現れた自称・さくらの”おにいさん”
さくらに対して馴れ馴れしく偉ぶっているが、7駅も離れてるところから彼女のことが心配でよく会いに来たり、嫁ぎ先の和菓子屋を下見したり、料理を教えたり、本当に優しい兄のよう。
・さくらの結婚相手の山田さん
突然現れた”おにいさん”の存在を疑いもせず、さくらのお兄さんとしてすぐに受け入れたおおらかさを持つ。
「お兄さんなのかどうかはおいておいたとしても、さくらさんを大事にしている人は僕にとっても大事な人ですから。」
このセリフからも山田さんの器量の大きさがわかる。
さくらが”おにいさん”と連絡がつかなくなったときも、さくらと一緒に捜してくれた。
・“おにいさん”のお父さんの小森校長先生(さくらのお父さんではない)
当時、新米教師だったさくらのことを心配し、自分の娘のように可愛がったそう。
“おにいさん”と出会うきっかけも小森校長。
彼のことも自慢の息子と話していたというエピソードが個人的に好きだ。
さくらは、こんなに思ってくれる人がまわりにいてとても幸せだっただろうと思う。
誰かと一緒に思い出すことで過去の形は変えられる
“おにいさん”の正体は、昔さくらが小学校教師を勤めていた頃にお世話になった小森校長先生の息子だ。
さくらは赴任先の担当クラスの生徒たちとうまく関係を築けず、1年で辞めてしまった過去がある(そのことを”おにいさん”は知らない)。
校長先生はさくらを心配し、自分の奥さんが作ったきんぴらごぼうをよく差し入れてくれていた。
ある日、”おにいさん”がさくらにきんぴらごぼうの作り方を教えたときに、辛かった教師生活のこと、そして彼と初めて会った時のことを思い出す。
嫌な過去に蓋をしていたさくらは、教師をしていた頃の記憶も同時に蘇り、相当辛かったはずだ。
自分の辛い過去を知らない人には、余計知られたくないと思う人は多いはず。
しかし、さくらが”おにいさん”に蓋をしていた過去を話したことで、辛い過去ではなくなった。
一人だと重苦しい出来事ばかりを溢れ出させてしまったかもしれない。けれど、誰かと思い出せば、そこに埋もれていたいくつかのすてきな出来事がちゃんとよみがえってくる。
辛かったことがあると、そのことばかりに囚われてしまいがちだ。
でも、よく思い返せばそれ以外にも幸せな出来事があったはず。
小森校長先生や奥さんにしてもらった優しさ、おにいさんと初めて話した時のことを思い出し、さくらは過去を克服することができた。
辛かった出来事を別の角度から見て幸せなことを思い出すのは、一見簡単そうに思えても、いざ自分のこととなると難しい。
そんなさくらを見習いたいと思った。
まとめ
結果的にさくらと”おにいさん”は実の兄妹ではなかったけれども、不器用なぐらいまっすぐなところは2人ともそっくりだ。
さくらは夢だった教師の仕事がうまくいかなかった過去があった。
本記事ではさくらの過去にスポットを当てたが、実は“おにいさん”にも校長先生のお父さんの期待に応えようと頑張っていたが、それが空回りして心閉ざした過去がある。
そんな2人を見て重なるところがある人はたくさんいるはずだ。
四月になればまた新しい時間が始まっていく気がする。
それでもさくらは辛い過去を”おにいさん”と共有することで、新たな気持ちでスタートを切ることができた。
彼女の季節が、春に戻ったのだ。
ずっと蓋をしていた過去も、誰かと一緒に思い出せば前向きなものに変えられる。
それができた時、私たちはもう一度温かい風を感じることができるのかもしれない。
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