作家・小川洋子。1989年出版の『完璧な病室』から精力的に執筆を続け、今ではエッセイなどを含めると優に50作品を超える著作がある。
また、TOKYO FM「Panasonic Melodious Library」ではラジオパーソナリティーを務め、インタビューや対談などもこなすマルチな活躍ぶりは、ソフトな印象と可愛らしい容姿からは意外なタフさを感じてしまう。
一見可愛らしいおとぎ話でも蓋を開けてみれば残酷物語だったみたいな、小川洋子作品はそういうギャップを楽しむものでもある。
さて、小川洋子はまだ読んだことないけどたくさんあってどれがいいかわからない、最近ファンになったけど次はどれを読もうか迷っているあなたに、これを読めば間違いない!という、どれを読んでも面白い10冊を悩みに悩んで選んでみた。
今回、あまりにも有名な『博士の愛した数式』は除外したが、これは間違いなく名作なので未読の方は是非読んで欲しい。
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小川洋子とは?
岡山市生まれ。早稲田大学文学部卒。1988年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞。’91年「妊娠カレンダー」で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞、同年『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花賞、’06年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、’13年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。著書に『密やかな結晶』『猫を抱いて象と泳ぐ』『人質の朗読会』『最果てアーケード』『不時着する流星たち』『口笛の上手な白雪姫』などかある。
講談社文庫『琥珀のまたたき』より
『妊娠カレンダー』
姉の妊娠による変化と不安定な精神に、同居する妹は何を思いどう変わっていくのか。
光が当たると影ができるように、人間の心にも光と影が共存している。
例えば、弟妹ができることを喜んでいたのにいざ産まれると赤ちゃん返りしたりとか、妊娠した喜びより恐怖が先に立ったりとか。
そんな複雑な感情、しかも醜い方の感情にスポットを当てたのがこの作品。
小川洋子の世界観が見え始めてくる作品でもあると思う。
『ことり』
他人には小鳥の囀りのように聞こえる言葉を使う兄と、その唯一の理解者である弟の物語。
他人と違うことをただ受け入れ、誰が見ていなくても清く正しく生きることの尊さを教えてくれる。
近頃では「お天道様が見ている」という感覚を忘れかけてはいないだろうか。
いくら独りで生活できても、自分を理解してくれる人がいなければ小鳥のように喉を鳴き潰してしまう。
こんな魂からの叫びを感じる作品は、小川洋子作品の中では珍しい。
『琥珀のまたたき』
琥珀は父の遺したたくさんの図鑑の余白に亡き妹の絵を描く。
これは本当に幻想映画を観ているようで、姉弟の風変わりな衣装も独自の遊びも、パラパラ漫画の要領で動く妹の残像も、全てが美しくてノスタルジックな物語だった。
樹液が長い年月をかけて琥珀になるように、長い時間この物語の中にいたら古代の虫のように封じ込められてしまいそうな魅力を持った作品。
『薬指の標本』
事故で薬指の先を失ったわたしは、新しい街の標本室で働くようになる。持ち込まれる品物たちのように、わたしの心も標本技術士に封じ込められていく。
フランスで映画化された作品。
何故か小川洋子作品はフランスや地中海の匂いがする。
誰かに心を支配され、自分もそれを望むなら、それは心地いい快楽なんだと学んだ。
楽譜の音や火傷の痕の標本、そんな幻想的な標本たちに惑わされ、気がつけば標本室の奥へ誘い込まれてしまう。
『貴婦人Aの蘇生』
謎の多い彼女は、おびただしい剥製と毛皮にひたすらAの刺繍をする。
歴史ロマンものかと思いきや、しっかり小川洋子の世界に入り込める作品だった。
剥製や標本、そして骨はよく小川洋子作品に登場するアイテムだ。
それらは決してネガティブな存在ではなく、風化する・朽ちることを美しく見せてくれる。
この作品はその、生から死への朽ちてゆく「時間」を文章として味わえる。
『ミーナの行進』
親戚のお屋敷に預けられた朋子と、ハーフの従姉妹ミーナやその家族、使用人、ペットのコビトカバとの交流を描いた作品。
作品の雰囲気は『博士の愛した数式』に似てるかもしれない。
記憶障害が喘息に、数学がマッチ箱に、野球がバレーにという感じで、昭和レトロ感やほんわりしてちょっと滑稽なところなんかもそう。
『ミーナの行進』はよりファンタジックで、少女たちの持つ瑞々しい甘酸っぱさを感じられる。
初心者にオススメ。
『猫を抱いて象と泳ぐ』
マスターと呼ぶ男にチェスを教わり、やがて盤下の詩人と呼ばれるまでになるが、彼のやり方はちょっと変わっていた。
これは傑作だった。
物語を構成するひとつひとつの要素が、読者を小川洋子にしか創れない異空間に連れて行ってくれる。
匂いや空気を感じさせてくれる作品は他にもあるが、体ごと宇宙に飛ばされたような感覚になる作品は、今のところこれ以外にはない。
読まないと勿体ない。
『密やかな結晶』
ものは消えずに概念や記憶が消えていく。
たまに記憶が消えない人がいて、彼らは屋根裏の隠れ家に潜む。
とても美しい作品。
小川洋子が強い影響を受けた『アンネの日記』を彷彿とさせる。
物語の中の物語がまた官能的で素晴らしく、美しさに更なる深みを加えている。
このような題材でも悲劇には感じず、静かに雪に埋もれていくような清潔さ感じるのはさすがだ。
石原さとみ主演で舞台化。
『寡黙な死骸 みだらな弔い』
この1冊には小川洋子のコアなファンが喜ぶ、残酷と狂気とフェティシズムがたっぷり詰まっている。
「拷問博物館へようこそ」のさまざまな拷問器具、「心臓の仮縫い」の身体の外で脈打つ心臓と血管、「白衣」の静かな狂気。この中に紛れてしまえば「果汁」の部屋を埋め尽くすキーウイもグロテクスに感じる。
初心者には少し刺激の強い1冊かもしれないけど、短編集ではこれがオススメ。
『物語の役割』
人が物語を創り出す時どんな現象が起きているのかという考察から、小川洋子自身の物語との関わり、創作についてのプロセスも知ることができる。
あんなに素晴らしい小説を書く小説家の頭の中は一体どうなってるんだろう、という読者の好奇心に応えてくれる。
小川洋子のエッセイは何冊かあるけど、物語に特化したものとして、『物語の役割』では作家「小川洋子」の仕事を垣間見ることができる。
おわりに
小川洋子作品を何冊か読んでいくと繰り返し出てくる要素がいくつかある。
アンネの日記、鉱物、耳、図鑑、家庭の医学、剥製、隠れ家、ことり、手、刺繍。これらを散りばめてあの夢のような物語をいくつも生み出していく。
しかもその作品の舞台は、なぜかフランスや地中海の匂いがする。
『ホテル・アイリス』の舞台はフランスのサン・マロと瀬戸内海をミックスさせたと聞いたことがある。岡山出身の小川洋子にとって、海と島は作品に共通する原風景なのかもしれない。
私はその景色にもとても惹かれる。
現在刊行されている最新作は、単行本では『口笛の上手な白雪姫』、文庫本では『琥珀のまたたき』である。
最後に小川洋子風にひとこと。
「ひとつお願いがあるのですが…」
もし小川洋子を読んでみたいなぁと思っていただけたなら、是非この記事を参考にして欲しい。
この記事を読んだあなたにおすすめ!
この記事を書くにあたって博士の愛した数式はどのような位置付けになるのでしょうか?
GRooooNさん、コメントありがとうございます。
この記事は『博士の愛した数式』で小川洋子を知った方が、本来の小川洋子作品が持つフェティシズムだったり残酷性だったりを楽しんでいただけるような選書をしました。
『博士の愛した数式』は小川洋子作品の中ではマイルドな作風で、映画化であまりにも有名になり過ぎたため、もし記事を書くとしたら単体でと考えていたからでもあります。
なにぶん十選記事での一作あたりの文字数が限られているため、私を含め多くのファンがいるであろう作品をここに挙げるのは勿体ないかなと思いました。
『博士の愛した数式』とはひと味もふた味も違う小川洋子作品を知って、もっと好きになってくれる人がいたら嬉しいです。