『夜明けのすべて』あらすじと感想【パニック障害とPMS。苦しむ男女に寄り添った優しい物語】

『夜明けのすべて』書影画像

人生につまずいたとき、こんな物語がそばにあれば嬉しい。

つい自分を責めてしまう人に、きっと寄り添ってくれるだろう。

何かと不安なことも多い現代だからこそ、『夜明けのすべて』という温かな物語と、どうか出会ってほしい。

こんな人におすすめ!

  • 人の目を気にしてしまう人
  • ほっとできる物語が読みたい
  • 人に言えない病気や、心の不調を抱えている人

あらすじ・内容紹介

主人公の藤沢美紗(ふじわら みさ)は、月に一度のPMS(月経前症候群)に悩まされている。

生理の前からその最中にかけて、イライラが抑えられず、ひどく攻撃的になってしまうのだ。

病院にも通い、いいと言われることはことごとく試したものの、どうにもならない日々を送ってきた。

周りの人たちの理解に支えられながら、どうにかやってきた美紗だったが、あるときやる気が見えないように見える、転職してきたばかりの山添(やまぞえ)に当たってしまう。

だが、彼はパニック障害を抱えていたのだ。

美紗よりも三つ年下の山添は大手のコンサルティング会社に勤めていたが、パニック障害が原因で仕事を辞めていた。

ただ眠るためだけのアパートの部屋に帰り、生きる気力をなくしたままに日々を送っていた。

お互いに友情も恋愛感情も感じていない2人だったが、自分の病気は治せなくても、相手を助けることはできるのではないかと歩みよる。

強ばった心がほどけていく、生きていくのが少し楽になる物語。

『夜明けのすべて』の感想・特徴(ネタバレなし)

PMS(生理前症候群)の辛さに苦しむ女性の姿

PMS、生理前症候群という言葉を知っている男性はどのくらいいるのだろう。

男性だけでなく、生理が軽い女性からの視線も、当事者にとっては辛いはずだ。

二十五日から三十日に一度。生理の日やその二、三日前、私はどうしようもなくいらだってしまう。生理が始まる前から、精神的に不安定になったり、頭痛やめまいに悩まされたりするのはよくあることだけど、その症状がひどいと月経前症候群と診断される。私もそうだ。

不安で眠れなくなる人や無気力になる人に悲観的になる人、PMSには様々な症状があるらしいけど、私の場合はこれといった要因もないのに、かっと血が上って攻撃的になってしまう。周りが見えなくなり、歯止めもきかなくなって、怒りを爆発しきるまで治まらなくなるのだ。

美紗は病院にも通い、いいと言われることはほとんど試してきた。

漢方やサプリ、勧められるままに太極拳やヨガやピラティスもしていた。

鍼にも整体にも通い、添加物や農薬が自律神経を乱すと知れば、オーガニックにこだわった食事もしてきた。

それでも、どうにもならなかったのだ。

月に一度くらいの欠席が許される学生時代や、自由な時間も増えて休みやすかった大学生時代まではどうにかやってこれた。

しかし、問題なのは社会に出てからだった。

仕事を頼んできた係長に刺々しい言葉をぶつけてしまい、「明日どんな顔をして会社に行けばいいのだ」と思い悩む。

そして、あるレディースクリニックを訪れるのだが、薬の副作用で強烈な眠気に襲われ、仕事中に失態をおかしてしまうのだ。

それがきっかけとなり、大学卒業後に勤めた会社をわずか勤務2ヶ月で辞めてしまう。

会社を辞めてから2年後、何とか就職活動を始めることになるのだが、小さな会社を中心に求人に応募してもPMSのことを伝えると怪訝な顔をされる。

ようやく6社目にして今の栗田金属にたどり着く。

たった数名足らずの小さな職場だったが、そこは美紗にとって落ちつける穏やかな場所だった。

美紗の辛さに共感すればするほどに「傷つけたい」わけではないのに、やむなく誰かを傷つけてしまうことの辛さに同調してしまう。

きっと、同じように苦しむ女性は多いのだろう。

日常のなかにある苦しみでありながら、外側からは理解されにくい、この月経前症候群に苦しむ女性に寄り添った物語なのだ。

パニック障害に苦しむということ

一方、山添もまた、人に言えない症状を抱えていた。

2年前のある日、恋人である千尋(ちひろ)と出かけた際に、得体のしれない気分の悪さに襲われる。

タクシーを呼び、救急病院へと向かうと、医師は容態を診ながら「もしかしたら心因性かもしれない」と言い放つ。

翌日も不調を感じ、これまでなかった身体の変化に不安を抱えながらも何とか循環器内科の診察を受けると、「心電図に異常はなく、もしかしたら心因性の可能性があるかもしれない」と再び言われてしまうのだ。

それから心療内科のある病院を当たるのだが、「一番早い日程でも二ヶ月後」などと告げられ、なかなか診療を受けられない。

何件も当たり、ようやく2日後に予約が取れると山添は安堵した。

だが訪れた心療内科で、パニック障害だと診断されてしまう。

身体のどこにも痛みはなく、はっきりと説明できるような症状もない。

だが、外に出たらまた倒れてしまうことが山添にはわかった。

漠然とした重苦しい不安。何度も押し寄せる意識が遠のく感覚。体中がぞわぞわと騒いで落ち着かない状態。何が原因で、こんな得体のしれない症状になるのだろうか。

完璧な毎日というわけではないが、充実している。仕事で疲れることがあっても、悩みやストレスはほとんどない。だから、救急で医者に「心因性かもしれない」と言われた時、ぴんと来なかった。

若くて健康で職場の人間関係も良好で、プライベートも問題ない。

そんな日々を送ってきただけに、山添は自分の身に起きたことを受け入れることができない。

その戸惑いが切実さをもって書かれていく。

やがて直属の上司である課長の辻本(つじもと)に、体調が思わしくなく仕事を続けられそうもないことを告げるのだが、パニック障害であることを告げることはできずにいた。

山添自身、心因性の病気はストレスや気持ちが弱ってなるのだと思っていたこともあり、「弱い人間だ」と思われることや、「困ったことがあるなら相談してくれと言われるだろう」ということが頭に浮かび、本当のことを伝えられずに会社を去ってしまう。

山添の気持ちに、共感する読者も多いだろう。

「心療内科に通っている」ということはよっぽどの信頼があっても打ち明けるのは難しい。

特に、それまで何の問題なく人生を謳歌してきた人間にとって、その戸惑いは計り知れないだろうと思うのだ。

自分の身に何か起きているのはわかっても、そのことをはっきりとした説明ができないことがまず苦しいのだ。

医者でも何でもない私たちは、それにぴったり当てはまることを見つけることすら途方もなく難しい。

それから2年が経ち、あれこれ薬を試したためか、発作の回数も日々の不安感も落ちついてはきた。

何とか今の栗田金属に就職したものの、それが山添にとって精一杯のラインだった。

今では抗不安薬も抗うつ剤も最大容量飲む生活をしており、恋人の千尋とも別れ友人とも疎遠になり、ただ1人、眠るためだけのアパートの部屋に帰る日々を送っていた。

PMSの美紗と、パニック障害の山添。

同じ職場の2人が、ある日、山添が薬を落としたことをきっかけに繋がっていく。

友情とも恋とも違う、苦しみをわかちあえる存在

山添が落とした薬の名前は、かつて美紗自身も服用したことのあるものだった。処方された薬について調べていた時に、ソラナックスを服用する症状として、PMS以外に鬱やパニック障害という病名にたどり着いていた。

互いの抱えるものを知った2人は、次第に近づいていく。

決してそこに、友情や恋愛の要素が含まれないのに救われる。

人に言えない苦しみを抱えている人間の誰もが、100%の理解をしてほしいわけでも、ましてや同情されたい訳でもないということだってある。

自らに起きた変化に戸惑い、それまでの自分には戻れないことに絶望する。

事実を受け止め、自らの中に受け入れることですら果てがない。

そして、いつしか人間関係が遠ざけてしまうのだ。

そんな山添にとって、美紗はどんな存在だったのだろう。

2人の関係に、友情であったり恋愛感情だったり、名前をつけてしまうようなことに、どうしても抵抗を覚えてしまうのだ。

友人でも恋人でもない、けれど互いのあるがままの姿を見せられる関係は、とても望ましいものに思えてならない。

強いていうなら同士のような2人の距離に、誰ともわかち合えないと思っていた苦しみを預けられる存在のありがたさと、たとえ自分自身が何かを抱えていても、誰かのために動いて変わっていけることの喜びを知る。

まとめ

瀬尾まいこさんの書く物語は、一般的には「心温まる物語」だと言われる。

だがこの『夜明けのすべて』という作品は、そこから更に一歩踏み込んだ力を感じるのだ。

人に言えない苦しみや理解されないと思っていた出来事が、誰かとの関わりの中で、1人だけで抱えなくていいものに変わっていく。

優しい物語というだけではなく、「心に優しい」物語なのだ。

たとえ何かにつまずいても、それを抱えたままでも生きていけるのだと教えてくれる。

この世界にはいたるところに暗闇がひそんでいるが、同時に光があふれているのだと信じさせてくれる物語だった。

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