読む人に清々しさと痛快さを与えてくれる作家・有川ひろ。
『塩の街』でデビューして以来、映画化された『図書館戦争』をはじめ、数々の傑作を生み出し読者を夢中にさせてきた著者だが、その集大成と言っても過言ではない作品が発表された。
苦い現実を蹴飛ばして、背筋が伸びていくような読後感の小説『イマジン?』について、あらすじや感想を紹介する。
こんな人におすすめ!
- 有川ひろのファン
- 痛快な作品を味わいたい人
- 前向きになれる物語が読みたい人
- 仕事の理不尽さに一発かましたい人
あらすじ・内容紹介
良井良助(いい りょうすけ)は、アルバイト先の同僚である佐々賢治(さっさ けんじ)から映像現場のアルバイトの誘いを受け、撮影現場を訪れる。
良助にはかつて、映像の専門学校を卒業したものの入社した会社が倒産してしまったという過去があった。
以来、映像会社を受け続けるも、ある事情で仕事に就くことができずアルバイトを転々としていた。佐々から撮影現場への誘いを受けたのはそんな時だった。
そこは日曜九時放送の連続ドラマ『天翔ける広報室』の撮影現場だった。
航空自衛隊の広報室を舞台にした若手実力派の喜屋武七海(きやん ななみ)と平坂潤(ひらさか じゅん)が活躍する、コメディタッチのお仕事ドラマとして人気を博しているドラマ作品だ。
撮影現場は何かとトラブル続きだったが、良助は持ち前の明るさと人当たりの良さでくぐり抜けていき、「どうすればいいのか」と想像力を絶え間なく働かせることでどんどん現場に馴染んでいった。
やがて佐々の所属する「殿浦イマジン」という会社に所属し、映像の世界へと本格的に足を踏み入れる。
お仕事ドラマから視聴者に強く訴える作品、長い人気を誇る二時間ドラマシリーズ、原作小説の映画化、テレビ局が渾身の力を注いだ重厚な社会派な作品。
さまざまな作品を扱う現場を通し、良助は成長していく。
有川ひろ『イマジン?』の感想・特徴(ネタバレなし)
機転を利かせてトラブル続きの現場を救う主人公・良助
人気ドラマの製作に携わることになった良助だが、現場はトラブル続き。
ある役どころでドラマに参加していた芸人が、休憩中にうっかりコーヒーを履いていたカーゴパンツにこぼしてしまう。
ワンシーンのみの出演のため替えの衣装もない。
通常のシミ抜きではとうてい間に合わず、さらに役者の喜屋武七海がスタジオを出なければならない時間が迫っていた。
それをとっさに救ったのが良助の機転だった。
自分のカーゴパンツを差し出し、そのおかげで撮影スタッフ達は難を逃れることができた。
このことがきっかけで、良助は七海に「イーくん」と呼ばれるようになる。
良助の強みは、何といってもその柔軟さと想像力だ。
他にも、佐々に誘われた殿浦イマジンに、ファックスで身分証明書の免許証を送る場面。
免許証の裏表をコピーしてファックスするように言われるのだが、佐々から会社へのメールの方が遅くなる可能性に気づき、「このまま送られても、受け取った側が何のことかわからない」と、とっさに紙の余白にメモを残したのだ。
ささいなことではあるが、ささやかな気配りができるかどうかで周囲に与える印象は大きく違ってくる。
それはアルバイトであろうと正社員であろうと関係なく、仕事をしていく上で大事なことだ。
良助は、何かを頼まれたなら想像力を働かせ、自ら率先して動き、いつしか周囲に認められていく。
印象的なのが、役者からの差し入れのお菓子を配る場面だ。
誰からの差し入れかわかるように『天翔ける広報室』のロゴをコピーしたものに良助が贈り主の名前を書いていると、殿浦イマジンの社長、殿浦に「何だそれ」と声をかけられる。
「差し入れ、これに書いたらみんな気分アガるかなって」
言いながら、ふと気がついた。「すみません!コピーもったいなかったですか?」
「ばーか!」
殿浦の声にすくみ上がると、頭をぐしゃっとなでられた。
「こういうのはもったいないって言わねえんだよ」そしていかつい顔がほころんだ。
「いいと思ったことはどんどんやれ」
誰かが自分の頑張りをちゃんと見ていてくれるということや、認めてもらえることの喜びがストレートに伝わってくる。
理不尽な環境でも、想像力という武器を持つことの強み
有川ひろの作品には、痛快さがある一方、現実社会の苦さを体現するような人物が多数登場する。
可能ならば言い返したりやり返したりしたいところではあるが、中々そうもいかない。
なら、どうすればいいのか。
そのヒントを教えてくれるのが『罪に罰』という作品のおけるエピソードだ。
『罪に罰』には、『天翔ける広報室』に引き続き喜屋武七海が登場する。
七海が演じるヒロインは、市内の花屋に勤める無口で影のある宮原成美(みやはら なるみ)という女性。
母親は同じ市内でスナックを営み男関係が激しかったため、成美は父親の顔を知らないという設定だ。
屈折した思春期を送った成美にとって、唯一の親友と呼べるのが長谷川凪子(はせがわ なぎこ)という少女であったが、凪子はある事故で命を奪われてしまう。
そして成美はある決意をするのだが、その罪を視聴者に問うというところでラストを迎える、とても考えさせられる映画作品となっている。
問題は、この作品に関わるスタッフがろくでもないということである。
まず、監督の雑賀才壱(さいが さいいち)。
過労で倒れたスタッフに、「俺の作品のために死ねるんなら本望だろ」と平気で言い放つ。
また、監督の下につく助監督達もなかなかに厄介だ。
助監督は、チームで構成される。
監督の相談役をしながら現場の演出を行うチーフと、エキストラなどの演出を受け持つセカンド、小道具類の出納や雑用を受け持つサード。
このチーフとサードが、何かと現場の足を引っ張るのだ。
唯一の例外がセカンドを勤める島津幸(しまづ さち)という女性の助監督で、なまじっか優秀であるために、チーフからは睨まれている。
どう見ても「荒れる」としか思えない現場で、撮影はスタート。
ロケーションの場所を選ぶに揉め、監督の気に入るように進行しなければ揉め、その中でも特に空気を悪くしているのがサードの助監督の存在だった。
「打てば響く」どころか、「打っても響かない」にもほどがあるといったありさまで、それをフォローする幸への負担は日に日に増えていった。
また、保身だけを考えるチーフの存在が、さらに現場の雰囲気を重くしていく。
どれほど幸が雑賀に理不尽に怒鳴られようとも庇う気配は一向になく、見ているこちらが腹立たしくなるほどだ。
そんなとき、珍しくチーフの助監督が雑賀の攻撃の対象になる。
エキストラへの演出がスムーズに行えず、雑賀の怒号が鳴り響いた。
そこへ遅れていた幸が現れ、エキストラに具体的な動きの演出を行うと、見る見るうちに彼らの動きが良くなっていく。
幸のおかげで撮影が上手くいったにも関わらず、それを「見習え!」と叱られたチーフは、幸へと憎々しげな視線をぶつけた。
そのことに気づいた良助は嫌な予感に襲われるのだが、ある日それは的中する。
雑賀やチーフの風当たりが強くなった幸のフォローを殿浦イマジンの面々が行うことになり、良助が幸と話し込んでいると、そこへチーフが絡んでくるのだ。
「最近、イーくんはうちの幸と仲いいんだな」と揶揄し、「いっつもいそいそ手伝って、幸に気でもあんの?」と言い放つ。
その場で良助はとっさに頭を回転させる。
――考えろ。イマジンだ。俺がここでどう出たら、この後の現場が上手く回る?加えてーーこのいけすかないチーフに一泡吹かせてやれたら、最高だ。
このとき見せた良助の機転と、周りのスタッフのアシスト、さらにチーフが忌々しそうに立ち去るまでの痛快さには、スタンディングオーベーションを贈りたくなる。
現実にも、良助に降り掛かった理不尽な状況はいくらでも起こり得るだろう。
そんな中、理想を持ち続けながら同じ場所に踏みとどまることは実に難しい。
それでも、もしそこにカウンターパンチを一発お見舞いすることができたら、この作品を読んだときのように、もしくはそれ以上の爽快感を味わえるに違いない。
まとめ
本作は、いわゆる「お仕事小説」として抜群に魅力的なだけではなく、読者それぞれが抱えている現実の悩みに対するカウンターパンチそのもののように痛快な物語だ。
単体でも充分楽しめるが、同著者の『図書館戦争』や『空飛ぶ広報室』に『植物図鑑』、さらにそれぞれの映像化作品と舞台裏に触れてから読むと、より一層深く味わえるだろう。
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