人魚姫、マッチ売りの少女、おやゆび姫、みにくいアヒルの子、雪の女王。
誰もが幼い頃に聞いたことのあるこれらのお話は、すべてデンマークの童話作家アンデルセンによって紡がれた物語。
彼が描いた、不思議で優しい物語集が今回紹介する『絵のない絵本』である。
こんな人におすすめ!
- 詩が好き
- 童話が好き
- アンデルセンの世界に浸りたい方
あらすじ・内容紹介
煙突の煙がたちこめるせまい街でのこと。
ある晩、貧しい絵描きが、窓の外を眺めていると、月の光が差し込んでくる。
月は絵描きに故郷で見たままの姿でやさしく話しかけてくる。
「私が話す物語を元に絵を描きなさい。そうすればとてもきれいな絵本ができるでしょう」
その晩から絵描きは、夜ごと月の語る話に聞き入るであった
ある晩は、インドのガンジス河で祈る娘について。
ある晩は七月革命で死んだ男の子の最期について。
ある晩はグリーンランドの住人と北極熊について。
ある晩はコウノトリについて語る幼い男の子と女の子について。
ある晩は群れからはぐれた一羽の白鳥について。
実に多種多様で色とりどりの飴玉のようなお話は全部で33話。
中には起承転結がはっきりせず分かりにくい話もあるが、それ以上に情緒豊かな表現が、読むだけで美しい情景へ誘ってくれる。
まさに「絵のない」絵本なのだ。
『絵のない絵本』の感想・特徴(ネタバレなし)
2〜4ページの超短編群!
本作は夏目漱石の『夢十夜』の様に一夜が一話の独立した物語になっている。
全部で三十三夜あり、月が絵描きに語る形式の物語であるが、これらは美しいだけではなく、時に理不尽であったり難解であったりと様々である。
しかしそれもまた理屈ではない感性で楽しむ詩や歌のような面白みがあり、実際、読んでみると虜になってしまうのも面白みであろう。
はっきりした物語だけではないため、読む者によって違った感想があるかもしれない。
ちなみに一夜は2ページから4ページほどの超短編。
あっというまに読めるので、空いた時間に「一夜」を読むのも良いかもしれない。
注目してほしい「一夜」をご紹介
三十三夜までのうち何夜かを紹介していきたいと思う。
「第一夜」
ガンジス河のほとりでインドの若い娘が、愛する人を思いながら松明をかざしている。
松明の火が燃え続ければ愛する人は生きており、消えてしまえば愛する人は死んでしまう。
今にも消えてしまいそうな松明を前に娘は祈り続ける。
「第五夜」
『この子はフランス国の玉座の上で死ぬだろう』と言われていた幼い男の子。
母親は我が子が英雄になることを夢見ていたが、七月革命で民衆が王を倒した時、その男の子も戦いに倒れ死んだ。
人々は血まみれになって死んだ男の子を玉座にのせたのである。
「第八夜」
月は人類のすべてを見てきたのであろうと絵描きは思う。
ノアの箱舟、バビロン捕囚、ナポレオンのセントヘレナへの流刑と。
「この世界の生活は月にとっては一つのおとぎばなしなのです」
「第十九夜」
とある大人気の劇場で初舞台を迎えよとしている俳優。
彼は演劇を誰よりも愛していた。
しかし才能が無いため劇は大失敗で観客に罵られる始末。
自殺を図ろうとする彼は・・・
アンデルセンとは?
1805年、デンマークのオーデンセで生まれたアンデルセン。
父は靴職人で、家は貧しかったが決して不幸ではなかった。
演劇好きの父からは朗読を聞かせてもらい、信心深い母からは人間への愛を教えられた。
「貧しくても幸せ」な家庭で育ったアンデルセンの思想・哲学は、後の彼の作品にも色濃く出ている特色であるように思われる。
その後、父が亡くなり一家は極貧に。
学校を中退せざるを得なくなったアンデルセンは首都コペンハーゲンへ上京し、王立劇場でオペラに感動する。
そして俳優を目指す事となったが、決して道のりは平坦ではなかった。
ルックスがダメだからと俳優は却下され、それではと、歌手を目指すがこれもダメ。
演者としては落第の烙印をおされたアンデルセンはそれでもあきらめきれず劇作家を目指すことになる。
ここで人生の転機を迎える。
王立劇場の顧問官ヨナス・コリンがアンデルセンを全面的にバックアップ。
学校へ入り直すサポートをしてくれたのである。
こうして一から学びなおす決心をしたアンデルセンはこの時すでに18歳。
学校は5歳下の子ども達だらけであった。
ここで年下の子達にバカにされた経験が「みにくいアヒルの子」を生んだのは有名な話である。
しかしこの学校で身に着けた教養が後の作家活動における大きな武器になったのは想像に難くない。
その後、一歩一歩と歩んでいったアンデルセンは「即興詩人」を書き一躍人気作家へなったのだ。
また、旅こそ学校であるとしたアンデルセンは生涯旅を愛し続けたという。
この『絵のない絵本』も旅の経験によって書きあげられたと言われている。
まとめ
アンデルセン童話は人魚姫、マッチ売りの少女、みにくいアヒルの子など説明不要の有名作ばかりであるが、それらが完全な「創作」であることが他の童話と一線を画すところとなっている。
他に童話と言えば日本でも有名なものは「グリム童話」「イソップ童話」等が挙げられるが、グリムもイソップも古くから伝わる物語集であり、風刺、教訓、欲望などの人間の黒い部分を描いていることが多い。
一方でアンデルセン童話は純真無垢な主人公が運命の残酷さに引き裂かれ悲劇的な最期を遂げるといったものも多く、アンデルセンの人間観というものが非常に強く描かれている。
ビー玉や綺麗な玩具が詰まった宝箱のような作品集。
ぜひ読んでみてほしい。
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