村の中で少しずつ増えていく不審死。
夜中に引っ越してきた、得体の知れない一家。
村を取り囲む“死”。
得体の知れない存在が徐々に迫り来る、ヴァンパイア・ホラーの金字塔。
こんな人におすすめ!
- ミステリ小説が好きな人
- ジャパニーズ・ホラーが好きな人
- ヴァンパイア・ホラーが好きな人
あらすじ・内容紹介
人口1300人の小さな集落、外場村。
“起き上がり”という死者復活の伝承があるこの村で,村人3人の変死体が発見される。
村人たちが事件性無しと判断し、通常の死と同様に扱ったこの事件に違和感を抱いたのは、村唯一の医師である尾崎敏夫(おざきとしお)。
彼は未知の疫病の可能性を疑い、友人の僧侶・室井静信(むろいせいしん)と共に、事態の調査を始める。
しかし彼らの懸命な調査の甲斐もなく、疫病の原因は見つからない。
村を包む死の気配が徐々に濃くなり、不審な死が続く中で、尾崎敏夫は1つの非現実的な仮説へと辿り着く。
それは、村に伝わる“起き上がり”の存在であった…。
更に調査を続け、ついにその存在の確証を得た彼は、反撃のために大きな賭けに打って出る。
室井静信の小説から名を取り、“屍鬼”と名乗るナイトウォーカーたち。
彼らと人間の生存競争はやがて、村全体を巻き込んだ更なる惨劇への扉を開く…。
『屍鬼』の感想・特徴(ネタバレなし)
150人以上の登場人物で描かれる緻密な世界観
村は死によって包囲されている
今作は、もはや語る必要もないほどに名の知れたモダン・ホラーの帝王、スティーブン・キング氏による『呪われた町』のオマージュとして描かれた、日本の寒村を舞台としたヴァンパイア・ホラー小説である。
大きな特徴はなんといっても登場人物の多さだ。
その数はなんと、150人以上。
そんな多くのキャラクターたちが、各々のキャラクター性に準じた行動を一貫しているのは、ただひたすらに小野不由美氏の筆力によるものだろう。
物語は、特に重要な複数人の人物の視点から進行する。
そのため、それぞれのキャラクターから見た村の様子、村人の在り方などを緻密に描くことに成功しており、まるで本当に外場村が存在しているかのようなリアリティを生み出している。
特に、外部からの入植者に対しての村人の反応は非常にリアル。
村社会の良い面悪い面が全て詰め込まれており、見事なまでに田舎特有の空気感を醸し出している。
排他的かつ詮索好きな空気感、まるっきりの善人ではないが、これといって悪人というわけでもない住民たち、小規模なコミュニティの中で、助け合いと相互監視が共存しているという、如何にもな田舎の村に、本当に訪れたかのような感覚を味わえるはずだ。
ひょっとすると、田舎に縁の無い読者には遠い世界のように感じられるかも知れない。
しかし、そういった読者の視点に寄った”都会からの入植者”のキャラクターも登場しており、どのような読者も置いていかない親切設計にもなっている。
登場人物の豊富さゆえ、1人は共感できるキャラクターを見つけられるはずだ。
もしかしたらあまりに登場人物が多いので、誰が誰だかが混乱するかもしれない。
その場合は、漫画化、アニメ化もされているので、そちらを先に抑えておくと読み易いだろう。
ストーリー展開には変更が多いものの、作品の持つ悍ましさは健在なので、安心して視聴できる。
その上で、それぞれのキャラクターをビジュアルから捉えた上で物語を読み進めると、スムーズに物語に没入できるはずだ。
じわりじわりと忍び寄る“屍鬼”の恐怖
これは単なる疫病じゃない
村に忍び寄る“屍鬼”の恐怖こそ、今作の1番の魅力であろう。
村唯一の医師である尾崎敏夫と、その友人の僧侶・室井静信が村中で巻き起こる連続不審死の原因を探っていく過程は、村の純日本的かつ排他的な空気感も相まって、横溝正史的な独特の不気味さを放っている。
徹底的に理論立てて行われた調査の中で、非現実的な仮説が一番現実的なものになっていく様は、ミステリがホラーへと移り変わっていくような不条理さを感じさせる。
そしてその不気味さは、“屍鬼”の存在が明らかになることで純然たる恐怖へと姿を変える。
人と同じ姿でありながら、人の血を喰らう天敵。
そんな存在が村人を襲い、そして襲われた村人たちもまた天敵として蘇り、人間へと襲いかかる。
状況だけ見れば古典的な吸血鬼作品であり、一見すると“純和風”とも言える外場村という舞台との食い合わせは、悪そうに思える。
しかし、その地に伝わる“起き上がり”という伝承や、未だ残る土葬の風習という背景設定、そして“屍鬼”となった者たちが纏う陰惨な悍ましさは湿度の高いもので、じわりじわりと忍び寄る恐怖を存分に味わうことができる。
更に、その特徴・特性が明確に定められている点、確固たる戦略を以て村を侵食しようとする点も、物語により一層のリアリティを与えており、その恐ろしさを加速させる。
「正体が分からない故に怖い」というジャパニーズ・ホラーの恐怖と、「人を超えた存在が怖い」というモンスター・ホラーを描いた今作は、本来相容れない2つの異なる恐怖を見事に融合させたものとなっており、多方面から楽しめる。
善悪の価値も曖昧となっていく惨劇
若くても老いていても、善人も悪人も同じ、死は等価なの
そして、不審死の原因であった“屍鬼”の存在が明らかになった後は、「モンスターになってしまった側」の心情描写も丁寧に描かれる。
これにより、作品の持つ恐怖のベクトルが徐々に変化。
そして、これまでは被害者であった村人たちが、共同体を蝕む“屍鬼”の存在を認識した後に巻き起こす惨劇にも瞠目。
ただひたすら生存のために行われる村中を巻き込んだ殺戮を通して、“人間”と“屍鬼”、善と悪の存在も曖昧模糊としはじめる。
根っからの善人も、根っからの悪人もおらず、ただ互いに生きたいだけの存在が、ただ生きるために殺し合う。
状況の悍ましさが際立つが、その中で描かれる作品のテーマは普遍不朽のものでもある。
罪とは何か。
罰とは何か
生きるとはどういうことか。
殺すとはどういうことか。
作品を通して投げかけられるこの命題は、きっと読者の心に何かしらの爪痕を残すだろう。
まとめ
日本の小村を舞台とした、ヴァンパイア・ホラー小説である今作。
村に不審死が増え続けていく様子や、村唯一の医師である尾崎敏夫がその原因を探っていく過程は、村の純日本的かつ排他的な空気感も相まって、独特の不気味さを放っている。
また、不審死の原因であった“屍鬼”の存在が明らかになった後は“モンスターになってしまった側”の心情描写も丁寧に描かれることで、徐々に恐怖のベクトルが変化。
村中を巻き込んだ殺戮を通して、善悪も存在も曖昧模糊とし始め、それ故に状況の悍ましさが際立つ作品だ。
一見すると食い合わせが悪そうな、“日本の小村”と“吸血鬼”というそれぞれの要素が見事に融合されることで、これまでに無い恐怖を描いた作品となっており、ホラー小説が好きな読者であればまず一読しておきたい作品だ。
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