誰も居ない部屋から聞こえる「箒で畳を掃くような音」。
室内に湧き出る「大量の赤ん坊」。
床下で呻く「何者か」。
バラバラの怪談を追う中で、主人公の「私」が辿り着くものとは?
実話怪談の矛盾を突きながらも更なる恐怖を生み出す、小野不由美氏の傑作ホラー!
こんな人におすすめ!
- ホラーが好きな人
- 実話怪談が好きな人
- 実名小説が好きな人
あらすじ・内容紹介
小説家である「私」の元に、読者の久保さんから寄せられた、一通の手紙。
その内容は、「誰も居ない筈のマンションの自室から、箒で畳を掃くような音がする」というものだった。
かつて若者向けのライトノベルシリーズを書いていた私は、巻末のコメントに「何か怖い話があったら教えて欲しい」と書いたことを思い出し、久保さんに返信を返す。
最初は気のせい、気にし過ぎだと考えていた私と久保さんだったが、やがて音だけでなく「帯のようなもの」が床を擦る様子を見てしまい状況が変わっていく。
やがてこのちょっとした怪談は、「人が居つかないマンションの一室」から「首吊りの自殺者」「夜中に聞こえる大勢の赤ん坊の声」に、そして床下から聞こえる「死ね、殺せ」という声に繋がっていく。
最後に待ち受ける、「北九州最強の怪談」とは?
「穢れに触れる」とは一体何を意味するのか?
実在の作家が多数登場して怪談の矛盾とルーツを追う、映画化もされた小野不由美の傑作怪談ホラー!
『残穢』の感想・特徴(ネタバレなし)
身近にありそうな怪談
現在、お住まいの部屋で過去に自殺があったということはありません
今作の大きな魅力は、何と言っても作中に散りばめられた怪談にあるだろう。
身近な怪談のルーツを探るうちに、別の怪談に行き着く、というストーリー展開となっている。
それ故、今作の中には様々な怪談が登場する。
その内容は「誰もいない部屋から聞こえる謎の音」という、ちょっとしたものから「部屋に湧き出る無数の赤ん坊」という、想像しただけでもゾッとするようなものまで様々だ。
更に怪談という特性上、その恐怖が非常に身近に感じられるのも、今作の魅力を大きく引き出している。
誰でも一度は自宅の窓を見て、「あの窓の外に見知らぬ女が立っていたら…」というような、意味もなく怖い想像をしたことは有るのではなかろうか?(私だけかもしれないが…)
本書は、そんな身近な恐怖を取り扱っているからこそ、「ひょっとしたら、自分の身にも降りかかるかもしれない」という恐怖感を、思う存分に楽しむことができる。
謎と怪談が収束する快感
いわゆる、ヤバい話ってやつです。迂闊に書くと、酷い目に遭う
様々な怪談のルーツを追ううちに見えてくる、怪談同士の奇妙な関連性も、今作の大きな見所の1つだ。
読者の皆さんは、「実話怪談」というものに違和感を覚えたことはないだろうか?
ネタバレに配慮しつつ、1つだけ具体例を挙げると、
「自室に首吊り自殺をしている女性の姿が現れる。調べてみると、確かに過去にこの部屋で首吊りをした自殺者がいたようだ。ただしその自殺者は男性だった」
というものだ。
実話怪談には、この様な矛盾を抱えていたり、辻褄が合わなかったりする話が意外と多い。
この作品は、その矛盾や整合性の無さに正面から切り込んでゆく。
そしてその矛盾を掘り下げることで、矛盾は矛盾ではなくなり、更なる矛盾が掘り起こされる。
実話怪談という存在がどうしても抱えてしまいがちな、怖さを半減させてしまうような矛盾を逆手に取り、それを掘り下げることで更なる恐怖を生むこの手法は、見事の一言だ。
著者である小野不由美氏の見事な手腕を、是非とも味わってほしい。
これまで矛盾故に純粋に楽しめなかった怪談も、きっと背景を想像して楽しむことができるだろう。
現実とのリンクも
氏は実話会談の蒐集化でもあり、同時に優れた幻想小説、ノワール小説の書き手でもある
様々な趣向が凝らされた今作の中でも、最も恐怖を煽る要素と言えば「現実とのリンク」だろう。
今作は作家である私が、読者から送られたり自分で調べたりした怪談の謎を紐解いていくというルポタージュ形式で進んでいく。
このルポタージュというスタイルを取る中で、決して明言はしないものの、作家の私が著者である小野不由美氏だと思われる描写が多々盛り込まれている。
少し例を挙げると、作中で、
かつて書いていた作品のあとがきに、『怖い話』を送って欲しい、と書いていた
とあるが、この「かつて書いていた作品」とは小野不由美のデビュー作である『ゴーストハントシリーズ』だと思われる。
また作中で私が体調を崩す時期があるが、作中で描かれた時期と同時期に、実際に小野不由美氏が体調を崩されていたりもする。
そういった現実とのリンクがあることで、フィクションとノンフィクションの境目が曖昧となり、「この作品に書かれていることは、ひょっとしたら事実かもしれない」といった恐怖感が高まっていく。
フィクションということが確定しているホラー映画ですら、観た後には怖い想像をして闇夜が怖くなる、という経験をした人は多いだろう。
今作では、「この作品はフィクションであり〜」という読者を安心させる要素が排されているため、その恐怖は恐らく通常のホラー映画以上なのではないかと思う。
是非とも、身近な恐怖が肥大していく様を楽しんで欲しい。
余談だが、今作の中には実在の作家である平山夢明(ひらやま ゆめあき)氏が登場したり、多少ながら私の夫の様子が描かれていたりする。
著者である小野不由美氏の夫が、これまた有名作家である綾辻行人(あやつじ ゆきと)氏であることは有名な話だと思う。
小野不由美氏が彼らのことを語っている、と考えながら読むと、また違った面白さもあるのではないかと思う。
まとめ
いかにも身近にありそうな怪談をテーマにした本作は、その身近さ故に飛び抜けた恐怖は無いものの、背後からジワジワと忍び寄る様な恐怖を味あわせてくれる。
更に、ルポタージュや実名小説という形式、現実での出来事とのリンクなどにより、「本当にあったことなのかもしれない」という感覚をも味わえる今作は、是非とも就寝前に読んでみて欲しい。
また本書は、著者の別作品であり、99話の怪談を納めた『鬼談百景』の100話目としての側面も持つ。
あわせて読むと、更に楽しむことができるのではないだろうか。
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