安心して過ごせる空間の最たるもの、〈家〉。
住む者を外敵から守ってくれるはずのその存在は、時に〈幽霊屋敷〉として住民を脅かす。
床下に並ぶ、瓶詰めの子供たち。
アップルパイの焼ける香りの中で、互いに殺し合った双子の姉妹。
屍肉を頬張る男性。
〈丘の上の屋敷〉には、いつも恐ろしい何かが潜む。
彼らを恐れながら、一方で彼らに惹かれる人々は、〈幽霊屋敷〉で何を感じ、どのような結末を迎えるのか。
最恐の〈幽霊屋敷〉に纏わる、8つのオムニバス・ストーリー。
こんな人におすすめ!
- ホラー小説が好きな人
- 幽霊屋敷モノが好きな人
- 恩田陸氏の小説が好きな人
あらすじ・内容紹介
小高い丘の上に立つ、古い屋敷。
立派な作りの小洒落たその屋敷は、まるで童話の中から飛び出してきたような佇まいだ。
しかしその屋敷には、様々な恐怖が刻み付けられている。
かつてない〈幽霊屋敷〉は、多くの物語を内包する。
物語が進むにつれて徐々に明かされていく、〈幽霊屋敷〉に刻まれた恐怖。
瓶詰めされた、たくさんの子供達。
屍肉を頬張る老紳士。
アップルパイが焼ける甘い香りの中で、互いに殺し合った双子の姉妹。
床下で自殺した、美少年の殺人鬼。
家の外を這い回るモノ。
〈幽霊屋敷〉に関わってしまった者たちの悍しい体験は、屋敷の記憶として蓄積され、新たな恐怖を呼ぶ。
幽霊とは何か。
死者と生者の境界は何か。
恐ろしげながらも懐かしい、〈幽霊屋敷〉に纏わるオムニバス・ストーリー。
『私の家では何も起こらない』の感想・特徴(ネタバレなし)
端正な文章で綴られる、恐怖の数々
私は壁の絵を見ている
今作は、〈幽霊屋敷モノ〉のオムニバス・ストーリー。
〈幽霊屋敷〉に拘ってしまった者たちに纏わる、8つの恐怖の物語が記されている。
例えば、細切れの瓶詰めにされながらも、幸せを感じる少女。
少女の隣には、同じく瓶詰めで呻く少年。
彼らの居る地下室は、瓶詰めの子供たちでいっぱいだ。
そして、彼らを〈素敵なお料理〉として提供する使用人と、屍肉を貪る老紳士。
如何にも上流階級の、愛と慈しみに溢れるように見える彼らの行動は、しかし得体の知れない狂気に満ちている。
例えば、互いに殺し合った双子の姉妹。
アップルパイの甘い香りが漂うキッチンで、彼女らは幸福を満喫していた。
しかしその後、2人は互いが互いを傷つけ合い、キッチンは血の海となる。
死して尚、彼女らはキッチンに立ち続けている。
例えば、床下で命を絶った美少年。
あまりにも惨い方法で老人たちの命を奪ってきた彼は、〈床下の少女〉に愛おしげに語りかける。
長い語らいの中で、少年は彼女に近づいていこうとする。
数々の物語が綴られる中で明らかになる、〈幽霊屋敷〉の全貌。
徐々に秘密が明かされながらも、決して底を見せることのない〈幽霊屋敷〉の恐怖が堪能できるはずだ。
美しく悍しい〈幽霊屋敷〉の魅力
不思議で、懐かしくて、不安で、泣きたくなる
〈幽霊屋敷モノ〉の魅力には、そこで起こる怪奇現象の数々は勿論のこと、建物そのものの〈造り〉も、非常に重要になってくるのではなかろうか。
今作に登場する〈幽霊屋敷〉は、その点に於いても非常に魅力的だ。
先ず〈丘の上に佇む屋敷〉という情景が、まるで童話のような微笑ましさと美しさ、そして、〈現実と非現実の境目〉のような特異な空気感を孕んでいる(〈丘の上の屋敷〉という時点で、シャーリー・ジャクスン著『丘の屋敷』や、エミリー・ブロンテ著『嵐が丘』を思い出させるのは、十中八九、著者の意図的なものだろう)。
また、丘の上にあるということは、吹き曝しになっているという意味でもある。
激しい風雨に耐える為、屋敷は頑丈な素材でしっかりと建てられている。
加えて、良質な壁紙や品の良い調度品は、屋敷を精巧な芸術作品のように仕立て上げている。
それ故に、今作は〈悍ましさ〉や〈恐ろしさ〉の中にも〈美しさ〉を内包しているのだろう。
屋敷の様子を想像しながら、自分も住人になったかのような気持ちで読んでみると、また面白いかもしれない。
後書きに代わる、随記
今にして思えば
今作には、随記が記されており、小説家の〈O〉が描いた物語を振り返りつつ、〈幽霊〉と〈時間〉の存在について語る。
〈死者〉と〈生者〉の重なり、〈幽霊〉と〈思い出〉、そして〈時間〉。
異なるような事象を重ね合わせ、淡々と語っていく様子は、しかし揺蕩うような奇妙な情緒を感じさせる。
恐怖を溶かすことなく、寧ろ不気味さを際立たせるような随記には、読む者を不安にさせる美しさが秘められているようだ。
随記まで含めての今作なので、是非とも読み飛ばすことなく味わってほしい。
まとめ
〈幽霊屋敷モノ〉の王道、そのど真ん中を歩くような今作はしかし、淡々とした描き方と情緒的な心情描写により、美しく端正な作品となっている。
更にその美しさが、〈幽霊屋敷〉で起こった事件の怖ろしさを際立たせており、〈魔性〉とでもいうべき魅力を湛えている。
読者によっては、読んでいる最中に不安定な気持ちになってくるような、そんな作品だ。
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