ポテトを単品で食べるよりも、ドリンクと一緒の方が互いの味の違いがよく分かるし、不思議とより美味しく感じる。
味噌汁とご飯、スイーツとコーヒー。
幸福な時間をもたらしてくれる最高のコンビは2020年、書店とCDショップからも登場した。
何年か前から音楽は耳で楽しむよりも、フェスやワンマンライブなどでの“体験”にスポットライトが当たり、盛り上がりを見せた。
各地でフェスが乱立し、フェスという言葉が市民権を得て様々なイベントに当てはめられていったが、新型コロナウイルスの影響によってライブは余儀なく中止に追い込まれる。
偶然か必然か、コロナ禍とマッチした、ライブとは異なる音楽体験が顕著に見られるようになった。
それが音楽と本のベストタッグだ。
音楽と本の融合で2倍楽しめる
ヨルシカのコンセプトアルバム『盗作』
音楽と文章を合わせることによって、作品は表現の幅を広げ、より深く音楽を楽しめるものが増えている。
その代表例として挙げられるのが7月にリリースされたヨルシカのコンセプトアルバム『盗作』だ。
この作品は「音楽の盗作をする男」を主人公とした物語がベースにあり、その発想を基にサウンドメイクされている。
初回限定版はユニットのコンポーザーであるn-bunaが書き下ろした約130Pにも及ぶ小説「盗作」を含めた書籍型の装丁となっている。
音楽に書籍がセットになっている場合、音楽が表現している部分をさらに書き足し、楽曲の物語性をより鮮明にした小説が付属されていることが多い。
しかし、解像度を高めることは読者の想像力を奪ってしまうという危険性も含まれている。
この作品の面白いところは楽曲に余白がなくなってしまわないように、楽曲と小説「盗作」はそれぞれ異なるポイントにフォーカスし、物語を描いている点でもある。
音楽単体で完成されているため、小説を読まなくても音楽には影響がないが、小説を読めば楽曲で描かれている背景が知ることができ、盗作家の男について理解が深まるという仕組みになっている。
住野よる『この気持ちもいつか忘れる』
所変わって書店には住野よるの小説『この気持ちもいつか忘れる』が並べられた。
この作品は住野よるが書いたあらすじに対して、THE BACK HORNが楽曲「ハナレバナレ」を書き下ろし、それを聴いた著者が更に小説を書き進め、そこからTHE BACK HORNがまた新たに楽曲を製作するという特殊な工程を経て作られている。
初回生産分にはTHE BACK HORNが書き下ろした新曲が5曲収録されたCDが付いており、物語からはバンドの雰囲気をどことなく味わえる面白さも感じられた。
2020年でリリースされた作品のなかで、音楽と本が最も密接に結びついた作品ではないだろうか。
こちらも上記と同様、本と音楽で2倍楽しめる構成になっている。
『この気持ちもいつか忘れる』あらすじと感想【人生がつまらない、全ての大人に捧げるビターな恋愛小説】「夜に駆ける」で爆発的にヒットしたYOASOBI
また今年、爆発的にヒットしたYOASOBIも”本と音楽の融合”という部分に関連づけられる。
彼らは小説を音楽にするアーティストとして狼煙をあげ、2019年の終わりにリリースされた第1弾シングル「夜に駆ける」はBillboard Japan Hot 100やオリコン週間合算シングルランキングで1位を獲得し、ストリーミング再生回数は1億回を突破するほどの人気ぶりを見せた。
第4弾シングル「たぶん」は楽曲の基礎になった小説を元にしたオリジナルストーリーで映画化もされ、今月18日に公開された「ハルカ」の元となる小説『月王子』は鈴木おさむが執筆。
また9月には原作になった小説集が発売された。
2021年1月6日にはYOASOBI初のパッケージEP『THE BOOK』が待望のリリース。
タイアップ多数の豪華な1枚になることは間違いない。
画期的な発想で音楽シーンに一石を投じた2020年を代表するアーティストである。
定着したストリーミング
これだけの人気がありながら、フィジカルとして音源がリリースされていないことはこれまでの邦楽シーンで考えるとかなり特殊な事例だと感じるが、それだけYouTubeやサブスクといった形のない音源が浸透したことを痛感させられる。
2020年はまさしく“ストリーミング元年”と言えるだろう。
米津玄師やRADWIMPSといった国民的人気を誇るアーティスト。
固定ファンから根強い人気があるSyrup16gやレミオロメン。
ライブハウスバンドが多数所属しているTHE NINTH APOLLOがサブスクに特化した新レーベルを設立するなど、新旧問わず多方面的に様々なアーティストがサブスクリプションに乗り出している。
こうなった要因にはTikTokの影響も大きい。
BGMとしての使われ方も何年か前には音楽ファンから邪道だと言われたりもしていたが、今や王道のヒット路線。
誰もが簡単にサクサク見られる手軽さや、情緒的な雰囲気を演出してくれる上質なBGMという側面が瑛人や優里を押し上げた。
加えてInstagramのストーリーなどでリスナーが他人におすすめしたい楽曲を共有しやすくなったことも”ストリーミング元年”に起因していることと思う。
音楽業界の現在の傾向
サブスクによってリリースされる楽曲の母数が圧倒的に増えた。
レジェンドたちのクラシックな名盤も自由に聴けるようになり、月々1,000円前後で最高級のビュッフェを堪能できてしまうような、過去最高クラスで音楽を楽しめる環境になった。
アーティストはリリースしやすくなり、新規のファンも聴きやすい状況だが、裏を返せば話題にならなかったものは簡単に埋もれてしまうとも言える。
楽曲の”良さ”は大前提だが、それだけではなかなか見つけてもらえない。
アピールポイントがなければ楽曲の飛距離は伸びないし、世間に認知されなければ記録的なセールスには繋がらない。
もちろん売れることが全てではないが、アーティストとして活動を続けていくためには知名度も軍資金も必要不可欠になってくる。
TikTokでバズるなどファンがムーブメントをつくる以外、基本的には出来上がった楽曲をどうプロモーションするのが重要になってくる。
ライブが出来ない今現在、アーティストの主な収入源はサブスク再生、CD、グッズの売上げだ。
サブスクの収入に関してはサカナクションの山口一郎がラジオで以下の様に述べていた。
サブスクリプションを自分で曲を作って自分で配信して……って、自分たちでやっていたら、全然食べていけちゃうみたいな。だけど、僕らみたいに原盤権を持っていなくて、中堅だったりすると、サブスクでの収入はほぼ無いですね。サブスクでちょっと今月楽だなー、って思ったことは正直ないです。
もちろんアーティストごとに違いはあると思うが、山口一郎の言葉を真っ直ぐに受け取るなら、CDが売れなくなったと言われる現在でもCDでの売上は無下にはできない。
セールス枚数が伸びないのならばと音楽レーベル側は、枚数を売るのではなく1人あたりの金額を増やすことで売り上げを伸ばす方に舵を切っている。
最近だと、星野源の発売したシングルコレクション『GRATITUDE』がそれを象徴しているようにも思う。
ライト層よりもコア層に標準を定めたマーケティングが続いている。
おわりに
2021年はセールスの方法として、音楽と本を一緒にしてリリースする論法は更に増えるのではないかと推測する。
音楽と文章という異なる表現を同時に味わえる“ハッピーセット”はコアなファンには間違いなく需要があるだろうし、「THE BACK HORN×住野よる」のようなクロスオーヴァーであればお互いのファンが新規参入し、新たな交流を起こすことも可能だ。
筆者もその1人だが、時代とは関係なくCDや本の作品にモノ感を求めている人は一定数存在している。
コロナ禍の自粛期間で本を読む人が増えたというニュースを見たが、怪我の功名的なこの機会を経て、新たな世界線を築ければ、出版不況と呼ばれている“本離れ”は食い止められるのではないだろうか。
2021年、本と音楽の結び付きはどういう変遷を辿り、それぞれの現場にどう還元されていくのか注目したい。
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