音楽家、俳優、文筆家。さまざまな顔を持つ星野源の引力に迫る!

音楽家としては『うちで踊ろう』に加えて全て一人で制作した宅録のラブソング『折り合い』をリリース。

俳優としては『MIU404』や『逃げるは恥だが役に立つ』など、コロナ禍の現在も楽しい話題を振りまいてくれる星野源。

3月6日には生配信イベント「YELLOW PASS Live Streaming“宴会”」が開催される。

年1回発行しているオフィシャルイヤーブック「YELLOW MAGAZINE」購入者のみが参加できるクローズドでスペシャルなものだ。

そのタイトルからはオンライン上で“密”になれる楽しさが伺える。

今回は星野源の持つ引力について、音楽家、俳優、文筆家の観点から探っていく。

アーティストとしての姿、『うちで踊ろう』に込められたメッセージとは?

『うちで踊ろう』は2020年のコロナ禍による外出自粛期間中に公開された一本の動画だ。

弾き語りで簡素な映像だったが、またたく間に広がり、歌手のみならず業種を超えてコラボレーションが生まれた。

『うちで踊ろう』は正式なディスコグラフィとしては反映されていない。

フリー素材のようなもので、誰でも聴ける無料ダウンロードが開かれているだけだ。

紅白では楽曲に2番とDメロを加えたフルバージョンとして披露した。

昨年末の紅白歌合戦は2015年に初登場して以来、6回目の出演となり、Fワードを含む楽曲『Same Thing』を披露した2019年に続き、今回も実験的な要素を多く含む出演となった。

その年を象徴する、いわばの2020年の集大成とも言える場所で、誰も知らない部分を初披露したのだ。

正式なリリースもないため、あまりネットを見ない人らはそもそも楽曲に触れる機会も少ない。

星野源が敬愛するソウルやファンクミュージックの質感が醸し出されたバンドアレンジに圧倒される。

強靱なサポートメンバーを持ってデザインされた『うちで踊ろう』は楽曲としての立体感が凄まじく、思わず釘付けになった。

1番の後のブレイクでEarth,Wind & Fireの『SEPTEMBER』 をオマージュしたメロディーには、まさに”踊ろう”のフィーリングが伝わってきて心がふっと軽くなる。

そこに深い意図がないにせよ、2020年の総決算として振り返るとブラックミュージックの一ジャンルであるファンク界のレジェンド、Earth,Wind & Fireが引用されたことは、アメリカで巻き起こった人種差別抗議運動、Black Lives Matterとも直結している繋がりを感じてしまう。

2番の歌詞には以下の一フレーズがある。

僕らずっと独りだと諦め進もう

歌唱された時はそのキレっぷりが話題になったが、これは憂いを込めた皮肉ではなく、前向きな歌詞として書いていると自身のラジオでも言及された。

もちろん、コロナ禍でのソーシャルディスタンス的ニュアンスを含んでいないと言うわけではないが、深部にはあるもっと精神的な繋がりを指している。

自分以外の人は自分とは違うというメッセージだ。

違う人間同士は完全に交わることはできない。

言葉にしないと、行動しないと相手が何を考えているかなんて分かる訳がないのだ。

しかし完全には繋がりきれなくても、たまに繋がったような感覚がある。

だからこそ、そんな瞬間が愛おしく、誰かと一緒にいる時間が豊かになる。

その考え方が星野源には根付いていて、提示された”繋がり”は1stアルバム『ばかのうた』に収録されている『ばらばら』からずっと一貫している。

世界は ひとつじゃない
ああ そのまま 重なりあって
ぼくらは ひとつになれない
そのまま どこかにいこう

繋がりが分断された今、改めて他人との交わり方を考えさせられた。

 

また、ピンクのジャケットを着ていたことも印象深い。

実は男女で組分けをする紅白歌合戦に疑問を持っているアーティストは少なくない。

過去にはMr.Childrenの桜井和寿が赤と白の間であるピンクのジャケットを着ていたり、MISIAがLGBTQを象徴するレインボーフラッグを振っていたことがある。

星野源にも同じ考えがあり、ピンクの衣装を身に纏っていたのだろう。

彼は初登場から毎年どこかにピンク色のアイテムを身につけている。

ただ音楽を鳴らすだけでなく、そこに自身のスタンスも反映させている点が素晴らしい。

俳優としての一面、『逃げ恥』平匡を演じた大きな意味


1月3日には『逃げるは恥だが役に立つ』の新春スペシャルも放送された。

脚本を務めた野木亜紀子は昨年大ヒットした『MIU404』の脚本も担当しており、社会派ドラマの名手として知られている。

ストーリーの説明は割愛するが、今の日本が抱えた社会問題が盛大に盛り込まれた”今だからこそ”の作品に仕上がっていた。

妊娠悪阻による体調の変化で気持ちが乱れるみくり、そして翻弄される平匡(ひらまさ)は、妊娠を経験した人やパートナーが妊娠をした人にはかなりリアルに映ったことだろう。

社会人であれば取り上げられていたような妊娠の順番待ち問題や、男性の育休問題も肌感覚で感じられたはずだ。

その他にもセクシャルマイノリティや女性のルッキズムなど様々挙げられたなか、産後の育児のシーンはあまり見られなかった。

子どもを産むという明確なゴールがある出産に対し、子育てには千差万別で本来間違いも正解もない。

2人が行う育児について、あるファンは絶対的な正解だと受け取ってしまうだろうし、また別のファンには許せない行為として映ってしまうだろう。

そこでわだかまり、テーマとしてあげられた社会問題を薄めてしまっては明確なテーマも持った今回の”逃げ恥”が放送された意味が半減してしまう。

伝えたいメッセージの本質をぶれずにしっかり届けようとする製作陣に感動した。

そして今回の放送で、星野源が平匡というキャラクターを演じたことに大きな意味を持ったように思う。

みくりと協力して困難に立ち向かっていく平匡の姿と、人が好きで好きで仕方ない性分の星野源の、行動原理が自分ではなく他人が困っているからアクションを起こそうとする姿勢がどこか重なっていく。

コロナ禍で大きく活躍した人物が、ことフィクションにおいてもコロナに立ち向かっていく描写は非常にリアリティを持っていたし、紅白歌合戦での男女問題にも積極的にアクションを起こしていることも加味して、星野源はまさに適役だったのではないだろうか。

思えば昨年は『MIU404』の辛い過去も持つ志摩に加えて『罪の声』では京都弁のキャラクター、曽根も演じていた。

性格も年齢も生まれも育ちも違う、現実世界では会ったこともないキャラクターに対して正面から向き合い、自分自身のなかにその人間を宿さねばいけない”演技”はどう考えても簡単なことではない。

この短いスパンで3人の男を演じ分けた星野源の苦悩は計り知れない。

著書の『働く男』には演じることについて、

自分を解放してくれた、生きさせてくれた

と書かれている。

役者と並行して音楽家でもある彼は、「1本に絞れ」と言われたことも幾度となくあったという。

しかし1つに絞らなかったからこそ、今の活躍があることは間違いない。

音楽、俳優どちらの経験も彼にとって必要不可欠なもので、最大公約数的にその双方に影響を与えていったのだろう。

エッセイに覗く素顔

病気療養中のエピソード

星野源のエッセイを読むと、彼がいかに人好きなのかが垣間見られる。

『いのちの車窓から』に収録されている『友人』には2013年の病気療養中にTwitterでニセアカウントを作ったエピソードが綴られている。

理由は簡単で、人恋しくなって誰かとコミュニケーションを取りたかったからだ。

本当の自分を隠してまで人との接点を持ちたい性格には本当に驚かされる。

紅白に詳しすぎる男との熱い友情

『星野源のオールナイトニッポン』の製作に携わっている、寺ちゃんの愛称でファンの間でも有名な寺坂直毅とのエピソードも印象深い。

ある日、共通の人物を介して紅白に詳しすぎる男、構成作家の寺坂と出会う。

その熱量は紅白に出場した歌手の前口上を全部覚えているほどのものだった。

同じラジオ番組で働いていたが担当の曜日が違い、すれ違っていた2人はこの出会いをきっかけにすっかり打ち解け、意気投合していく。

寺坂は星野源に「紅白に出てくれ」と頼み、無理だと思いつつも「その時は寺ちゃんが前口上を書いてね」とジョークで返していた。

それから時が流れ、ラジオは終了。それでも2人は友達として連絡を取り合っていた。

2015年、紅白に初めて出演した星野源。

舞台袖から、見慣れないスーツを着てその勇姿を見届けた寺坂は一言「お疲れさまでした」と告げ、星野源は涙ぐんで、2人で固い握手を交わした。

台本部分を書いたのは寺坂直毅だった。

2人の熱い友情に思わず目頭が熱くなってしまう名エピソードだ。

星野源の好意の返報性

数々のエッセイからは人とのコミュニケーションに楽しさを見出し、相手にしっかりと興味を持つ、友好的な人間性が伺える。

心理学用語に好意の返報性というものがある。

簡単にいうと”相手に好意を向けると、相手からも好意が返って来る”というものだ。

星野源はそれをあっけらかんとした性格を持って、一切の計算もなく自然とこなしてしまう。

どのエピソードを切り取っても一方的に相手を非難しているものはなく、真摯に向き合っているからこそ相手からもしっかり愛される。

根本に根付いている自分以外の人は自分とは違う”という発想が誰かに興味を持つトリガーになっているだろう。

また、エッセイからは星野源がいかに人が生み出した創作物を愛しているのかも分かる。

彼がレビューする映画はどれも面白そうだし、ゲームの話をしていてもそこに愛情がしっかりあることが伝わってくる。

どんな創作物の話をしている時も好きが溢れ出しているのが分かるのだ。

多方面に精通しているからこそ様々な役を演じることが出来るのかもしれないと思わされるほど、その好意はあらゆる方向に向けられている。

おわりに

音楽雑誌『MUSICA』で行われた”2020年あなたを支えた心の一枚”という企画ではブラックミュージックとエレクロニカを融合させたThundercat の最新作『It Is What Is』を挙げている。

随所にブラックフィーリングが漂っている2018年にリリースされたアルバム『POP VIRUS』のタイトルは愛読書である川勝正幸の『ポップ中毒者の手記』から引用されたもの。

上辺だけではなく、好きで好きで仕方なかったものを、かみ砕いて、自身のフィルターを通して再構築していく。

新旧問わず、媒体も問わない。

ただ好きという真っ直ぐな好奇心が彼を突き動かしているからこそ星野源の作品は奥深く、ピュアに楽しめるのだ。

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