『眉山』原作小説あらすじと感想【東京と徳島、ふたつの故郷を繋ぐ母の愛】

『眉山』原作小説あらすじと感想【東京と徳島、ふたつの故郷を繋ぐ母の愛】

潰える寸前の人の命は、温かい光なのでしょうか。

であれば、後悔する前に何か言わなければなりません。

今回ご紹介するのは、『眉山』。

2007年に松嶋奈々子さん主演で映画化もされました。

原作はシンガーソングライターでもあるさだまさし。

映画の主題歌に抜擢されたレミオロメンの『蛍』は、歴史に残る名曲です。

本書のキーワードは「家族」と「故郷」、そして「献体」。

ふたつの故郷をめぐる愛の物語です。

こんな人におすすめ!

  • 故郷が恋しい人
  • 阿波踊りが好きな人
  • 献体について知りたい人
  • 歯に衣着せぬ物言いが好きな人

あらすじ・内容紹介

神田鍛冶町生まれの江戸っ子で、流暢で歯に衣着せぬ物言いから、「神田のお龍」と自称する龍子。

娘の咲子は、パーキンソン病を患う母が「錯乱」したという連絡を受けて、徳島に帰郷します。

そこで癌の転位が見つかり、夏までもつかわからないことを医師から伝えられました。

後日、別の医師から龍子が死後、遺体を医大に提供する「献体」を希望していたことが明かされます。

母が献体を志願した真相とは?

咲子の父親は誰なのか?

余命いくばくもない龍子に、咲子は阿波踊りを見せようと試みますが…。

徳島と東京、ふたつの故郷をめぐる愛の物語です。

『眉山』の感想・特徴(ネタバレなし)

歯に衣着せぬ「神田のお龍」節、炸裂!

取り上げられているのが重いテーマであるだけに、身構えする読者もいるかもしれませんが、ご安心ください。

そこは神田のお龍。

狡猾な医師や看護師、傲慢な歌手に向かって啖呵を切ります。

相手が自分より地位があろうが、お構いなし。

これでもかと言わんばかりに噛みつきます。

現代の医療現場に対する揶揄も込められているのでしょう。

実際に作中で、龍子が言ったことを事実だと仄めかすシーンがあります。

「あれだ、なあに、すーぐベッド空くんだから、ほんのちょっとの辛抱だ、と思って乗り越えよう。なんちゃって?あっははは」

龍子を馬鹿にした若い女医と、男性医師の会話です。

不躾な2人に言いたい放題に言われていた龍子ですが、さすがは「神田のお龍」。

ここで泣き寝入りするような人ではありません。

咲子にカーテンを開けるように命じると、抑え込んでいた感情を爆発させます。

笑いながら暴言を吐く医師に向かって神田のお龍が放つ、強烈なひと言。

読んでいて気持ちが良いです。

龍子の流ちょうな物言いにも注目です。

映画では、宮本信子さんが名演技を披露していました。

やい!若造!お前さん、一体誰に向かってそんな小生意気な口をおききなんだい。いいか、こちとら江戸っ子だい。あたしは人呼んで「神田のお龍」。枯れ果てたばばあになったって粋が命の女だい。聞き捨てならない台詞を聞いた。そりゃあ手前(てめえ)らは患者なんざあ、たかがメシの種だと思っているのかもしれないが、どっこいこちとら生き物だ。

と大声で啖呵を切ったと思いきや、

人と生まれて、はじめから腐っているはずはありませんのに、心あり才能ある若者が一体どこで去勢され、歪んでゆくのかは謎のまた謎。いえしかし、嘴の黄色い頃から先生様先生様と頭を下げられることしか知らなくては、よほどの人格者でもおかしくなるも道理。まず一番のそれは卑屈な患者の責任でございましょう。

とうやうやしくへりくだって、小言を言っていた2人を黙らせます。

こうも滔々と言われると、胸がすく思いがしますね。

龍子にぐうの音も言えぬほどこっぴどく叱られ、公開処刑を受けた男性医師は、その後、場所を変えて謝りに行きます。

後に咲子の恋人となる寺澤です。

病院中で噂が流され、事件が理事長の耳にまで入ったことを伝えられます。

龍子と知り合いだった理事長は、寺澤をやんわりと諭します。

寺澤の口から、龍子が献体を志望していたことを伝えられるのですが、もちろん咲子は知る由もありません。

それについては、後に追って説明します。

血湧き肉躍る喧噪、圧巻の総踊り

身体の底から湧きおこる高まりは、徐々に徐々にだが、心臓の鼓動に合わせるように熱くなってゆく。だがそれをあえて抑えつけるように保たれる緩やかなテンポが、却って熱気を閉じ込め、圧縮するかのようで、結果、沸点を上げさせるのかもしれない。

阿波踊りについて語る前に、娯茶平連についてお話ししましょう。

娯茶平(ごぢゃへい)とは、阿波踊りの連のひとつです。

伝統を受け継いだ踊りが魅力で「娯茶平調」と呼ばれています。

腰をぎりぎりまで落とした男踊り、たおやかに舞う女踊りと、双方の美しさを生かした趣のある踊りが老若男女問わず人気があります。

特筆すべき特徴として「すり足」があります。

これは、歌舞伎などの古典芸能でよく行われる足運びです。

作中では「阿茶平(あぢゃへい)」として紹介されています。

阿波踊りは徳島城が築城されたときに披露された、庶民のお祝いの踊りが起源だと言われています。

踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」という囃子言葉は、庶民から出てきたものだと言えそうです。

阿波踊りは毎年8月12日から15日までの4日間行われます。

夏の徳島の喧騒は熱気を加速させ、人々を歓喜の渦に巻き込みます。

踊り手と観客、双方の気持ちが一体化した瞬間です。

特に南内町演舞場で行われる総踊りは圧巻です。

最終日ならではの熱気と迫力ある踊りを味わえます。

勝ち気な母が頑なに隠し通した謎

龍子には、咲子に隠し通しているふたつの謎があります。

1つ目は、龍子が献体を志望していたことです。

献体とは、患者が遺体を医大などに提供することです。

提供した遺体は、医学生の解剖実習など、医学の発展に役立てられます。

場合によっては2〜3年も遺族のもとに戻ってこないこともあります。

身寄りのないお年寄りが、死後自分の世話をしてもらうために最後の手段として行う場合もあるそうです。

しかしながら、龍子と医者の接点はありません。

医療従事者に信頼を置いているわけでもないのに、彼女は進んで献体を志願したのです。

それも、娘に黙って。

龍子のことですから、面と向かって言えない理由があるのでしょう。

もうひとつは、龍子は女手ひとつで咲子を育てたということです。

龍子が愛した男性には、他に家庭があったのです。

17歳の頃に知った事実でした。

咲子は龍子のことを信用しています。

彼女が自分を愛していることも、痛いほど知っています。

だからこそ、彼女が愛した人が誰なのか知りたいと思うのです。

いつも父や母に対して、咲子は悶々とした感情を抱いていました。

母が愛した父はどういった人なのか。

自分は父に似ているのか。

胸にわだかまりを抱えたまま、34年間を生きてきました。

この長年の謎に対する鍵が、龍子が経営していたスナックにあります。

秋田町の小料理屋、甚平のまっちゃんから渡された分厚い紙包みに答えがありそうです。

まとめ

夏を持ちこたえられるかどうかさえ危うい龍子ですが、病院に無理を言ってまで、阿波踊りを見ようとします。

人々の喧噪とお囃子の音が鳴り止まない演舞場で、咲子はある人物を目撃します。

徳島と東京、2つの都市がつながる瞬間です。

お龍さんのたくましい生き様を追体験してください。

お時間があれば、宮崎医科大学の教育実習生の手記にも目を通してみてくださいね。

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