男を虜にする魔性の女。
身近にいてほしくない、でもいたら溺れてみたい……
そんな彼女たちがどうやってできあがるか、気にならないだろうか。
今回は近親相姦すらタブー視しない魔性の女の成り立ちを、手塚治虫の傑作『奇子』から探っていきたい。
隔離した環境に閉じ込める。魔性の女が目を覚ます
奇子とは本作のタイトルにしてヒロインの名前だ。
舅が長男の嫁を犯して産ませた彼女は、長男が家督を譲り受けるや、たった4歳で暗い土蔵に閉じ込められ20年以上そこで過ごさざるえなくなる。
悲惨な生い立ちというしかない。
当然外遊びは許されず、食事を持ってくる母やたまに忍んで来る兄以外との交流は許されないときて、世間で何が起きようと情報を得る手段がない。
そんな環境におかれたら現実逃避の妄想に逃げ込みたくなるのも無理ない話で、奇子の人格形成にはこの体験が大きく関わっていた。
魔性の女の多くは道徳や倫理といった、世間一般の常識と乖離した価値観を持っている。
幼少時に親から善悪の基準を教えてもらえず、周囲の子どもとの関わりでも学ぶチャンスがなかったら、物の見方が逸脱してもしかたない。
魔性の女は子供時代に萌芽する。
叫んでも無駄、泣いても無駄、何をしても無駄。
圧倒的な絶望と孤独の中、自分1人しかいないのなら何だって自分の好きにしたらいいとエゴイスティックに開き直った時こそ、魔性の女が目を覚ます。
正しい性知識を教えず育てる。兄弟と肌を重ねる奇子
奇子の初体験の相手は兄の伺朗だ。
婦人雑誌を読んで性に興味を持った奇子は伺朗に泣いて懇願し、彼と関係を結ぶ。
土蔵に差し入れられた婦人雑誌には実の兄と寝るのが悪いなんて、そんな当たり前のことは書いてなかった。
それ以前に奇子は初潮を迎えているが、自分の股から滴る血を病気と勘違いして泣き叫び、パニックをおこしている。
初潮が何を意味するかもわからず成長した奇子が、唯一訪ねてくる伺朗に欲情したとて責められない。
彼女は小学校にも行っておらず、正しい性知識を教えてくれる人などどこにもいなかったのだ。
もし幼くして監禁した子どもに「兄弟と寝るのは正しい事だ」と吹き込んで育てたら……考えるのもおぞましいが、彼女はそれを疑うことなく兄弟と肌を重ねるはずだ。
快楽>>善悪が優先する
子どもは何をどうするのが正しいか周囲の大人を見て学ぶ。
しかしロールモデルが一切存在しない状況に隔離されれば、自分の欲望や衝動に正直になる。
奇子は気持ちいい事が好きだから伺朗に迫り、伺朗もまた奇子を受け入れた。
本人には誘惑している自覚さえなく、ただただ気持ちいい事を求め、消去法で相手を選んだ結果が近親相姦だっただけだ。
魔性の女と呼ばれる人々には男を寝取る罪悪感や背徳感が欠落している。
それは彼女たちが「血は水より濃く、快楽は血より濃い」原則にのっとっているから。
ある意味この上なく自分らしく生きている状態といえるのだった。
この記事を読んだあなたにおすすめ!







書き手にコメントを届ける