喋れないからこそ美しい?ラブドールに入れ込む男性の心理に迫る

観用少女サムネイル

人形愛は少女愛と似ている。

両者の共通点は少女や人形そのものよりも、概念に託す幻想が重視される点だ。

リアル妹を持った兄の多くが、「おにいちゃあ~ん」とねこなで声で添い寝をねだる妹の実在に懐疑的なのと同じく、少女愛好者の男性たちは、自分の中の理想の少女を追いかけているに過ぎない。

今回は漫画『観用少女』から、ラブドールに入れ込む男性の心理を考察していく。

※幼女を完全に性の対象として見ている「ペドフィリア」は分けて語る。

老化とは無縁!永遠に美しいままの容姿

本作は生きた人形を売る店に迷い込んだ客と、彼らに買われた観用少女(プランツ゚ドール)が織り成す、ヒューマンドラマの趣が強いオムニバスだ。

観用少女の見た目はすこぶる美しい。値段の上下こそあれ、どの子も顔立ちは整っている。

もちろん顔だけでなくお肌はすべすべ髪はツヤツヤ、基本のお手入れを欠かさず最低限のルールさえ守っていれば一生この美しさを維持できるのだ。

ハイコストハイリターンとあって、目玉が飛び出るような高額にもかかわらず店を訪れる客は後を絶たない。

ところで、ラブドールの相場をご存知だろうか。調べたところ平均65万だそうだ。

ぶっちゃけせいぜい10万程度に考えていたので「高っ!」とびっくらこいたが、一生付き合えるパートナーとして考えれば、決して高くない……のだろうか?

ラブドールはもはや一大産業となっており、特に日本製のものはクオリティーが高く、世界中の顧客に愛されている。

彼らはとことんラブドールの見た目と性能にこだわりぬく。オーダーメイドで注文する好事家もいる。

ラブドール愛好家にとって彼女たちはただの性欲処理の道具にあらず、生涯を共にするパートナーなのだ。

しかもラブドールは老化と無縁、お手入れさえ欠かさなければ永遠に美しいまま、お好みとあればカスタマイズでイメチェンもできる。

こう書くとドン引く人もいそうだが、ビスクドールやフィギュアのコレクションをしている女性は多い。

スーパードルフィーは1体数万円するが、カネを持て余したセレブたちはホクホク買い集める。

ラブドールだからちょっとぎょっとするが、そばにおくなら見た目は美しく、好みの人形が一番だ。

美人は3日で飽きるというが、もしあなたが真性の人形愛好家なら、美しいラブドールには飽きがこないはず。

会話が成立しないからこそ理想を投影

観用少女たちは喋らない。ただ静かに微笑むのみで、こちらが語りかけても返事をしない。

見た目は子供でも本質は人形であるからして、彼女たちと会話が成立することはないのだった。

が、購入者たちはそれでもいいと観用少女を可愛がる。むしろ喋らないのがいい、イメージを裏切られずにすむ。

どれほど見た目が好みでも口を開けばぶち壊し、というのはままある。「黙っていれば美人оrイケメンなのに」というあれだ。

勝手に期待されがっかりされちゃたまったもんじゃないが、そもそも人間とは身勝手なもので、黙っていれば黙っているで「きっとこう思っているに違いない」「こう感じているに違いない」と妄想で補完してくれる。

ラブドールも喋らないが、表情に感情を投影し、「きっとこう考えているに違いない」と妄想する事で親近感がわく。

それが間違っていたところで相手はラブドール、反論されて自尊心が傷付く心配もない。

少し話は逸れるが、人形信仰は世界中に連綿と受け継がれている。「人の形をしたモノには魂があり命が宿る」と、太古から大勢が信じてきたのだ。

雛祭りとは女の子の健康を祈願し、形代(かたしろ)に見立てたお雛様を川に流したのに由来する。

娘に降りかかる災難をお雛様に肩代わりしてもらい、厄を祓うのが本来の祭りの意義である。

昔の人々が「人形に命が宿る」と本気で信じていたように、ラブドールだって女の子として扱えば女の子に生まれ変わるかもしれない。

愛玩人形のままにしておくか、パートナーとして育てるか、それは購入者次第なのだ。

愛の営為の一環!着せ替えを楽しもう

観用少女のウリに着せ替えショーがある。

見目麗しい彼女たちは買われた先で綺麗なドレスを纏い、あるいはボーイッシュな格好をし、購入者の好みに合わせて変化する。

ラブドールも全裸で放置されているわけではない。

本格的なラブドール愛好家は、パートナーの為にランジェリーや服一式を買い揃え、自分の手でメイクまで施す。

パートナーを全裸で寝かせておくなど紳士として言語道断。

彼女に一番似合うものを選び、自分の手で着せていく行為こそ、愛の営為の一環だ。

最愛のパートナーには常に最高に素敵でいてほしい。

ただそれだけを理由に、彼らは惜しみなく手間暇と金を注ぎ、新しい衣服や靴をラブドールに買い与える。

そうまで尽くしたところでお礼の言葉をもらえるわけではない、究極の自己満足だ。

ラブドールを愛する男は尽くす喜びに目覚めていく。

報われなくてもかまわない。返事はいらない。ただそばにいてくれるだけで救われる。

性欲処理を目的に作られた人形をパートナーとして尊重し、頼まれずともプレゼントを贈り続ける男たちの姿は滑稽だが、彼らがラブドールに捧げる無私の献身は、もっともプラトニックな愛の形なのかもしれない。

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