シリアルキラーのファンクラブが世界中に存在するのをご存知だろうか。
それだけではない。
シリアルキラーと文通する一般人の中には恋愛に発展し、遂には結婚してもらう者も少なからずいる。
ハンニバル・レクターのような天才的な殺人者ならまあ気持ちもわからなくはないが、リアルのシリアルキラーと恋に落ちる熱狂的なファンの気持ちはちょっとわからない。
今回は漫画『夏目アラタの結婚』から、獄中結婚にハマる人々の心理を探っていきたい。
文通で募る感情
本作の主人公、夏目アラタはヤンキー上がりのチンピラ児相職員。
彼は知り合いの中学生に頼まれ殺人鬼・品川真珠と接触、面会や文通を介し彼女と親しくなっていく。
刑務所にパソコンは持ちこめないが、文通なら可能。いまどきアナログでアナクロと侮るなかれ、存外これが効果的。
インターネットが浸透した現代だからこそ、一字一字肉筆で手紙をしたためる行為の特別感が増す。
しかも筆圧や筆跡の乱れで感情がより伝わる為、ただの活字よりもぐっと相手を近くに感じる。
相手が香水を付けていれば、あるいは喫煙者なら、便箋に残り香が移るかもしれない。匂いや手触り、視覚的情報は受け手のときめきを煽り、頭の中で理想の恋人を作り上げる。
コスプレはコスチュームに萌えるが、文通はシチュ萌えだ。
送り手の、または受け手の顔を思い浮かべ一字一字手書きの文字をしたためる、その行為や感情をひっくるめて萌える。
脳内の相手は多分に美化されており、極論都合のいい妄想の具現化に過ぎないのだが、だからこそ味けない現実のごたごたに煩わされず、恋愛ごっこに没頭できるのだ。
アクリルが隔てるロミオとジュリエット
真珠と面会したアラタは驚く。
デブで不細工とさんざん叩かれていた彼女がストレスで痩せ細り、びっくりするほど美少女に生まれ変わっていたからだ。
が、二人の間にはアクリルガラスの仕切りがあり、物理的にも心理的にも距離が隔てられている。
会話を上手く運んでいい雰囲気になったところで指一本触れ合えず、ストイックでプラトニックな関係に終始するしかない。
だからこそ、ぐっとくる。
ロミオとジュリエットを例に出すまでもなく、恋愛には障害が付き物だ。
その障害が大きいほど恋の炎は激しく燃え上がり、互いを求め合うのが世のならい。
仮にアクリルガラスが存在せず普通にイチャイチャできる環境なら、恋は意外と早く冷めてしまうのではないか。
アクリルガラスは透明だから、互いの顔がよく見える。表情の変化やちょっとした仕草も観察できる。
見えるのに触れられない、何もできない。キスもハグもセックスも手を繋ぐのも禁止。
まるで此岸と彼岸に分け隔てられた運命の恋人同士ではないかと悲劇的なシチュに酔いしれて、当事者の勘違いはますますエスカレート。
究極のプラトニックラブが、獄中結婚カップルの情熱を焚き付けるのは間違いない。
法廷でのアイコンタクトにときめき
アラタは真珠の初公判を傍聴する。
その際真珠はアラタにアイコンタクトを送り、婚約指輪をねだるという離れわざをやらかす。
初公判とは犯人の晴れ舞台である。
シリアルキラーの多くは自己顕示が強く目立ちたがりで、法廷を一種のパフォーマンスの場ととらえている。
そんな一世一代の晴れ舞台であるからこそ、恋人には最前列で見届けてほしい。
パートナーの方もアイコンタクトに悪い気はせず、「彼ってば本当に私が好きなのね」と惚れ直すはずだ。
普段はアクリルガラスを隔ててしか会えない相手がすぐ目の前におり、生き生きと喋っている。
そんなハレの日ハレの場で双方ともにテンションが上がり、サービスしたくなっても不思議はない。
獄中結婚の魅力とは、現実のごたごたと隔絶したフィクションであることに尽きる。
獄中結婚といえど相手は刑務所におり別居状態、籍を入れた以外に何が変わるでもない。
仮に相手が出所して同じ家に暮らし始めたら、恐らくは一年ともたず破局するはず。
シリアルキラーの多くは恋人や前妻へのDVや傷害の前科があるのだ。
人間そう易々と心を入れ替えられない。
同居を始めた配偶者に毎日殴る蹴るされるのに加え、必死に働いて家計をやりくりする羽目になれば、甘い夢は一気に覚め、現実だけが押し寄せてくる。
夫婦は籍を入れただけで成立する関係にあらず、ともに家庭を支えることで初めて連帯感が生まれる。
対して獄中結婚にハマる人の多くは夫婦の義務や責任を一切負わず手紙でのろけ合うだけなのだから、まさしく恋愛ごっこの延長、ヴァーチャルリアリティと地続きの夫婦ごっこだ。
離れているからこそお互い夢を見ていられる、ロミオとジュリエット気分でフィクションの夫婦ごっこを楽しめる。
故に一部の人々は獄中結婚にハマるのだ。
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