夏目漱石おすすめ作品10選【人の心とエゴに迫る近代文学の巨頭】

日本近代文学の巨頭、夏目漱石。

2007年までに発行された千円紙幣には彼の肖像画が用いられていたため、日本人にとって最も顔馴染みのある作家のひとりと言えるだろう。

そんな夏目漱石の作風は、一般に「余裕派」と呼ばれている。

余裕をもって人生に臨み、高踏的な見方で物事を捉える――どこか達観した雰囲気を持つ、戦前の日本文学の流派だ。

当時の文壇は自然主義が主流であり、借金苦にあえぐ貧乏学生や、夫の目を盗んで不貞に溺れる妻などの姿を肉肉しく描いた小説が多かった。

そんな中、人生とはなにか、人間とはどうあるべきか、といった高尚なテーマを掲げた「余裕派」の一派は、ともすれば嘲笑の的となることも珍しくなかった。

しかし、「余裕派」の筆頭ともいうべき夏目漱石はヒット作に次ぐヒット作を生み出し、その多くが今も読書愛好家から絶大な支持を受けている。

この記事では、そんな夏目漱石の、言わずと知れた名作10選をご紹介する。

夏目漱石『吾輩は猫である』

夏目漱石の処女作である本作。

たとえ本作の内容までは知らずとも、その書き出しである「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」という有名すぎるフレーズは、きっと誰もが一度は目に(あるいは耳に)したことがあるだろう。

『吾輩は猫である』の主人公は、中学校の英語教師・珍野苦沙弥(ちんの くしゃみ)の家で飼われる名無しの猫こと「吾輩」。

猫である「吾輩」の目を通じて、珍野家をはじめとする人間たちの様子がユーモラスに描かれており、人間に対する痛烈な皮肉がいいスパイスとなっている作品だ。

夏目漱石『夢十夜』

青空文庫で『夢十夜』を読む

タイトル通り、十の夜の夢からなる短編集。それが『夢十夜』だ。

第一夜から第十夜までの話に繋がりはなく、時代背景や主人公もそれぞれ異なる。

一話一話はさほど長くないので、夏目漱石入門書としてもおすすめだ。

『夢十夜』が、夏目漱石自身が見た夢をもとにして書かれたのか、あるいは完全な創作物なのかは定かではない。

『吾輩は猫である』や『こころ』などの長編小説と比べると異質な作品ではあるものの、漱石特有の美しい筆致は健在で、官能的であったり幻想的であったり、あるいは迫りくる恐怖に急き立てられるような焦燥感を味わうことができる。

夏目漱石『坊っちゃん』

後述する『こころ』と並んで世に親しまれている作品が『坊っちゃん』だろう。

初期の代表作とされる『坊っちゃん』だが、夏目漱石はこれをわずか10日足らずで書き上げたというから驚きだ。

本作の主人公は、江戸っ子気質で血気盛んな新任数学教師「坊っちゃん」。

四国の旧制中学校に赴任した「坊っちゃん」を待ち受けていたのは、わんぱくな生徒たち、そして底意地の悪い教頭(通称「赤シャツ」)をはじめとする教師陣だった。

赴任早々問題を起こす「坊っちゃん」だが、持ち前の無鉄砲さでこれらを解決していくさまは痛快で、胸がスカッと心地よくなる。

描かれる登場人物らは皆どこか滑稽で、夏目漱石作品の中でもとりわけ大衆向けの読みやすい作品だ。

夏目漱石『こころ』

ヒット作が多い夏目漱石作品の中でも、図抜けた知名度を誇るのが本作『こころ』だ。

2016年時点での発行部数は718万部(新潮文庫版)を突破し、名実ともに「日本で最も売れている本」といえる。

時は明治末期。鎌倉の由比ヶ浜で出会った主人公の「私」と「先生」は、東京に戻ってからも親しく交流をかわす。

やがて父親の病態悪化を受けて郷里に帰った「私」だが、ある日その手元に分厚い手紙が届く。

それが「先生」の遺書だと気付いた「私」は……。

『彼岸過迄』『行人』に続く、夏目漱石後期3部作の最後の作品である『こころ』。

前2作同様、人間のエゴイズムと倫理観の葛藤を深く表現した本作だが、とりわけ「先生」の過ちや後悔が詳らかになる第3章ではその趣が強く、漱石特有の美しい筆致で人間の苦悩が描かれている。

夏目漱石『こころ』書影画像夏目漱石『こころ』あらすじと感想 【人間の心に鋭く深く迫る、永遠の名作!】

夏目漱石『草枕』

初期の名作と評価されている『草枕』。

書き出しの「山路を登りながら、こう考えた。」に続く「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」と嘆く冒頭部分が特に有名だ。

100年以上も前に発表された『草枕』だが、この嘆きは現代社会にも大いに通じるところがある。

舞台は日露戦争下のとある山中。

主人公の洋画家は、宿に出戻っていた「若い奥様」の那美と知り合う。

やがて主人公は那美に自分の画を描いてほしいと頼まれるものの、主人公は彼女には「足りないところがある」としてこれを断るのだが……。

本作で描かれる感覚美の世界は、漱石らを「余裕派」と揶揄した自然主義文学への批判が込められているとも言われている。

その他にも、人の世の生きづらさや(漱石風に言うのであれば「非人情」)、西欧化に揺れる日本において漱石が考える芸術論などが深く綴られた作品だ。

夏目漱石『三四郎』

後述する『それから』『門』とあわせて前期三部作とされる『三四郎』。

主人公の小川三四郎は、初心で生真面目な田舎青年だ。

物語は、東京帝国大学に合格した彼が、郷里の九州から上京してきたことで始まる。

女性に対する免疫がまるでなく、誤って相部屋にされた人妻にも手を出せぬまま夜を明かし、別れ際に「貴方はよっぽど度胸のない方ですね」と詰られるほどの三四郎だが、東京で出会った美しく教養ある娘・美穪子に次第に心を奪われていく。

純朴な青年・三四郎にスポットを当て、明治末期の東京で成長していく青年の姿を描いた『三四郎』。

アイデンティティの確立に悩み、同級生に対する劣等感に苛まれ、恋の駆け引きに翻弄される三四郎の姿は、同年代の読者には親近感を、もう少し歳を重ねた読者にはかつての青春時代を思い起こさせることだろう。

夏目漱石『それから』

『それから』の主人公・長井は、裕福な家の次男坊だ。

高等教育を受けたにも関わらず定職には就かず、家庭も持たず、事業に成功した父からの援助で遊び歩いている高等遊民(夏目漱石による造語)である。

長井には平岡という親友がおり、ふたりと同窓生である菅沼の妹・三千代に揃って恋をしていた。

定職に就かない己と銀行勤めの平岡。

三千代の将来の安定を考えた長井はおとなしく身を引き、平岡と三千代を結婚させるのだが、やがて平岡は部下の罪をかぶる形で退職を余儀なくされ、多額の借金を抱え込むことになる。

三千代が借金返済に奔走する一方、「家に居ても面白くない」と芸者遊びにうつつを抜かす平岡の姿に、平岡に三千代を任せたのは誤りであったと悟った長井は……。

主人公が友人の妻に懸想する『それから』は、恋い焦がれた女性が別の人と結婚してしまった『三四郎』の後日譚とも読める物語だ。

その後、長井がどういう決断を下したのかは、ぜひ実際に作品を手に取って確かめてもらいたい。

夏目漱石『門』

主人公の野中は、親友である安井の内縁の妻・御米(およね)に横恋慕し、ついには御米とふたりで手を取り合って駆け落ちする。

親兄弟を捨て、親友を捨て、学業を捨ててまで孤独な夫婦生活を選んだふたりが行き着いたのは、縁もゆかりもない広島の地だった。

やがて夫婦は、彼らが住まう下宿の大家・坂井と親しくなる。

ある日、坂井から弟の話を聞かされる。

満州へと渡った弟は、大陸である日本人と意気投合したという。

その日本人こそ、かつて野中が裏切った親友・安井であった。

坂井から、近く安井が日本に帰国することを聞いた野中は……。

『三四郎』『それから』に続き、前期三部作の最後を飾るのが本作『門』だ。

前2作同様、主人公や舞台となる地は異なるものの、『門』もまた『それから』の後日譚と取れる内容になっている。

夏目漱石『明暗』

夏目漱石作品の中で最長(約600ページ)であり、病没のため未完の絶筆となった『明暗』。

漱石最後の作品として知られる『明暗』では、文章にさらに磨きがかかり、無駄のない洗練された言葉で情景が紡がれていく。

物語の軸となるのは、主人公・津田とその妻・お延、そしてかつて津田と想いあった仲である女性・清子の三人。

お延と結婚しながらも清子のことを忘れられずにいる津田と、なんとなく夫のそうした気配を察しているお延。

そこに津田を快く思わない旧友・小林が現れ、津田が抱える清子への心残りをちらつかせてはお延の苦悩を掻き立てる。

さまざまな人間のエゴイズムに迫った本作。

残念ながらその結末を見届けることはできないが、完成された筆致をもって則天去私の境地を描こうとした本作は、漱石ファンとしては絶対に外せない一冊だ。

夏目漱石『文鳥』

青空文庫で『文鳥』を読む

ここまで、夏目漱石の美しい筆致による長編・短編小説を数多くご紹介してきたが、漱石に興味を持った方にはぜひこのエッセイ『文鳥』を読んでいただきたい。

人よりも一段高い位置から市井を見下ろし、時にはシニカルに、時にはユーモラスにさまざまな物語を描いてきた夏目漱石だが、彼にも苦手とするものがひとつあった。文鳥だ。

そんな漱石だが、門下生から執拗に「文鳥を飼ってみてはどうでしょう」と勧められるうちにふとその気になり、いよいよ文鳥を飼い始めるのだが……。

『文鳥』にはそんな日々が綴られている。

飼い始めた当初こそ甲斐甲斐しく文鳥の世話をし、美しい鳴き声を楽しみにしていた漱石であったが、果たして?

文豪・夏目漱石が身近に感じられる本作。

美しい日本語を織りなす彼の飾らない日常を、『文鳥』を通じて覗き見てみてはいかがだろうか。

おわりに

人の心の深層とエゴイズムに向き合い、洗練された美しい日本語をもって、細やかにこれらを書き出した夏目漱石。

100年以上の時を超え、彼の作品が今もなお愛され続けるのは、漱石が鋭い目で人間の本質を見抜いていたからに他ならない。

自分を振り返りたいとき、周囲との関係に疲れてしまったとき。

そんなときは、夏目漱石の本を手に取ってみてはいかがだろうか。

鮮烈に描かれた情景が胸の傷を癒やし、「人のあるべき姿」を優しく教え説いてくれるはずだ。

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