三島由紀夫おすすめ作品10選【ミシマを読まずして日本文学は語れない!】

日本文学界だけに留まらず、政界にも多大な影響を及ぼし、割腹自殺という衝撃的な最後を遂げた日本文学界の巨匠・三島由紀夫。

詩的な文体と耽美的・唯美的な作品を多く発表し今尚多くのファンがいる作家の一人である。

今回はそんな三島由紀夫作品の中から代表作を10個選んでご紹介する。

三島由紀夫おすすめ作品10選

三島由紀夫『金閣寺』

近代文学を代表する三島由紀夫の最高傑作とも言われる作品である。

実際に起きた「金閣寺放火事件」を元に三島由紀夫が再構築して書き上げられた作品で、物語は主人公が自身の過去を告白するといった形で進んでいく。

また物語の中では美についての筆致が随所に見受けられ、作中の代表的なセリフには、

『人がこの建築にどんな言葉で語りかけても、美しい金閣は、無言で繊細な構造をあらわにして、周囲の闇に耐えていなければならぬ。』

『私には美は遅く来る。

人よりも遅く、人が美と官能と絵お同時に見出す所よりも、はるかに後からくる。』

などがある。

『金閣寺』は三島の美に対する感性が発揮された作品になっており、オペラ・舞台・映画・ラジオドラマ化などメディアのジャンルを超えて扱われている三島入門書とも言えるのではないだろうか。

三島由紀夫『潮騒』

普段からあまり本を読まない、あるいは高尚な文体や表現は?という読者にもおすすめできる、三島の作品群の中でも比較的手に取りやすい恋愛物語と言える作品が『潮騒』である。

この作品はギリシアの古典文学作品『ダフニスとクロエ』を題材に日本の三重県鳥羽市で生活する漁夫と海女の少年少女が横恋慕や障害を乗り越えて恋愛成就する物語である。

全体を通して牧歌的で率直な恋愛感が描かれており、ライトに三島を楽しみたいと思われている方はぜひ読んでいただきたい作品だ。

三島由紀夫『仮面の告白』

三島由紀夫が初めて書き下ろした2作目の長編小説で、自身の性的志向と当時まだ一般的でなかった同性愛というテーマを綴った自叙伝的作品である。

この作品を三島文学の最高傑作と評している文学者もおり、三島自身も担当編集の坂本一亀(坂本龍一の父)に宛てた手紙の中で、今までの自分が住んでいた死の領域に遺そうとして書いた遺書であり、生の回復術(裏返しの自殺)を試みた作品であると書いている。

主人公である「私」は特異な偏愛をもち、成長と共に自身の同性愛的嗜好や異常性に気づくことで苦悩していく。

そして戦時中の友人の妹(園子)との出会いを経て、一旦は正常な男女の恋愛へと進み始めるが、園子との接吻を経てもなんの快感も感じられなかったことで、再び自分の異常性について再認識することになり、生まれ変わりたいと願い園子と別れ戦争は終わる。

その後「私」は、とあるきっかけで結婚した園子と再開し、「私」と園子はプラトニックなまま密会を繰り返し、園子の気持ちは揺れ始めるが、再びある事件をきっかけに、物語は終焉へと向かっていく。

三島由紀夫『美徳のよろめき』

『美徳のよろめき』は、『金閣寺』の後に発表された三島由紀夫の長編小説で、人妻の貫通をテーマにした大衆向けの作品とされている。

ヒロインの背徳を優雅に表現した「よろめき」というワードは当時の流行語にもなり、映画化やテレビドラマ化、ラジオドラマ化もされ親しみ易い作品としておすすめである。

あらすじは、主人公である良家の生まれに育った節子が夫子を持ちながら昔の男である土屋と不倫旅行に出かけ、度重なる妊娠と、壮絶な中絶を繰り返し、夫や我が子への背徳に苦しんだ末、土屋に別れを伝えるために筆をとって手紙を書くのが・・・。

作中で題名どおり「よろめく」ヒロインの節子を貫通という悪徳を犯しても穢れることなく優雅に描ききっているのは、大作の合間に息抜きで書いた余儀的な作品と言えど、三島由紀夫の類稀なる才能を感じさせるには十分な作品と言える。

三島由紀夫『鹿鳴館』

三島由紀夫といえば純文学小説が著名な作家だが、演劇のために書かれた戯曲『鹿鳴館』も代表作としてぜひ手にとっていただきたい作品である。

舞台となっている鹿鳴館はかつて東京の麹町に外交や社交場として使用する目的で建てられた実際の建築物で、三島以前には芥川龍之介が短編小説『舞踏会』で鹿鳴館を題材としており、その作品は三島の『鹿鳴館』の下敷きとも言われている。

また芥川龍之介が洋館である鹿鳴館で踊る日本人の滑稽な様子を描いたのに対し、昭和になって時代が変わった日本の美意識を、三島由紀夫が『鹿鳴館』の中でどう再解釈し再構築したのか、『舞踏会』と『鹿鳴館』を合わせて深く読んでみるのもおすすめである。

『鹿鳴館』のあらすじは、明治19年、天長節に鹿鳴館で華族たちによって催された大夜会の一日に、影山伯爵、伯爵夫人の朝子、自由主義活動家の清原とその息子久雄の4人が中心となって繰り広げられる愛憎と陰謀に翻弄される悲劇ドラマになっている。

またこの作品の中では数々の名セリフが登場するので少しご紹介したい。

影山「やれやれ、又ダンスがはじまつた。」
朝子「息子の喪中に母親がワルツを踊るのでございますね。」
影山「さうだ。微笑んで。」
朝子「いつはりの微笑みも、今日限りと思ふと樂にできますわ。(泣きながら)樂にできますわ。どんな嘘いつはりも、もうすぐそこでおしまひだと思ふと。」
影山「もうぢき王妃殿下方がお見えになる。」
朝子「氣持よくお迎へいたしませうね。」
影山「ごらん。好い歳をした連中が、腹の中では莫迦々々しさを噛みしめながら、だんだん踊つてこちらにやつて來る。鹿鳴館。かういふ欺瞞が日本人をだんだん賢くして行くんだからな。」
朝子「一寸の我慢でございますね。いつはりの微笑も、いつはりの夜會も、そんなに永つづきはいたしません。」
影山「隠すのだ。たぶらかすのだ。外國人たちを、世界中を。」
朝子「世界にもこんないつはりの、恥知らずのワルツはありますまい。」
影山「だが私は一生こいつを踊りつづけるつもりだよ。」

三島由紀夫『サド侯爵夫人』

SMの語源にもなったフランスの貴族であり小説家でもあったマルキ・ド・サドの妻ルネを題材にした戯曲である。

この作品は三島由紀夫の友人であった澁澤龍彦の『サド侯爵の生涯』から着想を得ているそうだ。

澁澤の『サド侯爵の生涯』が読み応えのある長編になっているのに対して、三島の『サド侯爵夫人』は妻のルネにフォーカスして短くまとまっており、比較的短時間でも読める作品になっている。

では簡単なあらすじをご紹介する。

舞台は中世フランスのパリ、侯爵夫人の母モントルイユ邸。

構成は3幕構成になっており、第一幕では放蕩三昧のサドがマルセイユの娼館で乱行したあげく、娼婦に危険な媚薬を飲ませて牢獄に入れられた後から始まる。

ルネと母親のモントルイユはサドを救うため裏工作するが、イタリアからやってきたルネの妹アンヌが話すサドとの関係を聞くや、モントルイユの態度が一変する。

第二幕でもルネはサドの脱獄を計り奔走するが、サドはあえなく再逮捕。

ルネはそれでも献身的に努め、ようやくサドは釈放されるがその直後再び逮捕。最終的にルネはこの一連の経緯がモントルイユノ計らいであることを知らされる。

その後、二人は口論になり、ルネは背徳を繰り返すサドは私自身であると母に告白する。

第三幕はそれから12年後のパリ、ようやく釈放されルネの元にみるも無残な姿で帰ってきたサドに、獄中でサドが書いた小説ジェステーヌを読んだことで自身が住む世界はサドが作り上げた世界であったことを悟ったルネが衝撃的な告白をして幕は閉じる。

三島由紀夫『愛の渇き』

三島文学の特色とも言える有閑階級を扱った物語。

この作品でも嫉妬や女の情念がドラマティックに展開していく。

主人公の悦子は弱っていく夫を嬉々として臨終まで看病し、その後夫の舅との情婦となる。

しかし悦子の恋心はその家で雇われている少年に向いているのだが、少年に恋人がいることを知った悦子は、その恋人を少年の不在中に追い出してしまう。

悦子にそのことを告げられ、愛を告白された少年のとった行動は・・・

三島由紀夫『憂国』

三島由紀夫のエッセンスがぎゅっと詰まった短編小説で、40ページほどである。本人も「小品ながら私の全てがこめられている」と残しており、サクッと三島を読みたいと思われている方におすすめである。

物語は、二・二六事件から三日後に竹山中尉とその妻が自害したという冒頭から始まり、作中ではなぜ二人はその最後に至ったのかが苦痛と官能的な表現によって語られていく。

三島由紀夫『荒野より』

三島41歳の時の私小説的短編作品である。

ある朝、2階の窓ガラスを割って侵入してきた少年と対峙する「私」(小説家の三島)。

「私」はその事件をきっかけに小説家として読者に与えた影響と、自己を見つめ直していき、少年の中に自分の影を見る。

この作品は最終的に三島が割腹自殺へと至る心情への過程を知る上で研究対象に挙げられる作品の一つであり、晩年の三島の心中を知りたいと思っておられる方には必読の作品と言える。

三島由紀夫『豊饒の海』

三島由紀夫の最後の長編小説(四巻編成)。

この小説は主人公が巻をまたいで転生していくことで物語が進行する。

三島の仏教的思想や、神道的要素、能の形式を踏襲しており、三島の世界解釈の小説と言われている。

文中の表現には多様な解釈が可能な仄めかしが散見され、謎の多い作品とも言われている。

ちなみに三島は最終巻の入稿日に割腹自殺しており、それを踏まえると三島の最後を知るための重要な作品と言えるかもしれない。

おわりに

以上、三島由紀夫のおすすめ作品10選を紹介した。

私的な理由で順番にご紹介したが、いずれの作品も甲乙つけがたい三島文学を知る上では外せないものばかりである。

また違った読み方として、作品の発表順に三島を辿っていき、作家三島の成功から自決に至るまでの経緯を作品とともに追っていくような読み方もできるかもしれない。

日本文学の至高、天才三島由紀をぜひ。

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