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志賀直哉作品おすすめ10選【近代文学の極点!小説の神様のリアリズム】

『小説の神様』とも呼ばれる志賀直哉。

かなりの数の小説を残しているが、その多くが短編で通勤電車の間や、ちょっとした合間に読めるほど短くまとまっている。

文体は漱石や谷崎のような文豪が駆使する技法へのこだわりもなく、素人が書いた文章のように読みやすいのに、ありありと情景や場面が思い浮かべられるのは見事と言うほかない。

志賀直哉の作品群の中から、おすすめの作品10選をご紹介する。

『城の崎にて』

城の崎にて
1917年に発表された短編小説。作者である志賀が養生のために訪れた兵庫県の湯治場城の崎での生活を、後年になって振り返りながら書かれている。城の崎滞在中に目撃した蜂、鼠、イモリの3つの小動物の死に様を3年後の執筆にも関わらず克明に描写しているのところが凄い。

小動物の死と直前に自身の身に起こった臨死体験の記憶が交錯しながら、志賀の死生観が綴られている。発表から100年以上経過し今再び読み返しても、一文が簡潔に短く且つ生き生きとまとまっている。

さらに、まるで目の前で起こっている映像を見ているかのようであり、日本語の最高のお手本とされている理由にも納得がいく作品だ。執筆を志している全ての人にオススメできる傑作。

『暗夜行路』

暗夜行路
短編作品を多く残した志賀直哉唯一の長編小説であり最高の代表作と呼ばれることも多い作品。雑誌「改造」に1921年の発表から断続的に発表され、およそ16年をかけて書かれた前後編(4部構成)の作品になっている。物語の中心は主人公の時任謙作と祖父の妾のお栄、妻となる直子の3人。小説家の時任謙作は、自堕落な生活を捨てるべく尾道に旅に出る。尾道での再生を経てお栄との結婚を決意するが、兄からの手紙で自身の出生経緯を知ることで苦悩し、再び自堕落な生活へと落ちてしまう。

その後、京都に居を移し直子と結婚するが、幸せな日々は束の間で、謙作は天津に渡り文無しになったお栄を引き取りに旅に出る。その間に直子は従兄弟と過ちを犯す。直子の不倫を知り再び苦悩する謙作は、直子と別居し心機一転を計る。謙作は居を大山へと移し大山登山中に直子の過ちを許せるほど感動する光景を目にするのだが…。

作中で謙作は東京、尾道、京都、城崎、大山と居を移していく。その各所の克明な風景描写、とりわけ再現力は『城の崎にて』同様に驚嘆に値するものである。この作品は志賀直哉を知る上でやはり外せない作品であり、大河を見るような心持ちで読んでいただきたい。

『小僧の神様』

小僧の神様
何気ない日常の中に生きる人々の些細な出来事をあたたかい眼差しで不思議に書いており、ほっこりと読める短編作品。舞台は番頭や小僧が登場することから明治、昭和あたりかと推測できるが、現代の店長とバイトに置き換えて読むこともでき、普遍性が感じられる構造になっている。あらすじは、小僧が小耳に挟んだ寿司屋の話を巡って展開していき、寿司を食べたくても食べられない小僧と、寿司屋でそんな小僧を気の毒に思った貴族議員の2人がひょんなことがきっかけで再会し結末へと展開していく。

作中での小僧目線、議員目線、小僧目線と小刻みに場面展開していく点はリズム感があって楽しく読める。

また物語の最後の文中に作者が登場し、どうしてこの結末に至り筆を置いたのかをニヤリと締めくくる部分は巧妙で、ついニヤリとつられてしまう読者も多いのではないだろうか。

『赤西蠣太』

赤西蠣太
1917年に発表された短編小説。江戸時代の伊達氏の仙台藩で実際に起こったお家騒動である伊達騒動を元に、三代目錦城斎典山の講談「伊達早々浦倉仁兵衛」を種本にして書かれた。登場人物の名前は、蠣太(かきた)、鱒次郎(ますじろう)、小江(さざえ)と魚の名前が頻出し、サザエさんを思い浮かべずに入られない、どこか愉快な空気感がある。

その愉快感は、物語の中で予感されるお家騒動前夜の不穏な空気感の中のカンフル剤的効果を果たしているのかもしれない。

また、主人公の蠣太は将棋を指し、無類の甘党であるが、作者である志賀自身も将棋を嗜み、生前には棋士である加藤一二三(通称ヒフミン)とも交友があったという。歴史好き、将棋好きの読者は本作を肴に一杯やるのも趣向があって良いかもしれない。

『真鶴』

真鶴
1920年に発表された短編小説。物語は神奈川県真鶴町を舞台に進む。教師の「我恋は千尋の海の捨て小舟、寄る辺なしとて波の間に間に」という歌の意味を問われた主人公の少年「彼」は、弟を連れて下駄を買いに小田原にいく際に、持たせてもらった代金を水平帽に使ってしまう。その後、二宮尊徳の祭りで法界節(ホーカイ節)の女を見かけ、瞬く間に恋に落ちる「彼」であったが、いつの間にか疲れ果てていた弟にようやく気づき、背負って歩き始める。

夜が迫る頃になっても法界節の女への思いは募るばかりの「彼」であったが、弟を背負って歩いているうちに迎えにきた母親と会うことになる。さっきまで眠っていた弟も母に気づいて暴れ出したので、「彼」は弟に水兵帽をかぶせてやる。

やはり初恋とはこんな気持ちだったのかもしれないと思った。恋は盲目と言うが、一旦恋心に火のついた少年が弟の疲労や、何構わず目や耳にするものことが女と結びついている様子が、今更ながらに羨ましく懐かしく感じられる作品。

『雨蛙』

雨蛙
1924年に発表された短編小説。大まかなあらすじは、文学趣味を持つ酒屋の若主人の賛次郎が、文学に無学の妻(せき)を文学趣味の会合に自分の代わりに出席させるのだが、成り行きでせきは参加者の不良作家と一晩過ごす羽目になり、後悔するという話。

この作品で印象的なのは、題名にもある雨蛙を賛次郎が見つける場面。不良作家との一夜から帰ったせきを連れて、なかなか核心を問うことができず、もどかしい賛次郎であったが、意を決してせきに事の次第を問う。せきははっきりと答えないものの、彼女の恥ずかしがる様子から事が起こってしまったのを確信する。そんなせきの姿を愛おしむ賛次郎は帰路の途中、草むらで用を足しているところで脇の電柱に雨蛙の夫婦を見つける。賛次郎は雨蛙の夫婦の様子からつつましやかな日常を想い、その目には今まで住んでいた見慣れたはずの村の風景が久しく目にした事のないようなものに映る。そしてその晩、賛次郎は集めていた書棚の小説や戯曲を焼きすてる。

今作品の批評は、概ね軽率な行動と取ってしまった賛二郎と不用意に床を共にしてしまった妻に関する感想が多い。中には賛次郎が、妻を「目に光がない(文学的な趣味を持たない)」とする軽薄な態度や、会合に登場する山崎女史の淡泊な態度が、文学趣味を持っている事がプライドとする表層的で軽薄な地方文壇の世界を象徴し、賛次郎が帰路の中でようやく気づくせきの本当の可愛さは、つつましやかに生活を送ると言う自分の姿を象徴しているといった批評もあり、まったく確かにと思わされる。

もしあなたの周りに、文学や芸術趣味を鼻にかけて地方で威張り散らしているインテリな御仁がいたら勧めてみるとよいかもしれない。

『十一月三日午後の事』

十一月三日午後の事
1991年に『新潮』に掲載された短編小説。もともと『散歩』と言うタイトルがつけられたが、のちに改題された。あらすじは、主人公とその従兄弟が鴨を買いにいく道すがらに演習中の兵隊を見かける。2人は鴨屋に着くが、あいにく売り切れで、亭主に頼んで別のところから調達してもらうことになる。亭主は鴨を羽交いにして帰ってくるが、主人公は鴨の無邪気な顔をみて殺すのはやめ、そのまま持って帰ることにする。

帰りの道中では、演習兵たちが暑さの中で随所に倒れており、従兄弟と別れた後、鴨を自宅に離してみるが鴨は半死の状態であった。気の毒になったのか主人公の「自分」は鴨を隣の百姓に殺してもらったが、その頃にはまったく食う気も失せて、よそへ送ってしまうと言う結末。

短い作品なのでするっと読めてしまう。鴨を買いに行く道中は舞台となっている千葉県我孫子市の情景がありありと描かれており、行きの長閑な田舎風景が帰りには一変して殺伐とした戦中さながらに描かれている豹変ぶりが面白い。

『山科四部作』(山科の記憶・痴情・些事・晩秋)

志賀直哉が千葉の我孫子市から京都の山科に移転した後、祇園花見小路の茶屋の中居と浮気した時の体験を基に書かれたと言われる、いわゆる山科もの山科四部作。

浮気をテーマにした作品は他の作家も多く書いていると思うが、類稀なる描写力で端的に書かれた志賀リアリズムで味わってもらいたい。

ちなみに現在、志賀が当時住んでいたJR山科駅から山科川を南に降ったところにある場所には祠と石碑があり、生涯を通じて23回も転居した志賀は京都府内だけでも南禅寺界隈、一条御前、栗田口、山科と4箇所もあるのは驚きだ。

『灰色の月』

灰色の月
1946年に雑誌『世界』に掲載された短編小説。戦後まもない東京の山手線に乗車する人々の様子から最終的に「私」が暗澹たる気持ちを抱えて下車するまでが書かれている。

また、この一連の出来事は後述の中で著者自身の経験を元にしたものであることが伺い知れる。

今日の電車の中でも背景こそ違えど、「私」同様、暗澹たる気持ちに共感する人も多いかもしれないと思った。

『荒絹』

荒絹
1917年に『白樺』に発表された短編小説。志賀はオペラの台本になるようなものはないかと友人に頼まれ、ギリシャ神話を描いた絵(アラクネ)から着想を得たと随筆『創作余談』の中に残している。

しかし物語の大体はオリジナルであるとも書いているので、気になる方はギリシャの『変身物語』と読み比べてみてもよいだろう。

恋と嫉妬と変身の物語である。

おわりに

志賀直哉のおすすめ作品10選を紹介した。

志賀作品の装画にも使われている熊谷守一の絵を観ると、まさに志賀イズムを感じる。

ブログのように楽しめる文学をお探しの方はぜひ、志賀直哉の作品を手にとってみてほしい。

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