美しい妻と愛しい娘と息子、可愛らしい飼い猫のチャーチ。
都会の競争社会を嫌って越してきた街で、平和で幸せな新しい生活が始まる筈だった。
あの、「ペット共同墓地」さえ存在しなければ…。
あらすじ・内容紹介
都会の競争社会を嫌い、メイン州の田舎町に越してきた若い医者、ルイス・クリード。
彼は妻のレーチェルと幼い娘のアイリーン、生まれて間もない赤ん坊ゲージ、愛猫チャーチに囲まれ、典型的な「幸せな家庭」を築いていた。
近所にはジャド・クランクルとその妻ノーマという気の良い老夫婦が住んでおり、職場には優秀な同僚。
自宅のそばにある大きな道路と、そこで轢かれるペットのための「共同墓地」は考えものだったが、生活を脅かされるようなものではない。
幸せな生活は、続いていく筈だった。
チャーチがトラックに撥ねられ、死んでしまうまでは。
妻と子供たちの帰省中にチャーチが轢死し、狼狽えるルイス。
特に娘のアイリーンは、チャーチを文字通り猫可愛がりしていた。
娘にどう伝えたものかと苦悩するルイスを、隣人ジャド・クランクルは詳しい事情を話さないままペット共同墓地の更にその奥、ミクマク族の墓地へと連れて行き、そこへチャーチを埋葬しろと告げる。
言われるがままにチャーチを埋葬して数日後、猫のチャーチはひょっこりと戻ってきた。
腐った土の臭いを携えて。
腐臭を発し、かつての彼とはまるで違う鈍重な動きに、「何か別のもののようだ」と感じながら、見て見ぬフリをして現実を見ないルイス。
しかし、実家から帰ってきた息子ゲージがチャーチと同じ悲劇に見舞われると同時に、ルイスは狂気染みた考えに取り憑かれ、とうとう超えてはならない一線を超えてしまう。
『ペット・セマタリー』の感想(ネタバレ)
愛と狂気の境目
本作の前半は、その大部分を主人公ルイスと息子ゲージの交流に割いている。
ルイスの目から見たゲージの成長はとても微笑ましいもので、特に第1章の最終部で描かれるルイスとゲージの「凧揚げ」のシーンはゲージに対する慈しみに溢れており、彼が息子を非常に愛していたことを雄弁に語っている。
だからこそ、ゲージの死はルイスに狂気をもたらす。
本来であれば残された家族と共に哀しみを乗り越えていくべきだ、ということはルイスも理解している。
ミクマク族の墓地のジャド・クランクルは、彼にそのことを墓地の邪悪な力に魅入られたからだと弁明し、過去に蘇った者がいた事実と、その悲劇的な結末を語る。
しかし、チャーチを蘇らせた「ミクマク族の墓地」の邪悪な力は彼を惹きつけ、「ゲージを蘇らせることこそが彼を愛しているという証明なのだ」という甘い囁きに、ルイスは屈してしまうこととなる。
人の心の土壌と、そこで育つもの
人の心の土壌はもっと固いものだよ。そして人はそこに何でも植えられるものを植える。
そしてそれを大事に育てる。
呪われた墓地の力を借りて、ゲージを蘇らせようとするルイス。
彼の心に植えられたゲージへの愛情は、既に邪悪な力によって狂気へと育ってしまった。
そして、その狂気を息子への愛情によって育てていくルイスは、妻と娘を無理矢理に実家へ帰し、化け物としか思えない存在が跋扈する森を抜け、とうとうゲージを呪われた墓地に埋葬することに成功。
その後、彼は自宅に帰り、ゲージが帰ってきてくれるのを待ちながら眠りについた。
蘇ったゲージと、繰り返す悲劇
蘇ったゲージは、邪悪な存在になってしまった。
眠りから覚めたルイスが見たのは、血塗れになった隣人と妻の死体だった。
ルイスにミクマク族の墓地の存在を教えてしまった後悔から、彼の呪われた行為を止めようとしていたジャドは、メスでゲージに滅多刺しにされて事切れた。
更に、ルイスの言動に不穏な気配を感じてメイン州に戻ってきたレーチェルも、愛しい息子の姿をした邪悪に殺されたのだ。
誤りは正さねばならない。そうだろう?
心のどこかで悲劇を予想していたルイスは、ゲージを押し倒す。
そして、注射器いっぱいの毒を愛する息子に注ぎながら、2度目の死を迎える直前のゲージの瞳に、真実の息子の姿を見る。
ルイスは自身の誤りを正すことに成功したのだ。
しかし、彼を捕らえた邪悪は未だ力を持ち、その愛情は死んだレーチェルへと向かう。
まとめ
愛しているからこそ、呪われた力に頼ってしまう人間の哀しさを描いた本作は、真っ向から人間の「死」というものに向き合っている。
愛しくて仕方のない存在がもし帰ってきてくれるのならば、それが魂の奥底まで腐った正真正銘の怪物であっても構わない、というルイスの狂気は、悲劇をもたらすことが分かりきっていたとしても、一概に否定できないのではないだろうか。
そして、帰ってきたレーチェルに返事をするルイスのラストシーン。
愛情から生まれる悲劇に、終わりは無いのかもしれない。
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