そして親になる、サバイバーたちの妊娠と出産

『透明なゆりかご』書影画像

『透明なゆりかご』は沖田✕華による日本の漫画だ。

作者が学生時代にバイトしていた産婦人科での体験をベースにしており、産婦人科の光と影を描いた本作は大反響を巻き起こした。

2018年にはNHKでドラマ化され、俳優陣の好演や清濁併せ呑むストーリーが高い評価を獲得している。

本作には虐待被害者、いわゆるサバイバーが多く登場する。

親の愛情を知らない彼女たちは、いかにして親になる決断に至ったのだろうか。

母子手帳にこめられた願い

華の働く産婦人科に小学校の同級生・ミカが入院してくる。

ミカは男の子を望む母親から酷い虐待を受け続け、殺されかけたことさえある。

食事は床で強制され、部屋は外の物置に隔離され、家庭に彼女の居場所はなかった。

ミカは児童相談所に保護され、以来母親と疎遠になる。

そんなミカが出産に臨んで持ちこんだ私物が母の母子手帳だ。

そこには乳児期の娘の成長が詳細に記録されていた。

子供は親をロールモデルにして生き方を学ぶ。

が、愛情を実感できずに育った子供はどんな親になればいいかわからない。

見倣うべき正解が与えられていない。

間違った親しか知らない彼女たちには正しい親のなり方がわからない。

吸血鬼症候群をご存知だろうか。

虐待された子どもが親になって自分の子どもを虐待する悪循環をさす心理学用語だ。

もちろん彼ら彼女らの大半はしたくてしているわけではない。

彼らの中にそれしか「親」のロールモデルがない為、幼少期に躾と称され行われた暴力を我が子に繰り返してしまうのだ。

そんな不安と孤独の中でミカが縋ったのは、唯一自分が愛されていた証と実感できる古い母子手帳だった。

愛情は劣化する。

母性愛は幻想の産物にすぎず、親子の絆も絶対ではない。

実際ミカは小学校に上がる頃には冷遇され、弟の誕生とともに透明な子どもにされてしまった。

しかしほんの一時期でも確かに愛されていた証が手元にあれば、どんな親になるべきか、ささやかな道しるべが得られるのだ。

自分を大事にできないから命を大事にできない

癌を超える日本の死因の断トツ一位は中絶だ。

これは本作における衝撃的な発言だ。

初めて中絶の現場に立ち会い動揺を隠せない✕華に、医師はいかに人工中絶の件数が多いか説いて目を開かせる。

病気をはじめとするやむをえない事情でお腹に宿った命を諦めざるえない妊婦がいる反面、避妊を怠って中絶にくる若い子も後を絶たないが、本作は彼女たちを一方的に非難して終わりにしない。

何故彼女たちがそうなってしまったのか、哀しい背景をきちんと掘り下げる。

ともすれば彼女たちが胎内の命を育み、出産して親となるまでも描く。

✕華が同級生のハルミに付き添い、人工中絶専門の老夫婦のところへ行くエピソードが象徴的だ。

ハルミもまた虐待のサバイバーであった。

ハルミの母親は娘が優秀な成績をとらないと閉め出し、娘が性被害にあった時は門限に遅れたのを叱っただけで放置した。

強権的な母親の抑圧下で成長したハルミは、お腹に宿った命をどうしても愛せず、産んでしまえば母のようになりかねない現実を嫌悪する。

老夫婦はそんなハルミを温かくもてなし、彼女がいずれ望んだ時にちゃんと迎えられるようにと、丁寧に術後の処置を施すのだった。

中絶に嫌悪感を示す人間は多い。

私もそうだ。

が、彼女たちはなるべくしてそうなったともいえる。

男がいなければ女は妊娠せず、親がいなければ親になれない。

不特定多数との性交渉による妊娠と中絶を繰り返すサバイバーたちは、そもそも「親」が存在しない機能不全家庭の出身だ。

ハルミはその後無事出産し、老夫婦に赤ん坊を見せにくる。

胎内の命も含めて「大事にする」ことができなかった自分の身体を老夫婦が丁寧に扱い、やがてまた宿るかもしれない命のために慈しんでくれたことが、ハルミの背中をそっと押したのかもしれない。

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