この世はとにかく売れたモノこそが正義…。誰しも1度はそう考えたことがあると思います。ただ売れることは通過点でしかないと、今年映画化された小説『小説の神様』(講談社タイガ)を読んでハッとさせられました。
同作の主人公は、筆を折りかけている売れない小説家・千谷一也(ちたに いちや)。
彼はかなり貧乏な家庭に生まれ育ったため、「とにかく売れたい」という一心で小説を書いていました。
しかし担当の計らいによって、サディスティックな性格の売れっ子小説家・小余綾詩凪(こゆるぎ しいな)と組むことに。
売れっ子である彼女には小説の描写力が欠けており、一也には「心を動かす」小説が書けません。
そこでお互いの欠点をフォローするために詩凪がストーリーの構成を、一也が文章を担当して1つの作品を書き上げていくのですが…。
ネット上の評判を目の当たりにした一也は、完全に自信を喪失してしまった状態。
その上彼は「小説は売れてナンボ」と考えているので、「小説は心を動かす力を持つ」と本気で思いこんでいる詩凪に何度も持論を振りかざします。
たとえば詩凪の考えた物語の冒頭部分を、一也が執筆した時のこと。
苦労の甲斐無く詩凪に原稿を酷評された一也は、読者のニーズについてこう反論しました。
彼らに愛されるのは、簡潔ですっきりとした中身のないスカスカの文体なんだよ。
もちろん詩凪は激怒して、小説を愛する全ての人へ謝るよう要求します。
ただ、一也にも売れなければならない理由がありました。
借金を返済するため、ローンを支払うため、病気を患う妹のため…。
家庭が抱える金銭的な事情は一也に重くのしかかり、本当は好きだったはずの執筆が「お金のため」という手段に変わってしまいます。
今の一也にとっては数字こそが、読者から愛されたという証明。
本を購入した読者の気持ちなど、ハナから考えていません。
それでもぶつかり合い、励まし合い、紆余曲折しながらも何とか小説を形にしようとする2人。
しかしうだうだと悩んで結果を出せない一也が自暴自棄になった時、ついに詩凪は決定的なアンサーを投げかけました。
あなたの中にあるのは、醜い嫉妬心と過剰に膨らんだ承認欲求だけじゃない!
一也だけではなく、私の心をも打ち抜いた一言でした。
たとえ自分の商品やサービスが売れなかったとしても、自暴自棄になってはいけない…。
自己否定と言えば聞こえはいいですが、要は承認欲求が満たされずに現実逃避しているのと同じことです。
物語の序盤で一也がネット上の酷評に打ちひしがれた時、既に同作は読者に問いかけていたのかも。
「売り上げの数字よりももっと大切なものは、数値化できない『人の心』ではないか」と―。
それが1番難しくて悩ましい、と考えこんでしまうのはきっとこの仕事が好きな証拠。
好きだと断言できる今の仕事に、私は明日からも悩み苦しむことにします。
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