17歳で鮮烈なデビューを果たし、今や押しも押されぬ人気作家として不動の地位を確立した乙一。
主にホラージャンルで活躍しながらも、彼の作品は恐怖だけでなく、圧倒的な切なさで読者の心をとらえてはなさない。
今回はそんな乙一の著作から、絶対読んでほしい名作を10冊紹介する。
目次
『シライサン』
#飯豊まりえ主演映画の原作
内気で引っ込み思案な大学生・瑞紀は、カフェで語らっていた友人を眼前で亡くす。それも眼球が破裂して心停止する異常な死に方だった。
一方、弟を同じ死に方で亡くした春男は、瑞紀の友人と弟がバイト仲間だったと突き止める。二人の接点は「シライさん」と呼ばれる怪談だった。やがてシライさんの魔の手は瑞紀と春男にも及び…。
乙一自身がメガホンをとって映画化もしたホラー小説。眼球大好きシライさんの圧迫面接(物理)に震え上がった読者も多い。「目を逸らしたら敗け」を地でいく設定で、眼球が内側から破裂する呪いがエグい。
乙一作品の中では珍しく直球Jホラーなので、恐怖度はそこそこ高い。都市伝説をテーマにした怖い話が好きなら、手にとってみてはいかがだろうか。
『GOTH リストカット事件』
人間の暗黒面に強く惹かれる高校生「僕」と、同好の士のミステリアスな美少女・森野夜が、異常な性癖を持った殺人鬼たちと対峙する1話完結短編集。
平凡男子に擬態したサイコパスな「僕」の、表向きの言動と無感動なモノローグの温度差が怖い。2人が体験する事件はどれも陰惨で猟奇的なものが多く、グロテスクな描写もあるが、1話の中で乙一らしいどんでん返しが存分に楽しめる構成になっており、気持ちよく騙される快感が味わえる。
少し変わったボーイミーツガール好きにおすすめしたい青春ホラー小説。ちなみに、森野との関係に恋愛色は薄く、ソウルメイトや趣味の仲間といったほうがしっくりくるドライな雰囲気だ。
『夏と花火と私の死体』
ジャンプ小説ノンフィクション大賞を受賞した乙一のデビュー作。
9歳の女子小学生・五月は、友達の兄に想いを寄せていたが、その事を知った彼の妹・弥生は嫉妬から五月を殺害。弥生も兄に恋心を抱いていたが、血が繋がった兄妹であるため結ばれないのを歯痒く思っていた。はずみで友達を殺してしまった弥生は動転し、兄の健に助けを求めるのだが…。
殺人事件の被害者、それも9歳の少女の視点で死体の隠蔽工作を描く発想がまずすごい。五月の一人称視点は淡々としており読みやすいのが特徴だが、殺人の隠蔽がバレそうになって焦る健たちの様子など、俯瞰した状況描写が緊迫感を盛り上げてくれる。
ラストのオチにもぞっとした。
『失踪HOLIDAY』
#石橋杏奈主演ドラマの原作
ドラマ化もされている短編集。
中学2年生の菅原ナオは、血の繋がらない両親と暮らしている。実母が再婚後に他界し、その後義父が別の女性と結婚したためだ。
義母のキョウコとは折り合いが悪く喧嘩が絶えない。ある日ナオは堪忍袋の緒が切れ、発作的に菅原家を飛び出し、使用人であるクニコの部屋に転がり込む。クニコの部屋に厄介になるナオだが、自分の不在にもかかわらず家族が幸せに過ごす光景を盗み見て、腹いせに狂言誘拐を企む。
「義母と喧嘩して家出する中学生」というありがちな導入から思いがけぬ方向に話が転がり、最後まで目が離せない。全体的にコミカルでテンポよいタッチで進み、スラップスティックコメディの趣がある。
最後はしっかりしんみりさせてくれる、笑えて泣けるホームドラマだ。
『きみにしか聞こえない CALLING YOU』
綺麗な乙一が読みたい人にまず最初に薦めたい一冊。
クラスで孤立する女子高生が、脳内の携帯で友人と交流する話『きみにしか聞こえない』。他人の傷を自分の体に移す能力を持った少年の話『傷-KIZ/KIDS-』。精神病院に収容された主人公が、奇妙な花を愛でる『華詩』の全3本が収録されている。
コミュ障ぼっちに刺さる『きみにしか聞こえない』、子供たちのけなげさに涙腺崩壊する『傷-KIZ/KIDS-』も素敵だが、個人的一押しは『華詩』。
乙一らしい終盤のどんでん返しが素晴らしいのはいわずもがな、亡き子を純粋に悼む、切なすぎる母性愛に涙が止まらない。
『石ノ目』
乙一の初期短編集。ユーモラスな設定を珠玉の切なさで味付けしており、初心者にも勧めやすい。
1本目の『石ノ目』こそホラー色が強いものの、他はどちらかというとハートフルな要素を重視しており、『はじめ』『BLUE』では大泣きした。
『平面いぬ。』は、腕に彫った刺青の犬が突如として動きだす話で、ほくろやもっとすごいものまで食べるなど、刺青の犬だからこそ成し得た奇跡を非常に上手く表現している。家族愛をテーマにした短編としても完成度が高い。
『死にぞこないの青』
乙一作品の中でも格段に鬱度が高く、胸糞エピソードが頻出する。
主人公の小学生が、爽やかイケメンで人気者の担任に何故か目を付けられ、陰湿にいじめ倒される話で、教師がらみのトラウマを持った読者は共感性羞恥やら黒歴史やらを蒸し返されるのではなかろうか。
オカルト方面の恐怖演出もあるのだが、この担任のキャラクターがサイコパスとして秀逸すぎる。
読者の気分をとことん落ち込ませるイヤミス、あらためイヤホラーとして屈指の出来栄え。
『くちびるに歌を』
ニートを自称する臨時教員・柏木ユリが離島の中学校の合唱部顧問となり、個性派ぞろいの部員たちとコンクール優勝をめざす青春群像もの。
乙一には珍しい直球の青春もので、伸び盛りの中学生たちが部活にうちこむ、爽やかな雰囲気が堪能できる。最初はやる気がなかったユリが徐々に指導者として目覚めていき、教え子たちの悩みや心の傷と向き合い、育てていく展開が熱い。
乙一は本作を別名義の中田永一で執筆している。ちなみに、原案となったのはアンジェラ・アキのテレビドキュメンタリーだ。
『ZOO』
『カザリとヨーコ』『血液を探せ!』『陽だまりの詩』『SO-far そ・ふぁー』『Closet』『ZOO』『SEVEN ROOMS』『落ちる飛行機の中で』などが収録されている。
どれも短いページ数ながら、物語の真髄が堪能できる佳作ぞろい。スプラッタ、SF、ミステリー、ホラーと収録作は様々なジャンルにわたり、乙一の多彩な才能に脱帽する。
殺人鬼に誘拐・監禁された姉弟の決死の脱出劇を描く『SEVEN ROOMS』は、姉の勇気ある決断と弟の選択に涙。『SO-far そ・ふぁー』の後味悪い結末など、自己本位な人間の愚かさや滑稽さ、哀しさを突き詰める一方で、善性ある人々がもたらす一抹の救いを描いている。
『Arknoah』
父親の死から立ち直れず、学校にも居場所がない幼い兄弟が、本の中の異世界アークノアに迷い込んで壮大な冒険をくり広げるファンタジー。
一言で要約すれば、乙一流異世界トリップ。ドラゴンをはじめとする危険なモンスターや獣人の異種族が続々登場し、ジェットコースターのような起伏のある物語に彩りを添える。
読者の空想力に依存する世界観も面白く、アールとグレイの兄弟愛にはもらい泣き必至。自分の心が生み出した怪物と戦って倒さなければ元の世界に帰れないため、トラウマの克服を余儀なくされ、成長していく少年少女たちが愛おしくなる。
おわりに
切なさ重視の白乙一、エグみに定評がある黒乙一、その中間で万能型の灰乙一。
人それぞれ好みはあるだろうが、どれもクオリティが高く、一級品のエンターテイメントに仕上がっている。
結末で読者をあっと言わせる仕掛けも憎らしく、ホラーとミステリーを掛け合わせたボーダレスな描写には、ハマること間違いなしだ。
気になる作品があればぜひ読んでほしい。
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