江戸川乱歩おすすめ作品10選【耽美な怪奇幻想の世界へようこそ】

日本最高峰の探偵小説家の1人であり、怪奇幻想の先駆者。

名探偵・明智小五郎や、その好敵手・怪人二十面相を生み出し、胸躍る探偵小説や冒険小説を描き続けた彼は、その一方で耽美な怪奇幻想、蠱惑的なエログロの世界も数多く創り上げた。

〈うつし世は夢、夜の夢こそまこと〉なる言葉を残した、江戸川乱歩。

まるで寓話のような語り口でありながら、それがまた一つの怪しさとなって読者を魅了する彼の作品の数々は、今なお多くの創作者たちに影響を与え続けている。

本記事では、そんな江戸川乱歩の作品の中から、特に抑えておきたい10作品を紹介する。

『怪人二十面相』【少年探偵団vs怪人の、痛快冒険活劇】

言わずと知れた、江戸川乱歩の代表作が1つであり、後に続く『少年探偵団シリーズ』の第1作目。

大怪盗VS名探偵の激しい戦いを描いた、探偵小説にして、冒険活劇でもある作品だ。

『少年探偵団シリーズ』と銘打っているだけあり、想定される読者層は少年少女。

しかし、だからと言って乱歩作品の魅力が損なわれることは、一切無い。

時に奇想天外なトリックを用い、時に奇妙奇天烈な奇術を行い、時に奇異奇特な機械仕掛けで人々を惑わす怪人二十面相の姿は、盗人で有りながら紳士的な振る舞いも相まって非常に魅力的だ。

それに相対する名探偵・明智小五郎もまた、負けず劣らずの個性の強さだ。

既存の乱歩作品で既に登場していた明智小五郎だが、今作で怪人二十面相の好敵手として登場したのを皮切りに、様々な属性が付与されていく。

文武両道で二十面相以上に腕が立ち、変装の達人で二十面相と変装合戦を繰り広げるなど、見事な完璧超人ぶりを見せつける。

そして忘れてはならないのが、そんな名探偵の弟子である小林少年こと小林芳雄だろう。

11〜13歳ほどの少年でありながら、明智小五郎の助手として満点の活躍を見せる。

彼が見せる変装術や、常に持ち歩いている探偵の7つ道具には、童心がくすぐられる読者も多いはず。

今なお色褪せない、少年探偵団による冒険活劇が楽しめる作品だ。

『D坂の殺人事件』【名探偵・明智小五郎のデビュー作】

前述の『怪人二十面相』で探偵役を務めた明智小五郎が初めて登場する、記念すべき作品。

犯罪行為と心理学を巧みに組み合わせて語られており、後々の乱歩作品にも繋がるテーマが描かれている。

明智小五郎の初登場と言うと、さも華麗な活躍を見せるようであるが、今作での彼にそこまでの華々しさは無い。

なんせ今作での明智小五郎は、煙草屋の2階に下宿している無職の書生。

更に物語上の役割は、語り部の〈私〉から殺人の罪を疑われる、容疑者なのである。

しかし、だからこそ自身の疑いを晴らす明智小五郎の理知や推理、そして明らかになる真実の艶やかさが映える、見事な作品に仕上がっているのだろう。

また今作で明智小五郎は、谷崎潤一郎の短編作品『途上』を例に挙げ、〈ああした犯罪はまず発見されることはありませんよ〉と発言している。

詳細は後述するが、この段階で乱歩は、後に自らが命名することになる〈プロパビリティの犯罪〉について、強い興味を抱いていたことが分かる。

そういった意味でも、乱歩作品を追う上では外せない1作と言えるだろう。

『赤い部屋』【証明不可能な悪魔の所業、プロパビリティの犯罪】

先述した〈プロパビリティの犯罪〉をテーマに据えた作品。

〈プロパビリティ〉とは、蓋然性の意。

〈プロパビリティの犯罪〉とは、偶然に頼るが故に証明不可能な犯罪、という、乱歩自身が命名した完全犯罪の1形態である。

そういった犯罪を描いた先行作品は、それこそ谷崎潤一郎の『途上』を始め数多く存在しており、それに触発されて執筆したのがこの『赤い部屋』。

内装が赤一色の部屋や、蝋燭の灯りだけを頼りに怪しげな話を語らう男女といった情景は、如何にも幻想的。

そんな状況で語られる、偶然の力のみでこれまでに99人を殺した、と言う男の話は、ある種の催眠のような真実味を持っている。

1つ1つのエピソードが、極めて稀な確率ながらも起こり得そうな出来事であるがため、読者はその犯罪の恐ろしさを存分に堪能できるはずだ。

『押絵と旅する男』【現実と非現実の合間で揺れる、怪奇幻想譚】

乱歩作品の中でも、特に代表的な1作。

京極夏彦氏の名作、『魍魎の匣』のモチーフともなった作品である。

語り部の〈私〉が電車の中で出会った、とある男。

何故か精巧にできた押絵と共に旅するその男は、あまりにも不可解な押絵の来歴を語り始める、という作品。

押絵に描かれた男女の、特に男性に纏わるエピソードは、寧ろ様々な漫画やアニメなどの作品が現れた今だからこそ、共感できる読者も多いのではないだろうか。

押絵を持った男の淡々とした語り口の中に、乱歩ならではの怪しさと奇妙さが綯い交ぜになっており、夢か現か分からない非現実感を演出している。

如何様にも取れるラストシーンも含めた、実に乱歩的と言える短編だろう。

またこの作品の来歴には、乱歩の編集者であった時代の横溝正史に関わるエピソードもある。

昭和の文豪同士の関係性が垣間見えるので、気になった人は其方も調べてみると面白いかもしれない。

『人間椅子』【悍ましくも耽美な密室・密着願望】

乱歩作品の中でも、特に変態心理にフォーカスした1作。

本格探偵小説を志向していた乱歩がエログロナンセンスへと軸足を移す、そのきっかけとなった作品でもある。

巨大な安楽椅子の中に居住空間を作ってそこに潜み、その椅子に座った女性の肉体を楽しむというアイデアは、古今東西の変態が集ったとしても簡単に思い付くことは出来ないだろう。

中に潜んでいたと語る椅子職人の独白は、読者にこれまでに無い背徳的な官能の世界を感じさせ、自らが座する場所すらも妖しく思えてくる。

エロティックな恐怖と生理的嫌悪感を同時に感じられる、そんな作品だ。

ちなみに、この作品の完成にも横溝正史が関わっている。

非現実的な内容ではあるが、意外と下調べが行われている作品であるため、作中の有り得ない状況に一定の説得力が生まれていることも述べておきたい。

余談だが乱歩作品には、『人間椅子』を始めとして後述する『鏡地獄』、また明智小五郎が登場する『屋根裏の散歩者』など、一種の〈閉鎖空間〉を扱った作品が非常に多い(これをして〈母胎回帰願望〉とされることも多い)。

そのため、今作がツボにハマった人であれば、その他の閉鎖空間系作品も是非読んでみて欲しいところ。

『鏡地獄』【無限に続く鏡面世界の恐怖】

前述した、乱歩の閉鎖空間系作品が1つ。

病的なまでに鏡やレンズ、ガラス、プリズムなど光学的なものを好む男が、内側が鏡張の完全な球体を作り中に入ったことで遂げる、悲惨な末路を描いた物語。

合わせ鏡に映った無限に続く世界に、えも知れぬ不安感を覚えたことが有る人は、少なくないだろう。

ましてや、完全なる球体の鏡。

そこに映る未知の世界の恐ろしさが、何となく想像できる作品ではないだろうか。

元々は読者から投げかけられた、〈鏡張りの大きな球形の室の中では、一体何がどのように見えるのか〉という質問から着想を得ている。

乱歩はその情景を思い浮かべて、激しい恐怖を感じたと言う。

双子を取り扱った乱歩作品である『双生児』とあわせて読むに、乱歩には〈自らと同じ顔をした、もう1人の自分〉に対して、漠然とした恐怖心があったのでは無いだろうか。

と、そんな想像をしても楽しい作品だ。

完全なる余談であるが、実はこの〈内側が鏡張の完全なる球体〉、とあるテレビ番組で実験が行われている。

中に入ったのは、メジャーアイドルグループ〈嵐〉の櫻井翔氏。

そこで実際には何が見えたのか、気になる人は調べてみると良いかもしれない。

『芋虫』【淫靡で背徳的な、究極の愛】

戦争で手足を失った傷痍軍人とその妻の、極限の愛を描いた作品。

乱歩自身にそのつもりはなかったようだが、戦争の悲惨さを描いた反戦作品と読める部分も多く、発刊時は殆ど黒塗りにされたという曰く付きの1作。

描かれているのは当然ながら、男尊女卑が今以上に激しかった時代。

そんな時代に、文字通り手も足も出なくなった夫に対して、妻の淫靡な嗜虐心が加速していく様は、寓話的な語り口とアダルティな状況が対照的で、それ故に互いを引き立てあっている。

また、最終的に妻が行き着く境地と、それに対して夫が出す答えは瞠目だ。

余談だが、乱歩が妻にこの作品を見せた際、〈いやらしい〉と言い放たれたらしい。

乱歩作品の中でもエログロを代表する1作なので、欠かすことの出来ない作品だ。

『陰獣』【理知と異常心理の鬩ぎ合い】

乱歩の探偵作品の中でも、珠玉の1作。

実業家夫人・静子を脅迫する犯罪作家の大江春泥と、静子を守ろうとする探偵作家・寒川の対決が描かれる。

理知に重きを置く寒川と、異常心理を描く大江春泥という、乱歩自身を2分割したそれぞれの作家の対比が際立っており、それ故に両者を結び付ける女性・静子の存在感が際立っている。

序盤こそ犯罪者VS探偵といった、探偵小説色が強い作品だが、物語が進行するにつれてその内容は少しずつ官能的な味わいを持ち始める。

如何様にも読み解ける物語の結末まで含めて、不思議な読後感を堪能できることは間違いない。

SM的な変態心理と理知的な犯罪、淫靡なエログロとロジカルな推理が混在した、乱歩作品の魅力がこれでもかというほどに詰まっている。

これ以上語るのは無粋ですらあるので、兎にも角にも先ずは読んでみて欲しい作品だ。

『パノラマ島奇譚』【乱歩が描く幻想理想郷】

乱歩の怪奇趣味が色濃く出た1作。

とある犯罪によって大金を手にした男が作り出す、幻想的な理想郷を描いている。

犯罪小説の面は勿論あるが、この作品で特筆すべきは何と言ってもパノラマ島の情景描写。

海の底を巡るガラス張りの水中トンネルや、等間隔に杉の木を配置した膨大な森林、壮麗な市街地。

単体毎では美しい筈のこれらの情景が、寓話のような語り口と毒々しい描写と組み合わせのアンバランスさによって一気に魔境と化する耽美さは、圧巻の一言だ。

更に島内には、鳥人間や魚人間、獣人間なるものも存在しており、それが島の怪しさに拍車を掛けており、背徳的な趣を放っている。

怪しげな島の中を散歩するような、楽しげな気持ちで読んでみて欲しい作品だ。

『孤島の鬼』【理知的な探偵小説にして、猟奇を纏う長編スペクタクル】

乱歩の長編作品の中でも、特に成功した1作。

妻を殺された男・蓑浦が犯人を探す前半は探偵小説、調査の末に辿り着いた孤島で、想像を絶する恐怖に直面する後半は冒険活劇という、2つの側面を持っている。

3歳で親に捨てられ、身元の手がかりは唯一の所有物である古い家系図のみ、という謎めいた女性、初代。

その死の謎を追う中で、徐々に明らかになっていく初代の秘密や、最終的に辿り着く孤島に秘められた、乱歩らしさ溢れる恐ろしい真実は、スペクタクル作品として読み応え抜群。

しかしそれだけでは、いずれは数あるスペクタクル作品の1つとしか扱われなかったかも知れない。

それを乱歩ならではの、怪しさ溢れる作品に仕上げている大きな要素が、当時は大体的に取り上げられることの少なかった同性愛だろう。

現代でこれを特殊なものと見做すのは、倫理観に欠ける面が有るのは重々承知している。

その上で敢えて語るが、この同性愛という要素が折り込まれたことで、特に物語の後半に単なる冒険活劇以上の耽美な雰囲気の作品に仕上がっている。

作中に登場する同性愛者・諸戸は、かつての蓑浦に想いを寄せていた先輩であり、快活で頭の良い美男子。

妻を殺された蓑浦は、始め彼を疑うものの、諸戸と接触したことで彼も調査を進めていることを知り、共に調査に当たることとなる。

その調査の中、諸戸は非常に理知的かつ協力的。

しかしその根底には、一方の片想いがあるが故、更にそれが同性愛という(当時は)珍しい要素であるが為、非常に危うい橋を渡っているという空気感を覚える。

結末は是非とも自身で読んで欲しいが、実に乱歩的な空気を纏いつつも、王道スペクタクルであるという、読み易く楽しい作品だ。

番外編『類別トリック集成』【乱歩がまとめた、探偵小説トリック全集!】

ジョン・ディクスン・カーに影響を受けた乱歩が、様々な探偵小説のトリックを分類したもの。

これを作品と呼ぶのかは分からないが、乱歩の探偵小説に懸ける熱意が伝わるものであるため、軽く紹介する。

古今東西の探偵作品をピックアップして、そこで用いられるトリックを大きく分類。

更にそこから細分化していく熱意には、圧倒されるものがある。

当然ながら、現代では通用しないトリックが収められていたり、逆に現代でなければ通用しない新しいトリックは収められていない。

しかし、それでもこの分類表は今のミステリを読む上で、間違いなく役に立つ。

傍に抱えて、推理をしながらミステリを読んでみるのもまた一興だろう。

おわりに

以上、江戸川乱歩のおすすめ作品を10+1作品紹介した。

乱歩作品に興味はあったが手が出せなかった人、或いはあまり興味がなかった人に、少しでも〈読んでみたい〉と思って貰えたならば幸いだ。

また、古くからの乱歩ファンの方からは、〈『お勢登場』や『黒蜥蜴』が入っていない〉、或いは〈読み込みや分析が浅い〉といったお叱りの声があるかも知れない。

言い訳にはなるが、そこはあくまで触りを紹介しただけ、ということで、どうか御容赦願いたいところである。

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