ミステリーからダークでシリアスなサスペンス、法律を用いた作品など幅広い作風を書く作家・中山七里。
「普通に続けるだけでは一発屋で終わってしまう、どうしたら長く小説家として続けられるだろうと必死に考えた結果、警察小説に音楽ミステリー、法廷ものやコージー・ミステリなど様々なジャンルに手を出してある程度保っておけば、どれかひとつが廃れても生き残っていけるだろうと考えたから」と過去にインタビューで答えていたこともある。
この記事では、幅広い作風を描ける中山七里のおすすめを10作品厳選して紹介する。
『さよならドビュッシー』
#このミステリーがすごい!第8回大賞受賞 #橋本愛主演映画の原作
途中までは青春ドラマなのに、最後に大どんでん返しになる展開がたまらなくクセになる。
ピアニスト志望で特待生として音楽科への推薦入学が決まっている香月遥。
火事で全身に大やけどを負いながらも、猛特訓してコンクールを目指すが周囲では不審な事件が相次ぐ。
事件を解明する役として、岬洋介が登場するのだが、この役どころが何とも言えずいい味を出しているのだ。
世に知られ、映像化されるミステリー作品には欠かせない要素がしっかりと絡み合い、シリーズを読みたくさせる魅力を醸し出しているのがこの作品の凄さだろう。
もちろん、クラシック音楽の演奏シーンの描写も臨場感あふれて素晴らしい。

『連続殺人鬼カエル男』
#このミステリーがすごい!第8回大賞候補作 #工藤阿須加主演ドラマの原作
序盤がとても印象的。
“埼玉県飯能市にあるマンションの13階で、フックでぶら下げられた女性の全裸死体が発見された。そばには 「きょう、かえるをつかまえたよ」という一文で始まる、死体の惨たらしさとは対照的な、まるで幼児が書いたかのような稚拙な犯行声明文があった”
序盤の猟奇性と、子どものような犯行声明。まさに、最初から惹きこまれる最高の文章でぞくぞくする。
サイコスリラーの皮をかぶりつつ、心神喪失者の責任能力を無しとする刑法39条の是非を問う異色の社会派ミステリーでもある。
よく事件で「心身衰弱で判断能力が…」という言葉を聞くが、まさにその不条理を描いた作品と言えるだろう。
あなたは、心身衰弱で判断能力がなかったから無罪になる現状をどう思っているだろうか。深く考えさせられるに違いない。
『贖罪の奏鳴曲』
#三上博史主演ドラマの原作
主人公の御子柴礼司は、どんな罪名で起訴されても、必ず執行猶予を勝ち取るだけでなく、手品のように減刑させ、時には無罪にまでしてしまうことで名の知れた新進気鋭の弁護士だ。
しかし、彼には誰にも知られていない過去があった。実は昭和60年8月に起こった福岡市内の幼女殺害事件の犯人で、〈死体配達人〉として世間を騒がせた男なのだ。
「主人公が変化していく物語と謎が解決していく物語を一緒に描きたい」と考えて執筆したと作者が語ったように、どんでん返しを含んだミステリーというだけでなく、少年法の是非・障害者を持つ家族の実態・贖罪の意味など様々な問題を投げかけてくる作品になっている。
単なる法廷を舞台にしたサスペンスではない。いろいろと社会問題を織り込み、考えさせられる深い作品。
『切り裂きジャックの告白』
#沢村一樹主演ドラマの原作
テーマは臓器移植。
深川署の目と鼻の先にある木場公園で、ありとあらゆる臓器を摘出され、人間の尊厳を蔑ろにし、死体であることすら剥奪されているような惨殺死体が見つかるところから物語は始まる。
19世紀にイギリスで実際に起こった「切り裂きジャック事件」をモチーフとしたミステリーだ。切り裂きジャック事件は、1888年8月31日から11月9日の約2ヶ月間にロンドンの少なくとも売春婦5人をバラバラに切り裂いて殺した事件。署名入りの犯行予告を新聞社に送りつけるなど、いまで言う劇場型犯罪の元祖ともいえる事件で、犯罪史上でも有名なものだ。
そんな有名な事件と、現代の大きな問題である臓器移植を掛け合わせた殺人事件と見せかけて、深い考察がされている本作。読み進めるととてもハマってしまう自分に気づくに違いない。
『ヒポクラテスの誓い』
#第5回日本医療小説大賞ノミネート #北川景子主演ドラマの原作
浦和医大に勤める研修医の栂野真琴が、ある事情から法医学教室に入ることになり、教室の主である光崎藤次郎教授とともに遺体の解剖を通して真実を明らかにしていく法医学ミステリーだ。
著者の他作品に登場する解剖医や、埼玉県警の古手川和也も登場する。
法医学と聞くと難しいように聞こえるかもしれないが、要は犯罪捜査や裁判など法を適用する過程で必要になる医学的事項を研究または応用する社会医学のこと。サスペンスドラマで殺された被害者が解剖されているのもこの中に入る。
定番のストーリーにも見えるが、これまた深いテーマを織り込んだ読み応えのある小説だ。
死の原因を突き止めるのが法医学の使命かもしれないが、すべての遺体を解剖できないし、実際に解剖される遺体はほんの一握り。解剖されなかった遺体に事件性のあるものが含まれていないとも限らない現代、改めて考えさせられる面白い作品。
『作家刑事毒島』
#佐々木蔵之介主演ドラマの原作
出版業界の闇を描いたコメディータッチのミステリー作品。
主人公・毒島真理(ぶすじま しんり)は、2年前に新人賞を獲りデビューした売り出し中のミステリ作家だ。雑誌に8本、新聞に2本の連載を持ち、既に10冊の単行本を上梓しているが、実は元警視庁捜査一課所属の刑事。
2年前のある事件で退官、すぐに刑事技能指導員として再雇用された過去を持つ不思議な男だ。温厚そうに見えて、実はとてもきつい毒を吐き、人にされた仕打ちは絶対に忘れない執念深さを持つ二面性がたまらなく読みたくさせてくれる。
刑事もの×ピカレスク(16世紀 – 17世紀のスペインを中心に流行した小説の形式で、悪漢小説や悪者小説のこと)という形式もまた、中山七里の真骨頂の一つと言える。エッジが効いたシリーズと言えるだろう。
『スタート!』
映画撮影現場を舞台とし、映画業界のリアルに挑んだミステリーと作品づくりのドキュメントが融合された作品。
主人公の宮藤映一は、つまらないバラエティ番組の仕事をしていたTV局に見切りをつけ、映画の世界に飛び込んで早5年。助監督として映画制作に関わってはいたものの、虚しさを感じていて…。
やりたかったことをやっているはずなのに、「何か違う」と思ったことはないだろうか?そんな誰もが思い当たる出来事をベースにして、映画業界を舞台に描かれるこの作品は共感しやすいのではないだろうか。
社会人の方にぜひ読んでもらいたい作品。
『総理にされた男』
総理大臣が主人公の政治エンタメ小説。
チャップリンの1940年の映画『独裁者』を意識して執筆したと作者が言う通り、わかりやすく政治の世界を描いて国民の願いや怒りを代弁したり風刺した作品になっている。
主人公が戦う相手が「閣僚」「野党」「官僚」「テロ」「国民」とだんだん大きくなっていくのだが、これは各章のタイトルにもリンクしている。そういった面白い構成もみどころ。
「政治は難しいからちょっと…」と思ってしまいがちだが、この作品を読んでいると、思わずクスリと笑える楽しさと、分かりやすさがあってとてもとっつきやすい作品なので、ぜひ読んでもらいたい。
『嗤う淑女』
蒲生美智留の悪女ぶりが凄まじいミステリー。
悪女と聞くと、どんなイメージを持つだろうか。いかにも悪そうな女か、それとも嘘が上手で何でもそつなくこなすスキのない女か。それぞれの悪女のイメージは違うだろうが、この作品の悪女である美智留もまた悪女に一見見えない美女だ。
ひとは見かけによらないもの。誰もが表と裏の顔(または本音と建て前)を使い分け、日々生活しているが、彼女の悪女ぶりは筋金入り。
善人と悪人、嘘と真は紙一重。本当に美智留が悪女なのか、ぜひ読んで確認してみてほしい。
『夜がどれほど暗くても』
#上川隆也主演ドラマの原作
大学生の息子が犯罪に手を染めて自殺したことがきっかけとなり、逆に追われる立場となった大手出版社の副編集長・志賀倫成。
世間から猛烈なバッシングを受けて、家族にも見放された中で事件の真相に迫っていく過程を描いた小説だ。
子どもの不祥事で謝罪する親を見ることがある。例えば、芸能界で薬物などに手を染めて逮捕された子の親が謝罪することがあるが、どこまで親は子どもについて責任を持てばいいのだろうか。
この作品の中では、子どもは大学生だがもう充分大人として扱ってもいい年ごろ。世間はいつまでも親が責任を持たなければいけないかのように糾弾するが、果たしてそうだろうか。この作品を通して考えてみてほしい。
おわりに
以上、中山七里の作品を紹介してきたがバラエティに富んだ作品たちに心がワクワクしてしまう。
ミステリーと言っても、題材によってこんなにも面白く書けるのはこの人ならでは。
他にも作品はあるが、ここに挙げたものは絶対に読んでほしいマスト作品。
ぜひ、どの作品からでもいいので手を伸ばしてほしい。
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この10作を読むなら、ついでに「中山七転八倒」も読んで頂きたいです。
ご本人の日記が元になっているエッセイなのですが、先生の人柄の良さに隠れる、ちょっとダークな部分が垣間見えて、楽しいですよ。