ミステリーからダークでシリアスなサスペンス、法律を用いた作品など幅広い作風を書く作家・中山七里。
「普通に続けるだけでは一発屋で終わってしまう、どうしたら長く小説家として続けられるだろうと必死に考えた結果、警察小説に音楽ミステリー、法廷ものやコージー・ミステリなど様々なジャンルに手を出してある程度保っておけば、どれかひとつが廃れても生き残っていけるだろうと考えたから」と過去にインタビューで答えていたこともある。
この記事では、幅広い作風を描ける中山七里のおすすめを10作品厳選して紹介する。
目次
『さよならドビュッシー』【音楽×ミステリー 岬洋介シリーズ】
この作品は、岬洋介(みさき ようすけ)シリーズの第一作。
今作では、ピアニスト志望で特待生として音楽科への推薦入学が決まっている香月遥(こうづき はるか)が主人公。
火事で全身に大やけどを負いながらも、猛特訓してコンクールを目指すが周囲では不審な事件が相次ぐ。
その不審な事件を解明する役として、岬洋介が登場するのだが、この役どころが何とも言えずいい味を出しているのだ。
世に知られ、映像化されるミステリー作品には欠かせない要素がしっかりと絡み合ってシリーズを読みたくさせる魅力を醸し出しているのがこの作品の凄さだろう。
もちろん、クラシック音楽の演奏シーンの描写もいいのだが、何よりこの作品は途中までは青春ドラマなのに、最後に大どんでん返しになる展開がたまらなくクセになるのだ。
『このミステリーがすごい!』大賞受賞作品なだけでなく、映像化もされている。

『贖罪の奏鳴曲』【法律×サスペンス 御子柴礼司シリーズ】
この作品は、御子柴礼司(みこしば れいじ)シリーズの第一作だ。
主人公は、御子柴礼司。
どんな罪名で起訴されても、必ず執行猶予を勝ち取るだけでなく、手品のように減刑させ、時には無罪にまでしてしまうことで名の知れた新進気鋭の弁護士だ。
しかし、実は誰にも知られていない過去もある。
実は昭和60年8月に起こった福岡市内の幼女殺害事件の犯人で、〈死体配達人〉として世間を騒がせた過去を持った弁護士なのだ。
「主人公が変化していく物語と謎が解決していく物語を一緒に描きたい」と考えて執筆したと作者が語ったように、どんでん返しを含んだミステリーというだけでなく、少年法の是非・障害者を持つ家族の実態・贖罪の意味・・・様々な問題を投げかけてくる作品になっている。
単なる法廷を舞台にしたサスペンスではない。
いろいろと社会問題を織り込み、考えさせられる深い作品なのだ。
『切り裂きジャックの告白』【臓器移植×社会倫理 社会派ミステリー】
臓器移植を主要テーマとしており、医療や倫理の問題を投げかける社会派小説であると同時に、19世紀にイギリスで実際に起こった「切り裂きジャック事件」をモチーフとしたミステリーだ。
切り裂きジャック事件は、1888年8月31日から11月9日の約2ヶ月間にロンドンの少なくとも売春婦5人をバラバラに切り裂いて殺した事件だが、犯人は逮捕されなかった事件。
署名入りの犯行予告を新聞社に送りつけるなど、いまで言う劇場型犯罪の元祖ともいえる事件で、犯罪史上でも有名なものを取り上げている。
そんな有名な事件と、現代の大きな問題である臓器移植を掛け合わせた殺人事件と見せかけて、深い考察がされているこの作品。
読んでみると、とても読みやすく決して重いものではない。
深川署の目と鼻の先にある木場公園で、ありとあらゆる臓器を摘出され、人間の尊厳を蔑ろにし、死体であることすら剥奪されているような惨殺死体が見つかるところから始まるこの作品。
読み進めるととてもハマってしまう自分に気づくに違いない。
『ヒポクラテスの誓い』【法医学×推理小説】
浦和医大に勤める研修医の栂野真琴(つがの まこと)が、ある事情から法医学教室に入ることになり、教室の主である光崎藤次郎(みつざき とうじろう)教授とともに遺体の解剖を通して真実を明らかにしていく法医学ミステリーだ。
著者の他作品に登場してきた解剖医の光崎や、埼玉県警の古手川 和也(こてがわ かずや)も登場している。
法医学と聞くと難しいように聞こえるかもしれないが、要は犯罪捜査や裁判など法を適用する過程で必要になる医学的事項を研究または応用する社会医学のこと。
よく、サスペンスドラマで殺された被害者が解剖されているのもこの中に入る。
定番のストーリーにも見えるが、これまた深いテーマを織り込んだ読み応えのある小説だ。
死の原因を突き止めるのが法医学の使命かもしれないが、すべての遺体を解剖できないし、実際に解剖される遺体はほんの一握り。
解剖されなかった遺体に事件性のあるものが含まれていないとも限らない現代、改めて考えさせられる面白い作品だ。
『作家刑事毒島』【毒島シリーズ】
出版業界の闇を描いたコメディータッチのミステリー作品だ。
主人公は、毒島 真理(ぶすじま しんり)。
2年前に新人賞を獲りデビューした売り出し中のミステリ作家だ。
雑誌に8本、新聞に2本の連載を持ち、既に10冊の単行本を上梓しているが、実は元警視庁捜査一課所属の刑事。
2年前のある事件で退官、すぐに刑事技能指導員として再雇用された過去を持つ不思議な男だ。
温厚そうに見えて、実はとてもきつい毒を吐き、仕打ちは絶対に忘れない執念深さを持つ二面性がたまらなく読みたくさせてくれる。
刑事もの×ピカレスク(16世紀 – 17世紀のスペインを中心に流行した小説の形式で、悪漢小説や悪者小説のこと)という形式もまた、中山七里の真骨頂の一つと言える。
エッジが効いたシリーズと言えるかもしれない。
『連続殺人鬼カエル男』【サイコスリラー×社会派小説】
この小説の序盤はとても印象的だ。
“埼玉県飯能市にあるマンションの13階で、フックでぶら下げられた女性の全裸死体が発見された。
そばには 「きょう、かえるをつかまえたよ」
という一文で始まる、死体の惨たらしさとは対照的な、まるで幼児が書いたかのような稚拙な犯行声明文があった”
この序盤の猟奇性と、子どものような犯行声明。
まさに、最初から惹きこまれる最高の文章でぞくぞくするのだ。
サイコスリラーの皮をかぶりつつ、心神喪失者の責任能力を無しとする刑法39条の是非を問う異色の社会派ミステリーでもある。
よく、事件で「心身衰弱で判断能力が・・・」という言葉を聞くが、まさにその不条理を描いた作品と言えるだろう。
あなたは、心身衰弱で判断能力がなかったから無罪になる現状をどう思っているだろうか。
これまた深く考えさせられるに違いない。
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